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ep.47 罰と取引


 プーパの顔には、やってしまったという言葉がありありと浮かんでいる。


「そっか。偶然じゃないなら、誓約書に違反したってことになるね」


「ちちち、ちがいま──」


 慌てて否定しようとしたプーパだったが、次の瞬間、どこからか落ちてきた雷がプーパの体を丸焼きにした。


 かなりの威力なのだろう。

 ビリビリと打たれているプーパからは、「びゃー!」という叫び声が上がっている。


 その近くでは、同じように雷に打たれたビベレが、地面の上でのた打ち回っていた。

 咄嗟とっさに手を離したのだろう。

 時雨の方を向くも、怪我を負った様子は見られない。


 どうやら、誓約を破ったことで起こる罰が、関係ないものを傷つけることはないようだ。

 雷が止み、体から煙を上げるプーパたちの姿が見える。


「うう……」


 よろよろと起き上がったプーパは、自分の体を見下ろし、ショックを受けた顔になった。


「ぷーぱのからだがこんなにくろく!」


「いや、最初から黒かっただろ」


 呆れ返った様子の時雨が呟いている。


「にしても、誓約書なんてあったんだな」


「これで下手に動かれなくて安心だね! あ、でも、誓約書を行使できるのは、神性が高い死神だけじゃなかったっけ?」


「そうなの? この誓約書は、上司から貰ったんだけど……」


 上司という言葉を聞いた途端、時雨たちの表情が何かを察したように変わる。

 それ以上、言葉は必要なかった。


「せいやくしょ! それをよこすのです!」


 いきなり声を上げたプーパが、手元の誓約書に飛びついてこようとする。

 しかし、手がこちらに届く前に、プーパの体は再び雷に包まれていた。


 共犯だからだろう。

 プーパの後ろでは、もれなくビベレも一緒に打たれているのが見える。


「……こいつら、マジでどうすんの?」


「うーん……」


 時雨の遠い目と、燕の何とも言えない表情が、現状を物語っていた。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 褐色の肌と、くすんだ白髪を持つ男は、とある扉の前で立ち止まった。

 男はノックもせず、そのまま扉を開け放っている。


「おーい、レイン。俺様が来てやったぞー」


 部屋の中にずかずかと入ってきた男を見て、レインは不機嫌そうに男をにらみつけた。


「ノックくらいできないのかアヴァリー。そもそも、何でお前がここに居るんだ」


「相変わらず冷てぇなぁ。お前がボロクソにやられたって聞いて、わざわざ駆けつけてやったってのによ。にしても、これまたひでぇ有様じゃねぇか」


 三白眼を愉快そうに歪めるアヴァリーに、レインの眉間には深いしわが刻まれていく。


 所々が焦げた服に加え、まるで何かに焼かれたように黒ずんだ皮膚。

 レインに起きたことを察するには、充分すぎる要素だった。


「哀れだなぁレイン。部下の失態で、お前まで罰を食らうなんてよ」


「茶化しに来たのなら今すぐ帰れ」


「そう怒んなって。今のは旧友としての言葉ってやつだよ。そんで、──ここからは魔王のしょうとして話す言葉だ。よく聞けよ、レイン」


 一気に増した圧迫感。


 魔界には六人の将が存在する。

 暗黒将あんこくしょうと呼ばれる彼らは魔王の側近であり、下剋上のまかり通る魔界で、他を蹴散けちらしその座を手に入れた者たちだ。


 天界の太陽跡たいようせき、死界の宝月ほうげつ

 それぞれの神が自ら選び迎え入れた六柱とは違い、魔界は魔王でさえも引きずり下ろすことのできる世界。


 それ故、六将の中で最も長く座に着いていた者が、次の魔王に一番近いと言われているのだが──。


 アヴァリー。

 六将の中でも二番目に長く座する悪魔で、侯爵こうしゃくの位を持つ悪魔でもある。


 いくらレインの旧友とはいえ、戦えばどちらが勝つかなど明白だった。


「お前の部下の失態を、俺様が埋めてきてやる。その代わり、連れてきた死神はこっちでもらうぞ」


「なっ!?」


 思わず声が漏れたレインだったが、不服ながらもすぐに黙っている。


「まあまずは聞けって。お前の目的は誓約書を破棄させ、やられた借りを返すことだろ? なら心配いらねぇよ。魔界こっちに連れて来た時点で、そこら辺は何とかしてやる」


 アヴァリーに失敗するという考えは、毛頭ないようだった。

 条件としては悪くない。

 けれど、何故そこまでしてあの娘を欲しがるのか。


 疑惑の目を向けてくるレインに、アヴァリーはにやりと口角を上げた。


「俺様も理由は知らねぇけどよ。──魔王様のご所望なんでな」



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