月の一つが満月。
だとすれば、満月という言葉は死界において、宝月を意味する敬称ということになる。
「霜月は、宝月について何か知ってたりする?」
「上司が
死界に、
現在の王によって特定の言葉が封じられてからは、さらに知る者も少なくなったはずだ。
今なら、その意味が少し理解できたような気がする。
「分かった。気をつけるね」
本来の死神王。
そして、その側近である宝月。
月が禁句になった死界において、この二つはこれ以上ないほど危険な言葉なのだろう。
今の王は、いったいどんな神なのか。
湧いてきた興味を抑え込むように
どんな神であれ、私の大切な存在と敵対するのなら、それは私にとっても敵ということだから。
ずっと一緒にいたい。
願いや夢とは、簡単に叶わないものだ。
そうでなければ、夢を見たりなどしない。
誰かの願いを叶えるためには、何かの犠牲がいる。
私にとってそれが、──神を玉座から引きずり降ろすことだと言うのなら。
触れた手がほのかに熱を帯び、徐々に伝わっていくのを感じる。
磁石のように引き寄せ合った身体に、体温はないはずだった。
「熱くない?」
「温かい」
霜月には私の体温が熱く感じるのではと思ったが、霜月は私の手を持ち上げると、そのまま頬にぴたりと当てている。
いつからだろう。
冷んやりとした手が、心地いいに変わったのは。
いつからだろう。
私が
ソファーに座り、ただ寄り添っているだけの時間が、とても愛おしいものに思えてくる。
手のひらから伝わる温度に、私の体温が混じってしまえばいい。
さっきのお返しも込めて、霜月の頬を優しく撫でておいた。
◆ ◇ ◇ ◇
連絡を受信した気配に目を開ける。
視界にモニターを出し、書かれた内容を読み進めていく。
ミントから送られてきたメッセージには、以下のことが書いてあった。
従業員は無事だったが、店主である威吹が重傷を負ったこと。
現在は
「霜月」
隣で確認していた霜月へ声をかける。
「今すぐ死界に戻ろう」
「……分かった」
霜月は悩むように眉を寄せたが、私の意志が固いことを悟ったのだろう。
亜空間から取り出した服を身に
フードを被り、差し出された霜月の手を取った。
安心させるよう握ってきた霜月の手を、同じだけの力で握り返しておいた。
◆ ◆ ◆ ◇
死局の入り口に着くと、両側に立っていた警備課の死神たちは、こちらを見るなり道を開けてくれた。
ローブは通行証代わりだ。
前もって着ていたことで、難なく中に入ることができた。
「威吹くん、大丈夫かな」
「紬がついてるなら心配ない。それにあいつは……結構しぶとい」
霜月なりの信頼なのだろう。
微笑ましい気持ちで見つめていると、目が合った霜月は少し困った顔で眉を下げている。
なんだかんだ言って、威吹との仲は良好らしい。
治療系統の死神が集まる
おそらく、運び込まれる
以前は紬の家で治療を受けたため、勤務先まで訪れるのは初めてのことだ。
近いうちに会いに行こうと話していたが、色々あって遅くなってしまった。
清潔感のある空間だ。
病院と教会を混ぜたような造りが独特だが、上手く融合し合っている。
中では死神たちがテキパキと動きまわっており、前に私が入っていたカプセルのような物も見受けられた。
一番手前にいた死神が、こちらに気づき用件を聞いてくる。
「
「あっ、はい! えっと……奥の方に!」
かなり緊張した様子で答えた死神は、霜月と私を交互に見て「……はわ」と呟いている。
「行こう睦月」
霜月に手を引かれ、奥の部屋へと向かう。
後ろの方から、「みんな聞いて! 推しに推しがいた!」なんて声が聞こえてきたが、よく分からなかったので流しておいた。