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ep.9 不穏な連絡


 月の一つが満月。

 だとすれば、満月という言葉は死界において、宝月を意味する敬称ということになる。


「霜月は、宝月について何か知ってたりする?」


「上司がってことと、今は上司を除いて死界には存在しないってことくらいだ。宝月は謎が多い。月の敬称を除けば、ほとんどの死神は宝月についての情報を持っていないと思う」


 死界に、新月上司以外の月はいない。

 現在の王によって特定の言葉が封じられてからは、さらに知る者も少なくなったはずだ。


 閻魔えんまは以前、上司の役目を待つことだと話していた。

 今なら、その意味が少し理解できたような気がする。


「分かった。気をつけるね」


 本来の死神王。

 そして、その側近である宝月。

 月が禁句になった死界において、この二つはこれ以上ないほど危険な言葉なのだろう。


 今の王は、いったいどんな神なのか。

 湧いてきた興味を抑え込むようにふたをする。

 どんな神であれ、私の大切な存在と敵対するのなら、それは私にとっても敵ということだから。


 ずっと一緒にいたい。

 願いや夢とは、簡単に叶わないものだ。

 そうでなければ、夢を見たりなどしない。


 誰かの願いを叶えるためには、何かの犠牲がいる。

 私にとってそれが、──神を玉座から引きずり降ろすことだと言うのなら。


 触れた手がほのかに熱を帯び、徐々に伝わっていくのを感じる。

 磁石のように引き寄せ合った身体に、体温はないはずだった。


「熱くない?」


「温かい」


 霜月には私の体温が熱く感じるのではと思ったが、霜月は私の手を持ち上げると、そのまま頬にぴたりと当てている。

 いつからだろう。

 冷んやりとした手が、心地いいに変わったのは。


 いつからだろう。

 私が死神かれらの手を、冷たいと感じなくなったのは──。


 ソファーに座り、ただ寄り添っているだけの時間が、とても愛おしいものに思えてくる。

 手のひらから伝わる温度に、私の体温が混じってしまえばいい。


 さっきのお返しも込めて、霜月の頬を優しく撫でておいた。




 ◆ ◇ ◇ ◇




 連絡を受信した気配に目を開ける。

 視界にモニターを出し、書かれた内容を読み進めていく。

 ミントから送られてきたメッセージには、以下のことが書いてあった。


 威吹いぶきの店が何者かの襲撃を受け、半壊状態となったこと。

 従業員は無事だったが、店主である威吹が重傷を負ったこと。

 現在はつむぎの元で治療を受けていること。


「霜月」


 隣で確認していた霜月へ声をかける。


「今すぐ死界に戻ろう」


「……分かった」


 霜月は悩むように眉を寄せたが、私の意志が固いことを悟ったのだろう。

 亜空間から取り出した服を身にまとい、印にローブを要求する。


 フードを被り、差し出された霜月の手を取った。

 安心させるよう握ってきた霜月の手を、同じだけの力で握り返しておいた。




 ◆ ◆ ◆ ◇




 死局の入り口に着くと、両側に立っていた警備課の死神たちは、こちらを見るなり道を開けてくれた。

 ローブは通行証代わりだ。

 前もって着ていたことで、難なく中に入ることができた。


「威吹くん、大丈夫かな」


「紬がついてるなら心配ない。それにあいつは……結構しぶとい」


 霜月なりの信頼なのだろう。

 微笑ましい気持ちで見つめていると、目が合った霜月は少し困った顔で眉を下げている。

 なんだかんだ言って、威吹との仲は良好らしい。


 治療系統の死神が集まる空間エリアの入り口は、他の場所よりも大きかった。

 おそらく、運び込まれる諸々もろもろを考慮した上でそうなっているのだろう。


 以前は紬の家で治療を受けたため、勤務先まで訪れるのは初めてのことだ。

 近いうちに会いに行こうと話していたが、色々あって遅くなってしまった。


 清潔感のある空間だ。

 病院と教会を混ぜたような造りが独特だが、上手く融合し合っている。


 中では死神たちがテキパキと動きまわっており、前に私が入っていたカプセルのような物も見受けられた。

 一番手前にいた死神が、こちらに気づき用件を聞いてくる。


つむぎに会いにきた」


「あっ、はい! えっと……奥の方に!」


 かなり緊張した様子で答えた死神は、霜月と私を交互に見て「……はわ」と呟いている。


「行こう睦月」


 霜月に手を引かれ、奥の部屋へと向かう。

 後ろの方から、「みんな聞いて! 推しに推しがいた!」なんて声が聞こえてきたが、よく分からなかったので流しておいた。



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