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ep.10 不都合な死神


「あ〜、睦月さんと霜月だ〜」


 ふわふわした水色の髪と、同色の瞳。

 こちらを見て手を振るつむぎの目の下には、以前と変わらず濃いくまが張り付いていた。


「紬くん久しぶり。生きててよかった」


「あはは〜、ボクそんなにヤバそうな見た目してました〜?」


 思わず飛び出た言葉に、紬はゆるっとした笑い声を上げている。


「まあ、最近は家に帰る時間もないくらいですけど〜。仮眠しながらなんとかまかなってます〜」


枯渇こかつした分の力を、睡眠で補ってるってこと?」


「ですね〜」


 乾いた笑みを浮かべた紬は、「次から次へとよくやりますよ〜」なんて言葉を溢している。

 周りを見回すと、他の空間エリアよりもカプセルの数が明らかに多かった。


 しかし、辺りに紬以外の死神は見当たらず、どうやら一人で治療を行っているようだ。

 次から次へと言うのは、紬が休む暇もないほど患者が運ばれてくるという意味だろうか。


「紬くん……」


「大丈夫ですよ〜。ボクもう死んでますし〜、過労死なんてしようがありませんから〜」


 まるで、過労死したことがあるかのような言い方だ。

 仕事をしている時はテキパキと動きながらも、こうして話している際はたまにふらついている。


 その姿が、むかし近所の公園で会った空腹の子猫にそっくりで、無性に気にかけてしまう。

 紬の位であれば、余程のことがない限り力が枯渇することはないはずだ。


 栄養不足だった子猫と同じ。

 今の紬は、圧倒的に能力の無理を強いられている。

 ましてや、紬は回復系で見ればかなり高位の死神だ。


 この状況を作っているのが誰かなんて、少し考えただけでも分かる。

 貴重な死神をぼろぼろにしている辺り、紬は今の王たちにとってな存在なのだろう。


「そう言えば、威吹くんは何処にいるの?」


「ああ〜。彼は事情が事情なので、個室対応にしてるんです〜」


 そう言うと、紬は壁を指差した。

 何の変哲へんてつもない壁だ。

 まっさらで、何かが飾ってあるわけでもない。


 けれど、よく視ると、壁の先にも空間が繋がっていることが分かった。


「既に怪我は治ってますよ〜。能力が枯渇してるので、もうしばらくここに居てもらう予定ですけど〜」


 紬が手を当てた場所から、壁の表面が波紋のように揺らいでいく。

 水のように軟化した壁に、紬の腕が吸い込まれていくのが見えた。


 壁の中に消えていった紬の後を追い、擦り抜けるようにして別の空間へと入る。

 先ほどまでの独特な造りとは違い、そこは普通の家にある一室のようだった。


「あれ、睦月さん? どうして死界ここに……」


「連絡が届いてたから。大変だったみたいだね」


「わざわざすみません。でも、今はめちゃくちゃ元気なんですよ!」


 明るい顔で笑うと、威吹はベッドから降りようとしている。


「勝手に立ち上がらないでください〜」


「あいてっ!」


 軽快な音と共に、威吹の身体がベッドへ戻された。

 おでこをはたいた紬は、呆れた様子で威吹の方を見ている。


「早く帰りたいなら、安静にしててください〜。君の治療を受け持ってから、かれこれ三日も休めてないんですよ〜」


「はい。すみませんでした」


「お二人には悪いですが、彼は一応患者なので〜」


「気にしなくていいよ。威吹くんは休んでて」


 申し訳なさそうに横たわる威吹を見ていると、紬が何処からか椅子を出してくれた。

 照れくさそうな顔の威吹は、頬を指でかきながら、感謝の言葉を口にしている。


「睦月さん、なんか雰囲気変わりましたね」


「そう?」


「はい。こう、背筋がピンとなる感じというか……」


 自分では気づいていなかったが、見て分かるほどの変化があったのだろうか。


「あ、悪い意味じゃないですからね!」


「分かってるよ」


 慌てて手を振った威吹は、安堵あんどのため息を吐いている。

 こちらのやり取りを眺めていた紬が、「元気そうですね〜」と呟くのが聞こえた。


 何というか、色々と含みを感じる声だった。




 ◆ ◇ ◇ ◇




「相手の情報はどこまで分かってる?」


「……あのさ、霜月。出来たらその……」


「内容次第だ」


 霜月の質問に、威吹は悩ましげな表情をしている。

 ここに来る前、ミントから襲撃を受けた際の状況を詳しく聞いてくるよう頼まれた。


 ミント曰く、自身の所持している情報と、威吹が警備課に話した情報ではいくつか矛盾する点があったらしい。

 おそらく、意図的に話していない事があるはずだ。

 ミントはそれを聞き出して欲しいようだった。


「そうだよな……。分かった。話すよ」


 威吹の態度を見るに、警備課の死神には話しがたいことだったのだろう。

 けれど、霜月になら話せる。

 そんな信頼の気持ちが、透けて見えるようだった。


 紬は「何かあったら呼んでください〜」と言い残して、部屋から去っていったため、もうここにはいない。

 三人になった部屋で、威吹は覚悟を決めた様子で口を開いた。


「俺の店を襲撃した死神は四人組だった。全員ローブを着込んでて、大柄なやつが一人と、それより一回り小さいやつが一人。残りの二人は同じような背格好をしてた」


 嫌な記憶を思い出したのか、威吹の眉間にしわが寄っている。


「俺は従業員を逃すのを優先してたけど、狙いが俺だって気づいてからは別行動にした。顔は見えなくても、大柄なやつの能力には覚えがあったんだ。あれは間違いなく、カウダだった」


「そこまで分かっていて、なぜ警備課では話さなかった?」


「……なかったんだ」


 霜月の問いかけに、威吹は絞り出すような声で呟いた。


「カウダのやつ……印が無くなってたんだ」



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