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ep.56 幸運の愛し子


 配られた手札を確認する。

 ポーカーは手持ちのカードで、より強い組み合わせを作った者が勝利するゲームだ。


 ヴェルダージは私たちがカードを確認したのを見ると、コインのようなものを出してきた。


「カジノなんかじゃチップを使うが、俺っちのゲームではこいつを使う。管理はこっちでするから、おまえさんたちは宣言だけしてくれ」


 つまりチップを動かす工程は必要なく、枚数だけ言えばヴェルダージの方で管理してくれるらしい。

 それぞれが真剣な顔で手元のカードを見ている中、不意に霜月と視線が合った。


 既に良いカードを持っているのだろうか。

 自分のカードを確認したあと、霜月は私を見て柔らかく微笑んだ。


「ゲームは計三回。最後にコインの総数が最も多かったやつの勝利だ。じゃあまずは霜月からだな。どうする?」


「パスでいい」


「オーケー。なら次は睦月」


「ビッド。二枚追加で」


 私の宣言を聞いて、燕と時雨が驚いた表情に変わる。

 リブラは何かを思案しているようで、再び手元のカードに目を向けていた。


「あいよ。次は燕だな」


「おれはコールで」


「そんじゃ燕も二枚いただくぜ」


 ポーカーはビッドが出た時点で、それ以降の人はパスができなくなる。

 打てる手は同じ枚数を賭けるコールか、棄権きけんするドロップ。


 もしくは、さらに多い枚数を賭けて競り上げるレイズかだ。


「時雨はどうする?」


「俺はドロップする」


「いいぜ。んじゃ最後はリブラだな」


 時雨はこのゲームを棄権することに決めたらしい。

 おそらく、現在の手札で賭けに出るのは難しいと判断したのだろう。


 ポーカーは一人勝ちのゲームだ。

 賭けているコインは、言わば自分の所持金のようなもの。

 つまり、今の段階においては、全員マイナスを出している状況に等しい。


 ここでさらにマイナスを増やすよりは、棄権ドロップという手段を選び、被害を最小限に抑えるのも戦略の内だろう。


「僕はコールにするよ」


「ならリブラも二枚だな」


 一週目が終わり、それぞれがドローを行っていく。

 ドローは捨てたカードの枚数だけ、ストックされているカードから補充される仕組みだ。


 ヴェルダージが捨てた枚数に応じて、カードを入れ替えてくれる。


「じゃあ二週目だが、睦月から初めてくれ」


「分かった。チェックでお願い」


 二週目は、一週目で最初にビッドをした人からスタートする決まりになっている。

 そして、パスがチェックという言葉に変わる以外は、同じルールで進んでいく。


 燕もチェックを選び、時雨はドロップしているため順番を飛ばされた。

 次はリブラの番だが──。


「ビッド。三枚追加で」


「三枚!?」


 時雨から驚いた声が上がる。

 この段階でビッドを選んだということは、手持ちのカードに相当自信があるようだ。

 一気に枚数を稼ぐ気なのだろう。


「三枚だな。そんじゃ、最後は霜月だ。どうする?」


「コール」


 霜月はドロップするかと思っていたが、コールを選ぶらしい。


「これで一通り終わったな。今残っているやつらは、手札を公開してくれ」


「じゃあおれから見せるね!」


「お、フルハウスか。やるな燕」


 ヴェルダージの声かけで、燕が真っ先に手札を公開した。

 燕のカードは7が三枚、Qが二枚のフルハウスだ。

 続けて、霜月がカードを見せてくる。


「ストレートフラッシュ……」


「運まで味方かよ」


 ストレートフラッシュとは、同じマークのカードで、なおかつ数字が順番に並んでいるものを言う。

 霜月のカードには、6から10までの数字がずらりと並んでいた。


 ヴェルダージの驚く声に続き、時雨のげんなりした声が響く。

 ストレートフラッシュは、ポーカーにおいてほぼ最強に近い組み合わせだ。


 かなり絶望的な状況だが、リブラは何やら小刻みに震え出すと、手持ちのカードを勢いよくテーブルに広げた。


「残念だったね! 僕のカードもストレートフラッシュなのさ!」


「おお! やるじゃねぇかリブラ!」


 絶句する時雨の横で、燕がパチパチと手を叩いている。


「ふふふ。僕のカードは8からQ。つまり、僕の勝ちってことだね!」


執念しゅうねんを感じるわ……」


 喜ぶリブラの向かいでは、律が何とも言えない表情で呟いている。

 ほぼ最強に近いストレートフラッシュだが、同じ組み合わせが出た場合、最後の数字が高い方の勝利となるのだ。


 綺麗に並んだカードを見ていると、ヴェルダージが気遣うように話しかけてきた。


「あー、睦月はまだ出してなかったよな。違反が検知されない限り、俺っちにもカードは見えないようになってるんだ。この雰囲気の中で悪いが、見せてもらえるか?」


「ごめんね睦月さん。ゲームはまだ二回あるから、次のとき……」


 申し訳ない気持ちより、嬉しさの方がまさっているのだろう。

 口元がにやけていたリブラだったが、私のカードを見た途端、表情が硬まった。


「ロイヤル……ストレートフラッシュ……」


「どうなってんだこのゲーム!?」


「睦月ちゃんすごい!」


 ヴェルダージはテーブルの上を歩き、私のカードを直接覗き込んでいる。

 そして、カードのマークがスペードかつ10からAで揃っているのを確認すると、口をぱかりと開けたまま動かなくなってしまった。


 霜月が嬉しそうに微笑みかけてくる。

 おそらく、最後のターンでのコールは、私が勝つと分かった上で選んだのだろう。


 そうすれば、霜月の分も私の勝ち数として計算されるから──。


「信じられない光景ね……。こんなにも手札がそろうなんて、凄い確率よ」


「そう言えば、睦月ちゃんはデートの時もゲームで全部当たりを引いてたんだよ! 幸運の持ち主なのかも!」


「たしかに異様な当たり具合……って、おい! 燕!」


 テーブルが一瞬にしてこおりついた。



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