カーテンの隙間から差し込む朝日が眩しい。
どうやら、あのまま眠ってしまったようだ。
寝ている場所がソファーではなくベッドなのを見る限り、霜月が運んできてくれたのだろう。
枕元に置かれた金のリボンが、日の光に反射して
リボンを手に取り、いつものように左側の髪に編み込んでいく。
髪の間で
「おはよう」
リビングのドアを開けると、ふわりと香るコーヒーの匂いと、テーブルに並べられた朝食が見えた。
「おはよう睦月」
「昨日、霜月が運んでくれたんだよね。ありがとう」
はにかんだ笑みの霜月が、湯気の立つカップを置いてくれる。
綺麗に焦げ目のついたパンと、横に添えられたオムレツが美味しそうだ。
現世での情報収集も兼ねて、律はよくデパートなどに足を運んでいるらしい。
この食材は、律が用意してくれたものだろう。
「毎日こんなご飯だったら、ずっと健康でいられそう」
「睦月のためなら毎食でも作る」
思わず漏れた呟きに、霜月がさらりと返事をしてくる。
もしここで頷けば、霜月は間違いなくそうするだろう。
何気なく発したように聞こえても、こうした場面で霜月が冗談を言ったことはないのだ。
「甘えたい気もするけど、たまには私も作るよ」
「睦月の……手料理」
霜月の周囲にキラキラしたエフェクトが飛び散るのを眺めながら、私は朝食を黙々と口に運んでいた。
◆ ◇ ◇ ◇
ソファーに腰掛け、ゆったりとした時間を過ごしている。
綺麗に完食した私を見て、霜月は嬉しそうに微笑んでいた。
昔から食事を抜きがちで、
今日の様子を陽向が見たら、驚くかもしれない。
「そのリボン……」
「これ?」
霜月の視線が、髪に編み込まれたリボンへ向けられている。
ただのリボンだが、何か気になることでもあったのだろうか。
結ぶのは慣れているし、そこまで手間でもないのだが、そのままでいいと話す霜月の言葉に従い手を下ろした。
「これがどうかした?」
「睦月以外の気配が染みついてたから、誰のものか知りたかったんだ」
私以外の気配──。
心当たりは、一つしかなかった。
「前に、猫と暮らしてたって話をしたことがあったよね」
録画された映像を巻き戻すように、記憶を呼び起こしていく。
ぱっちりとした金色の目。
きらきら輝くリボンの金が、目の色ともよく似ていて。
「その猫の目が金色でね。だから買ったの。首輪の代わりにでも、付けておこうかなって」
プレゼントしてから、満月はいつもリボンを首につけていた。
よほど気に入ったのか、解けるとわざわざ運んできて、結んでくれと
「猫の名前、満月って言ってね。このリボンは、満月がいなくなった日から私が使うようになったんだ」
あの日、満月は部屋にいなかった。
仕事から戻った私が見たのは、出迎えのない冷たい部屋と、床にぽつりと置かれたリボンだけ。
必死になって探した。
薄く開いたベランダの窓に、嫌な予感ばかりが
窓は閉めたはずだ。
私が記憶を間違えるわけもない。
いや……今はそんな事、どうだっていい。
ただ無事でいてくれたら。
また私の元に戻ってきてくれたら。
それ以外は何も、望みはしないのだから。
──けれど、その願いが叶う事はなかった。
何かを悟ったのだろう。
霜月は黙ってこちらを見つめていたが、頬に手を当てると、指で私の目尻に触れてきた。
「何かついてた?」
「いや、何も。ただ触れたくなっただけだ」
そっと撫でてから手を引いていく。
触れられた場所に、じんわりと感触が残っている。
「睦月。一つ、伝えておくことがある」
真剣な声に、霜月の目を見つめた。
「死界にいる時は、満月という名前を出さない方がいい。上司の
「月という言葉が禁句なのは知ってたけど、名前も危ないってこと?」
考え込む私を見て、霜月が詳しい話をしてくれる。
「死神の言語は、神が使う共通言語のようなものなんだ。現世の言葉であれば、どれも等しく理解することができる」
つまり、どの国の言葉であろうと、死神にとっては同じように聞こえるという話だ。
解釈の仕方は違えど、言葉の理解という点ではあまり変わらない。
「対して、
「それって、聞いた人が知る中で、一番意味が近い言葉に変換されるってこと?」
「その認識で合ってる」
問いかけに肯定した霜月は、月が禁句になっている理由についても教えてくれた。
いわく、死界で月という言葉を出すことは、以前の王に忠誠を誓うことを意味する。
そのため、反逆の
私の名前にも月が入っているが、これは現世の言葉で付けられたもののため、大きな問題にはならないらしい。
ただし、死神になると新たな名を得る死界において、現世の名をそのまま使う者は、訳ありと思われることも多いようだった。
「霜月は、大丈夫なの?」
霜月の名前は私が付けている。
つまり、グレーということだ。
もし、そのせいで霜月に何かあったとしたら──。
「平気だ。睦月がくれたから」
答えになってない応えから、霜月の真意が伝わってくる。
たとえ、誰に何を言われようと関係ない。
私が贈った名であることだけが、霜月にとっては重要なことなのだと──。
「でも、満月についてはその限りじゃない」
重みの増す空気の中、霜月の言葉に耳を傾ける。
「死界には月を冠するもの。通称、