印は全ての死神に刻まれている。
普段は視えていないだけで、そこに有る事実は変わらない。
「……どうして
「たしかに、印は起動してる時にしか見ることができない。だからカウダも、襲撃時は自分の能力を使ってたんだと思う。でもさ、あいつは禁止事項に触れてた」
威吹の声には、抑えきれない悔しさが混じっている。
「カウダは、俺が作った服を片っ端から壊し始めたんだ」
「……つまり、
威吹の服は一つひとつが手作りだ。
職人にとって、丹精込めて作り上げた物がどれほど大切かなんて、誰が言わずとも分かることだろう。
「それって、襲撃された時点で発動したりしないの?」
話を聞く限り、服を壊したことで自戒の印が発動したという意味に受け取れる。
少なくとも、襲撃された時点で建物などはとっくに壊されていたはずだ。
何故その時点で、自戒の印が発動しなかったのだろうか。
「建造物を含め、死界にある物は全て自動修復されるんだ。だから壊すこと自体は罪にならない。けど、死神に対する攻撃や、死神自身の私物を破壊するような行為は禁止されてる」
「家を壊されたのはどうってことないんです。時間が経てば勝手に直ってますから。でも、俺が作った服は違います。カウダはそれを分かってて、あえて服に手を掛けたんです」
そういえば、威吹とカウダが戦った際、辺りは
しかし、再び目にしたあの場所は、寸分違わず元通りになっていた。
「睦月さんは、まだ死界に詳しくないんでしたよね」
「そうだね。日々勉強中ってところかな」
「俺も死界では新入りの方なんです。何かあれば気軽に頼ってくださいね! あまり力にはなれないかもですが……」
「ううん。ありがとう威吹くん」
自分が大変な時に、相手を思い遣るのはとても難しい。
けれど威吹は、笑顔の裏に傷を隠し、誰かのために
「あのさ……実は俺、カウダの印を見たことがあるんだ」
不意に威吹が発した言葉で、部屋の空気ががらりと変わっていく。
「前からよく問題行動を起こしてたけど、そん時は禁止事項に触れてたみたいでさ。たまたま見かけたカウダは、右腕を押さえて
威吹が
「だけど、あの時は違った。俺も途中で自戒が発動してないことに気づいて、能力であいつのローブを
「ミントには、今聞いた内容は他に流さないよう伝えておく」
「助かる……」
大きく息を吐くと、威吹は脱力した様子で身体から力を抜いている。
思ったより重大な件になってしまい、色々と緊張していたのだろう。
「あと、おそらくこの件は
「へ?
「……所属を言ってみろ」
「特別警備課で……あ」
霜月に冷たい目で見られつつも、威吹は「ごめんごめん。うっかり」なんて言いながら手を合わせている。
相変わらずメンタルが強い。
「じゃあ、私たちはそろそろ行くね。ゆっくり休んで」
「あ、はい! 来てくれてありがとうございました」
椅子から立ち上がると、ただの壁にしか見えない場所に向かって歩いていく。
「睦月。上司の元へ行く前に、一度ミントの所に寄ってもいいか?」
「もちろん。情報管理課だっけ?」
紬のやり方を真似て、壁に手を当てる。
波紋のように揺らいでいく壁を見ながら、霜月とこれからのことについて話していた時だった。
「あの……睦月さん」
「ん?」
「情報管理課に行くなら、あまり霜月の傍から離れないようにしてください」
「うん。分かった」
先に行くよう霜月を促し、威吹の方を振り返る。
「元々離れるつもりもないから安心して」
予想外の言葉だったのか、威吹がぽかんと口を開けている。
驚く威吹を残し、私は壁を擦り抜けその場を後にした。
◆ ◆ ◇ ◇
情報管理課には、結構な数の死神がいた。
情報を扱う課だけあり、常にそれなりの人数が出入りしているのだろう。
受付らしき場所の前に行くと、視線が一斉に突き刺さってくる。
「ミントは作業中ですか?」
「あ、はい。でもすぐに終わりますよ。臨時のやつなんで」
対応してくれた情報管理課の職員は、こちらを見るなり「本命さんだ……」と呟いている。
隣の同僚から肘で突っつかれ、職員は慌てたように口を
「威吹くん、思ったより元気そうでよかったね」
「うん」
すぐに返された肯定に、微笑ましさから口元が緩む。
何だかんだ言いつつも、威吹のことが心配だったのだろう。
心の中で納得していると、職員の方から「ベタ惚れじゃん……」という言葉が漏れ聞こえてきた。
情報管理課なのに、
楽しそうな管理課の面々だったが、突然引き
静かになった
「おい! 近いやつ止めろって!」
「無理。巻き込まれたくないもん」
「面白そうだから放っておこうよ」
「私、あの子苦手なんだよね〜」
「お前らさぁ……。後で泣く事になっても知らねぇからな」
小声で話しているつもりらしいが、バッチリ聞こえている。
この際、情報漏洩課とかにしたらどうだろうか。
意外と語呂もいい。
そうこう考えている内に、足音の持ち主が姿を現した。
可愛らしい少女だ。
大きな目が、霜月を見るなり喜びで溢れていく。
「あの、霜月くん。この前は、その……」
「……」
「霜月の知り合い?」
懸命に話しかけようとしている少女だったが、霜月は全く相手にしていない。
「顔見知り程度だ。睦月が気にするような相手じゃない」
「……っ」
どうしようこれ。
ばっさりと切り捨てられた少女は、泣きそうな顔になっている。
とは言え、霜月のこの態度は今に始まったことじゃない。
誰に対してもこうなのだ。
霜月が話したくないのに、無理に相手をしろというのも違う気がする。
「……貴女が、……ですか」
怒り、恨み、嫉妬。
そんな感情が詰め込まれたような声だった。
「出来損ないの死神が……どうして霜月くんと一緒に居れるんですか……!」
「だめだよ霜月。ちょっと落ち着こう」
何となく、危うい気はしていた。
感情的になった相手に、何を言っても無駄だろう。
ここは落ち着くまで待つしかない。
代わりに、今にも氷漬けにしそうな霜月の方を止めておいた。