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ep.46 印の場所


 とりあえず、宙ぶらりんの状態は色々と不便だろう。

 人から死神へと姿を切り替えたことで、時雨も手を離して問題ないと判断したようだ。


 一人で宙に浮かんでいると、霜月にしがみついていたあの日のことを思い出す。

 あんなに迷惑をかけた割には、二回目にしてすんなりと立ててしまった。


 何とも言えない感情が湧いてくるが、良く言えば……成長期なのかもしれない。


「おい」


 声をかけてきた時雨は、何か言いたそうな雰囲気をしている。

 詰まった言葉を上手く吐き出せず、時雨の表情にはもどかしさが浮かんでいた。


「待ってるって言ったのに、勝手に離れてごめんね」


「ちがっ……! それは俺が! ……じゃなくて。もっと他に言う事とか、あるんじゃないすか」


 咄嗟とっさに否定しかけた言葉をみ込むと、時雨はこちらに向けてじっと視線を送ってくる。

 心なしか、ねているようにも見えるその姿は、まるで褒められ待ちの子供のようだ。


「ありがとう、時雨。助けに来てくれて」


「……おう」


 気恥ずかしそうに視線を逸らした時雨だったが、満足げな様子も感じられる。

 和やかな空気が流れる空中に、突然「うんうん」と喜ぶような声が聞こえてきた。


 時雨の背後から現れた燕が、こちらを見ながら嬉しそうに頷いている。

 顔を真っ赤にしながら震え出した時雨の横を通ると、燕は私に向けて「無事で良かった」と笑いかけてきた。


「助けてくれてありがとう。燕も怪我はない?」


「おれは平気! 睦月ちゃんは……その服似合ってるね!」


 怪我を確認していた燕だが、着ている服に気づくと手放しで褒めてくれる。

 威吹いぶきの店で服を受け取った時、記録という効果についても教わっていた。


 自らの服を記録しておくことで、その後は着たい服を自由に選択できる仕組みらしい。

 つまり、亜空間というクローゼットに収納さえしておけば、いつでも自在に着替えることが可能というわけだ。


 ローブ下に見える燕たちの服も、実体化を取っていた時とは違うものに変わっている。

 いつのまにか慣れかけていたが、やはり死神と人間では何もかもが別次元のようだ。


「……なあ、あれどうすんの?」


 若干じゃっかん顔は赤いものの、気を取り直した時雨が地上をしながら聞いてくる。

 親指の先を辿たどってみると、地面で伸びたビベレと、その横でさわぐプーパの姿が見えた。


「びべれ! しっかりするのです! めをあけなさいびべれ!」


「うわ……」


 初めはビベレの体をゆすっていたプーパだが、目を覚さないビベレを起こすためか、いきなり顔をたたき始めた。

 骨までってしまったのではないかと思うほど、すさまじい音が鳴り響く。


 ビベレの顔が勢いよく左右に曲がり、時雨からは引きった声がれている。


「とりあえず、捕獲ほかくはしておかないとかな。捕まえるなら今の方が楽そうだね!」


「まあ、そうなるよな……」


 げんなりした顔で呟いた時雨は、死神之大鎌デスサイズを呼び出すと地上に降りていく。


「あ、そうだ。睦月ちゃんも念のため、装束しょうぞくは着ておいた方がいいと思う。有事の際は仕事と同じで、しるしの力を借りられるようになってるから」


 後に続こうとする私に、燕が装束を着るよううながしてくれる。

 印のある位置に指を当て、「死動しどう」と呟く。


 流れでローブを要求していると、何やら難しそうな顔をした燕と視線が合った。


「睦月ちゃんは、そこにしたんだね」


「変かな?」


「ううん! そうじゃなくて、なんて言うか……」


 眉を下げる燕を見て、口にしづらいことなのだと察した。

 印を入れた場所について、何か気がかりな理由でもあるのだろうか。


「ぶれいものめ! びべれをはなしなさい!」


 地上に降り立つと、足元で飛び跳ねるプーパの傍で、小さくなったビベレをつかんでいる時雨がいた。

 現世で見かける蛇ほどのサイズに縮んだビベレは、まだ目を回したままのようだ。


「悪魔が死神をねらっといて、ただで済むわけねぇだろ」


「もとはといえば、あのむすめがわるいのです!」


 あきれた様子でプーパを見下ろす時雨に対し、プーパは私をしながら叫んでいる。


「はっ! ここはどこです!? わたくしはいったい……」


「びべれ! めがさめたのですね!」


 目を覚ましたビベレは辺りを見回していたが、自分を掴んでいる時雨の存在に気がつくと、途端にびたびたと暴れ出した。


「おまえですね! わたくしの顔を何度も殴ったのは!」


「なんてやつだ! びべれをはなせ、このあくまめ!」


「いや、悪魔はお前らだろ」


 冷静にツッコむ時雨だが、怒り心頭しんとうのプーパは地団駄じだんだを踏んで暴れている。

 怒りのあまり、プーパは冷静さを失っているようだ。


「ぷーぱがねったけいかくをだめにするとは、しんじられないぼうきょです! このうらみはわすれませんからね!」


「偶然って言ってたけど、やっぱり違ったんだね」


「あ」



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