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ep.41 デートと策略


「睦月ちゃんすごい! また当たった!」


「おいマジかよ……」


 燕のはしゃぐ声を聞きながら、私は目の前のゲーム機を見ていた。

 モニターにはカードが並べられており、その中から当たりを引ければ、景品がもらえるという仕組みのゲームだ。


「10回連続とかありえるのか? 壊れてんじゃねぇのこの機械」


「おれも時雨も、ついさっき外れたばっかだよ?」


「……」


 燕の言葉に、時雨はそれ以上言えることがなかったのか、そっぽを向いて黙り込んでいる。


「はいこれ。二人にあげる」


「いいの? ありがとう睦月ちゃん!」


 景品の引換券を差し出すと、目を輝かせた燕が嬉しそうに受け取っていく。

 時雨は複雑そうな顔をしていたが、「いらないならおれがもらうね!」と燕に言われたことで、慌てて手を伸ばしていた。


「別にいらないとは言ってねぇだろ」


「もー。素直じゃないんだから」


 まるで兄弟のような二人の姿に、微笑ましさを感じる。

 じゃれ合う様子を静かに眺めていると、燕がいきなり目を丸くさせた。


「睦月ちゃん、今笑った?」


 こちらに向かって駆けてきた燕は、そのまま顔を覗き込んでくる。


「そう?」


「うん! たしかに笑ってたよ!」


 満面の笑みで喜ぶ燕は、私が笑ったことがそんなに嬉しいのだろうか。

 頬が赤く染まっている。

 気がつくと、喜びで色付いた燕の頬に手を当てていた。


「わっ! なになに?」


「……何となく?」


「そっかぁ!」


 にこにこと笑う燕の後ろでは、何となくってなんだよと言いたげな目をした時雨が立っている。


「そういえば、他にも回りたいところがあるんだよね? そろそろ次に行こっか」


「そうだった! じゃあこれ、交換してくるね!」


 燕ははっとした顔に変わると、急いで受付の方に駆けていく。

 途中、時雨から「おんなじの」と言われ差し出された券を、燕は勝手知かってしったるとばかりに受け取っていった。


「疲れてないんすか」


「うん。今のところは平気かな」


 燕を見送ったあと、時雨から気遣うような言葉をかけられた。

 何だか珍しくて見ていると、時雨は不機嫌そうな声で「じろじろ見んな」と返してくる。


 まあ、そんな態度に対して、時雨の耳は真っ赤に染まっていたわけだが……。

 今回は特別に、気づかなかったふりをしてあげた。




 ◆ ◇ ◇ ◇




 広場に着くと、色々な出店の文字が見えた。

 ここまで香ってくる匂いに、燕は目を輝かせている。


「あれ美味しそう! あ、あっちのもいいかも!」


「数はしぼれよ」


「はーい」


 楽しそうに出店を見回す燕の頬は、興奮からかまた赤みを増してきている。

 不思議なものだ。

 死神に体温はないのに、こうして肌は色付くのだから。


 色に触れてみたところで、ぬくもりを感じることは一切ない。

 けれど、こうして実体化を取った死神は、ここにいる人間たちと何一つ変わらないように見える。


「おれ、あれ買ってくるね!」


「あ、おい! 燕!」


 そう言って駆け出した燕を、時雨が後ろから呼び止めていた。

 しかし、燕は既に出店の方まで行ってしまったようだ。


「速すぎだろ……!」


「何か気になるものでもあった?」


 肩を落とす時雨へ声をかけると、「べつに……」なんて誤魔化ごまかすような言葉が返ってくる。


「行っておいで。私はここにいるし、この場所は人も多いから少しくらい平気だよ」


「いや、でも……」


「不用意に人間と関わっちゃいけないのは、悪魔も同じはずでしょ?」


 こうして三人で回っている間、どちらかがその場を離れる時は、必ずどちらかが残ってくれていた。

 傍を離れないよう、気遣ってくれていたのだろう。


 ただ、さすがにこんな人の多い場所で、悪魔が姿を現せるとも思えない。


「せっかくだから行っておいで」


 すぐそこの出店だ。

 振り向けば見える距離だし、何より燕ももうすぐ戻ってくるだろう。


 時雨は悩んでいたが、「すぐに戻る」と言いながら、急いで出店の方へと駆けていった。

 時雨を見送り、約束通りそこで待っていると、突然足に何かがぶつかる感触がした。


 勢いよくというより、よろけてぶつかった程度の力だ。

 しかも、大人というより、幼い子供がぶつかったような──。


 視線を下に向けると、まだ五歳くらいの女の子が近くに立っていた。

 転んでしまったのだろう。


 ワンピースのすそを手で払い、キョロキョロと辺りを見回している。

 声をかけようとしたが、女の子はどこかを見ると、そちらに向かって一目散に走っていってしまった。


 人影に消えた女の子から視線をらすと、地面に黒い物体が落ちていることに気がついた。

 落とし物かと思い拾ってみたが、何やらふわふわとした感触をしている。


「これ、羊のぬいぐるみ……?」




 ◆ ◇ ◆ ◇




【 おまけの裏会話 】



(燕が引き換えに行っている最中の)

 睦月と時雨



「燕って、周りをよく見てるんだね」


「ああ見えて、死神歴は俺より長いんで」


「そうなんだ」


「逆にあんたは……あんま新人っぽく見えねぇよな」


「そう?」


「驚いたり焦ったりしねぇし、いつもそんな感じで冷静だろ」


「表に出にくいだけで、けっこう驚いたりしてるよ」


「ふーん。それって昔から?」


「生まれた時から、かな。小学生の頃は、あだ名を付けてくる男子とかもいたし」


「どんな?」


「表情筋死滅」


「……そいつ、ほんとに小学生か?」



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