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ep.57 死界の王


 ついでに空気も凍りついた。

 沈黙が流れる部屋の中、私は霜月に向けて口を開いた。


「なら霜月は、今度二人でデートでもする?」


 これぞ交渉の奥義。

 比較する相手よりも条件を釣り上げることで、それなら良いかも……なんて思わせる。

 さらに特別感を付けることで、上手いこと丸め込む手法だ。


「うん。睦月が前に言ってた場所に行こう」


「インテリアのお店ね。ちょうどマグカップが欲しかったし、お揃いのやつでも買おうか」


 こちらを拝む律の姿や、安堵あんどから息を吐く時雨の姿が目に入ってくる。

 リブラに寄ったヴェルダージが、「手強そうだぞ」と話しかけているのが聞こえた。


「そんじゃま、ゲームの続きといこうぜ。あと二回。逆転できるチャンスは充分あるからな」


 ヴェルダージの掛け声で、再びゲームが開始される。

 全員が見守る中、勝敗の結末は驚くほど早く決まることとなった。




 ◆ ◆ ◇ ◇




「我らが王に申し上げます。悪魔たちの動向を観察しておりましたが、明らかに以前とは違う動きを見せています。そして、それに感化されるように、天界全体も不審な動きを強めているようです」


 死界の閉ざされた空間エリア

 幹部だけが入ることを許された場所で、一人の女が報告を行なっていた。


 王と呼ばれた男は、空間の最も高い位置に腰掛け、隣に立つ女の方に視線を向けている。

 銀灰色シルバーグレーの長髪と、スノーブルーの瞳が美しい男は、王と呼ばれるに相応しい貫禄かんろくまとっていた。


「ご苦労だったね無花果いちじく。天界の動きは私も知っているよ。あそこの王は、どうにも私のことが気に食わないらしい」


「身に余るお言葉です。……天上神王てんじょうしんのうがいくら反発しようと、死界の王はただおひとり。貴方様の他にはございません」


 死神王の呟いた言葉に、無花果と呼ばれた死神は深く頭を下げている。


 無花果の声には、主である神への尊敬。

 そして、天界における唯一神。

 天上神王への怒りが込もっていた。


「そう言えば、あの子はきちんと働いてくれているかい?」


「それについてはご安心を。随時報告は受けております」


「あの死神を信用するのは、いささか安直ではないかえ?」


 話に割り込むように響いた声。

 無花果の視線が、声の持ち主へと向けられる。


「何か不満な点でも?」


「いやのう。あの死神は、死界においてじゃろう? そんなやつを信用するという考えが、我には安置に思えてのう」


 派手な着物と、口元を隠すように広げられた扇子せんす

 心配しているようで、へデラの言葉はその死神への侮蔑ぶべつがほとんどだった。


「心配いらないよ、へデラ。あの子がこちらの意に反するような思惑を持った時点で、無花果に分からないはずがないからね」


「それは……そうじゃが」


「何にせよ、私たちがすべきことは、王の願いを叶えることです。どうしても不安なら、目的を果たした後に消してしまえばいい話でしょう」


 王の言葉に口を噤んだヘデラを宥めながら、無花果は今後の流れを考えていた。

 現世に最も足を運ぶことが多いのは死神だ。


 それは当然、仕事のためであり、関わらなければならない理由でもあった。

 しかし、その現世にかつてないほど、他界の存在が集まり始めている。


 天界と魔界の存在が介入することは、死神王にとっての障害になるかもしれない。

 否、なるだろう。


 ──特に天使は、天上神王の庇護ひごの元にある。

 宝月ほうげつぎょせていない中、太陽跡たいようせきにまで介入されたら……。


「常闇は宝月でもあります。今は彼らの動向を知るために、ナツメグの存在が不可欠かと」


「君に任せるよ無花果。宝月を掌握しょうあくすることは、死界の命運を決めることにも等しい。現世に散らばった他の月も、早く見つかるといいんだけどね」


「それは我らが。必ずや探し出して参りますゆえ」


 深く頭を下げ誓うへデラに、死神王は満足そうに微笑んだ。


「頼んだよ、へデラ」


「御意」


 忠義の高い側近たちの存在は、王の座を盤石にしてくれる。

 死界も、本格的に動き出す時が来たのかもしれない。


「ああそうだ。あの死神……睦月と言ったかな。彼女はどんな様子だい?」


「例の死神については、ナツメグからも報告を受けています。常闇が自ら部下に引き入れ、現在も手元に置いているようです。部下たちの態度も聞いていますが、おそらくかと」


「何故そこまで分かっていて始末しないのじゃ。早う消してしまえばいいじゃろうに」


 王の問いかけに、無花果はナツメグからもたらされた情報を伝えていく。

 へデラの不満が混ざった言葉は、危機感から来るものでもあった。


「もし鍵ではなく生贄なら、消してしまうことがあだになるかもしれない。ちっぽけな死神に何が出来るとも思えないが、それが生贄なら話は別だ」


「これ以上、宝月にすきを与えるわけにはいきません。ナツメグの報告からも、鍵よりは生贄に近いという話が上がって来ています。全てを鵜呑うのみにするわけではありませんが、念には念を置いた方がよろしいかと」


 微笑んだ王が、無花果の肩にそっと手を当てる。

 信頼の込められた行動に、無花果は感極まった様子で顔を伏せた。


「もう一方の死神についてはどうかな?」


「こちらに引き込めるよう手を回してはいますが……」


「ならばその件は、私も動くとしようかな」


 始まりの音を感じた側近たちは、その場で深く礼をとった。


「我らが王こそ、死界の唯一神だと証明してみせます」


 誓いを果たすためなら、たとえどんな手段でも使ってみせよう。


 この死界に君臨すべき王は、目の前の神しかありえないのだから──。




 第二招 Second Voice 真実は裏返る 【完】




 ◆ ◇ ◆ ◇




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


 読者の方々に、沢山のモチベーションをいただく日々です。

 ブックマークや星評価等、どれも本当に嬉しく思っております。


 この物語を始めた頃には考えもしなかったほど多くの読者さまに支えられ、無事に二招を終えることができました。

 来年はさらにパワーアップした物語をお見せできるよう、今後も精進を続けて参ります。


 長い物語ですが、プロットは固まっていますのでご安心ください。

 いつも応援してくださり、本当にありがとうございます。


 大切な読者さまへ感謝を込めて。



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