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ep.40 過去の傷跡


 死神には元となる魂がある。

 死後の魂は閻魔えんまが管理する選別所へと送られるが、中には死神が気に入った魂を自分の部下として推薦すいせんする事もあるらしい。


 上からの許可が下りれば、候補生やスカウト枠として、そのまま死界で過ごすことになるのだろうが──。


「こんなこと言われてもびっくりするわよね。でも、つばめがすぐに懐いたことといい、睦月ちゃんには他の死神とは違う、何か特別なものを感じるの」


 私自身、初めて会う死神が好意的に接してくるのを、疑問に思わなかったわけではない。

 ただ、答えを探したところで、今の私には知り得ないことだと分かっていただけだ。


「燕の言動が気に触ることもあるかもしれないわ。だけど、どうか大目に見てやってほしいの」


 大切なのだろう。

 律が燕を思う気持ちには、親や姉のような感情が混じっている。


「燕は、私と家族のようになりたいんでしょうか」


「はっきりとは言えないけど、あたしはそうじゃないかと思ってる」


 私から見た律たちの関係は、家族だと言っても差し支えないほどだ。

 それはきっと、燕自身も感じているはず。


 ──燕が私に求めているのは、本当に「家族のように接すること」なのだろうか。


「睦月ちゃん。燕のことをよろしく頼むわね」


 そう言って微笑んだ律は、まるで母親のように優しい表情をしていた。




 ◆ ◆ ◇ ◇




「ここ全部、睦月ちゃん家の所有物ものなの?」


 燕の驚く声が響く。

 神楽かぐら神楽しがらきも古くから続く家なだけあって、各地に所有する土地や物件の数が異様に多いのだ。


「でかい家のお嬢様が、自分でこんなことしなきゃいけねぇの?」


「管理の仕事をしてた人が首になったからね。一時的な穴埋めとしてやってる感じかな」


「ふーん」


 臨時の作業員として、神楽しがらきが持つ物件の管理に来ているのだが、これでも都内の一部を回っているに過ぎない。


 他の場所に関してはそれぞれ別の担当者がいるため、そこまで時間はかからないはずだ。

 これが終われば、約束通り燕たちと出かける予定になっている。


「なんで首になっちゃったの?」


「おい、燕」


「口が軽い上に、頭も軽かったからかな」


「なるほど!」


 燕の質問を時雨が止めようとしていたが、聞かれて困ることでもなかったため、そのまま理由を話しておいた。

 納得した様子で頷く燕は、とても純粋なのだろう。


 死神として仕事をしているところが、あまり想像できないくらいだ。


「人なんて、口も軽けりゃ嘘もつく。そんなもんだろ」


 ぽつりと呟いた時雨の表情は、反対を向いていて分からない。

 けれど、その声にはどこか……深海のような暗さがひそんでいるように感じた。




 ◆ ◆ ◆ ◇




「プーパさま!」


「いきなりなんですかびべれ。そうぞうしいですよ」


 急に大声を上げたビベレに、プーパは面倒そうな返事をしている。


「あの娘が外に出ています! しかも、例の死神は近くに居ないようです!」


「それはほんとうですか!」


 一気に目の輝きを取り戻したプーパは、喜びから踊り出しそうな勢いだ。

 ついに、待ち望んだ機会がやってきた。 


「すぐにじゅんびしますよびべれ!」


「はい、プーパ様!」


 意気揚々いきようようと部屋から飛び出したプーパを、ビベレもすぐさま追っていく。

 誰も居なくなった部屋には、柔軟剤の匂いがほのかに香っているだけだった。



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