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ep.39 デートの真意


「でっ、デートっておま、何言って……!」


「そうだよ燕! いきなりデートなんて羨まし……じゃなくて、いくらなんでも早すぎるよ!」


 時雨の手が小刻みに震えている。

 立ち上がったリブラは、燕の肩に手を置き、何やら必死に説得しているようだ。


 一瞬で騒がしくなった部屋の中、律が落ち着いた様子で口を開いた。


「燕。そのデートっていうのは、どんな意味で言ってるのかしら」


「えーっと、男女で仲良くなるために出かけることをデートって言うんだよね?」


「……ん?」


「何というか、だいぶ大まかだね」


 燕の考えるデートが、自らのデートとはずれていることを察したのだろう。

 二人そろって、あれっと言わんばかりの顔をしている。


「つまり燕は、男女が交流を深めに出かけたら、それはもうデートだと思っているわけね」


「うん! でも、もし特定の相手がいたらそれは良くないって思ったから、先にいるか確認してみたんだけど……」


 死神は、どの国の言語であろうと、自分たちが理解できる言葉に置き換えることが可能だ。

 ただし、言葉の意味をどう受け取るかは、それぞれのとらえ方による。


 広く受け取るのか、狭く受け取るのか。

 真っ直ぐ見るのか、斜めから見るのか。

 解釈かいしゃくの仕方は、死神の考え方や、時には性格によって変わったりもするということなのだ。


「なんて清らかな回答……」


「……」


 どうやら、リブラと時雨にとって、燕の回答は眩しく感じるものだったらしい。

 遠くに目を向ける二人の姿を眺めていると、律から声をかけられた。


「睦月ちゃん。そういう訳だから、お願いしても構わないかしら? もちろん都合は睦月ちゃんに合わせるわ。護衛を兼ねられる日にでもどうかしら」


「いいですよ」


 こちらも護衛を頼む以上、少し寄り道する分には何の問題もない。

 むしろ、近いうちに出かける予定があったため、私としても助かる話だ。


「ねえ燕。そういうことなら、僕も一緒に行きたいな〜、なんて」


「うーん……」


「リブラ、あんたは留守番よ」


「そんなぁ! 僕も行かせてよ律〜」


 リブラの要望に悩む燕だったが、答えを出すよりも早く、律がリブラの不参加を命じた。

 アパートの周囲には認知阻害にんちそがいの結界が張ってあるようで、それを管理するのも律たち住民の仕事らしい。


 現世の死神は特殊な仕事も多いため、揃ってアパートを留守にするわけにはいかないのだろう。


「実は、明日の昼過ぎから行きたいところがあるんです。そんなに時間はかからないので、その後の時間なら空けられるかと」


「あら、いいじゃない。燕。明日は時雨と一緒に、睦月ちゃんの護衛を頼むわね。あまり遅くならなければ、その後のことは自由にして構わないわ」


「わーい!」


 護衛と言いつつも、律は私の行動を制限する気はないようだ。

 私がしたいと言ったことを、好きなようにやらせてくれるつもりらしい。


 霜月がいない間は、あまり自由に出歩けないだろうと思っていただけに、何だか不思議な気持ちになってくる。

 にぎやかな食卓を見ていると、霜月のいない寂しさが少し、まぎれていくような気がした。




 ◆ ◇ ◇ ◇




「ごめんなさいね。色々とさわがしくなってしまって」


「いえ。朝食、とても美味しかったです」


「睦月ちゃんにそう言ってもらえて嬉しいわ」


 手に持ったカップを口に運ぶ。

 時雨たちがそれぞれの部屋に戻ったあと、私は律と二人でテーブルを囲んでいた。


 そろそろお開きかという時に、律からお茶でもどうかと声をかけられたのだ。


「何か話したいことがあったんですよね」


「やだ、気づかれてたのね」


 恥ずかしそうな顔をした律は、持っていたカップをソーサーに置くと、真剣な眼差しでこちらを見つめてきた。


「燕のことで、話しておきたいことがあるの」


 和やかだった空気が、森のような静寂に変わる。


「以前、あたしたちの上司は放浪癖ほうろうへきがあるって話をしたことがあったわよね。上司は何かと、問題のある魂を拾ってくることが多いの」


「問題のある魂……?」


「そう。人として生きながらも適応できず、淘汰とうたされていったものたちの魂よ」


 いつもはつらつとしている律だが、今の姿はまるで、まだえない傷を抱え、遠い過去を語っているかのように感じる。


「燕がいきなりデートなんて言って、驚かせてしまったわよね。ただ、あの子はパートナーが欲しいんじゃなくて、自分の家族が欲しいだけなの」


 死神は個を好む存在だと思っていた。

 しかし、律を初めアパートの住民たちは、親しい仲間や、それこそ家族のように日々を過ごしている。


 現世で暮らす死神であれば、普通のことなのかもしれない。

 そう思っていたが、どうやら間違いだったようだ。


「燕はね、家族というものを知らないの。あの子は親に捨てられ、生まれてから死ぬまで養護施設で育っているのよ」



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