「でっ、デートっておま、何言って……!」
「そうだよ燕! いきなりデートなんて羨まし……じゃなくて、いくらなんでも早すぎるよ!」
時雨の手が小刻みに震えている。
立ち上がったリブラは、燕の肩に手を置き、何やら必死に説得しているようだ。
一瞬で騒がしくなった部屋の中、律が落ち着いた様子で口を開いた。
「燕。そのデートっていうのは、どんな意味で言ってるのかしら」
「えーっと、男女で仲良くなるために出かけることをデートって言うんだよね?」
「……ん?」
「何というか、だいぶ大まかだね」
燕の考えるデートが、自らのデートとはずれていることを察したのだろう。
二人
「つまり燕は、男女が交流を深めに出かけたら、それはもうデートだと思っているわけね」
「うん! でも、もし特定の相手がいたらそれは良くないって思ったから、先にいるか確認してみたんだけど……」
死神は、どの国の言語であろうと、自分たちが理解できる言葉に置き換えることが可能だ。
ただし、言葉の意味をどう受け取るかは、それぞれの
広く受け取るのか、狭く受け取るのか。
真っ直ぐ見るのか、斜めから見るのか。
「なんて清らかな回答……」
「……」
どうやら、リブラと時雨にとって、燕の回答は眩しく感じるものだったらしい。
遠くに目を向ける二人の姿を眺めていると、律から声をかけられた。
「睦月ちゃん。そういう訳だから、お願いしても構わないかしら? もちろん都合は睦月ちゃんに合わせるわ。護衛を兼ねられる日にでもどうかしら」
「いいですよ」
こちらも護衛を頼む以上、少し寄り道する分には何の問題もない。
むしろ、近いうちに出かける予定があったため、私としても助かる話だ。
「ねえ燕。そういうことなら、僕も一緒に行きたいな〜、なんて」
「うーん……」
「リブラ、あんたは留守番よ」
「そんなぁ! 僕も行かせてよ律〜」
リブラの要望に悩む燕だったが、答えを出すよりも早く、律がリブラの不参加を命じた。
アパートの周囲には
現世の死神は特殊な仕事も多いため、揃ってアパートを留守にするわけにはいかないのだろう。
「実は、明日の昼過ぎから行きたいところがあるんです。そんなに時間はかからないので、その後の時間なら空けられるかと」
「あら、いいじゃない。燕。明日は時雨と一緒に、睦月ちゃんの護衛を頼むわね。あまり遅くならなければ、その後のことは自由にして構わないわ」
「わーい!」
護衛と言いつつも、律は私の行動を制限する気はないようだ。
私がしたいと言ったことを、好きなようにやらせてくれるつもりらしい。
霜月がいない間は、あまり自由に出歩けないだろうと思っていただけに、何だか不思議な気持ちになってくる。
◆ ◇ ◇ ◇
「ごめんなさいね。色々と
「いえ。朝食、とても美味しかったです」
「睦月ちゃんにそう言ってもらえて嬉しいわ」
手に持ったカップを口に運ぶ。
時雨たちがそれぞれの部屋に戻ったあと、私は律と二人でテーブルを囲んでいた。
そろそろお開きかという時に、律からお茶でもどうかと声をかけられたのだ。
「何か話したいことがあったんですよね」
「やだ、気づかれてたのね」
恥ずかしそうな顔をした律は、持っていたカップをソーサーに置くと、真剣な眼差しでこちらを見つめてきた。
「燕のことで、話しておきたいことがあるの」
和やかだった空気が、森のような静寂に変わる。
「以前、あたしたちの上司は
「問題のある魂……?」
「そう。人として生きながらも適応できず、
いつもはつらつとしている律だが、今の姿はまるで、まだ
「燕がいきなりデートなんて言って、驚かせてしまったわよね。ただ、あの子はパートナーが欲しいんじゃなくて、自分の家族が欲しいだけなの」
死神は個を好む存在だと思っていた。
しかし、律を初めアパートの住民たちは、親しい仲間や、それこそ家族のように日々を過ごしている。
現世で暮らす死神であれば、普通のことなのかもしれない。
そう思っていたが、どうやら間違いだったようだ。
「燕はね、家族というものを知らないの。あの子は親に捨てられ、生まれてから死ぬまで養護施設で育っているのよ」