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ep.1 月の痕跡


 王になる──なんて、大層なことを口にしたものだ。

 謀反というには些か違う気もするが、要は下剋上をすると伝えた訳である。


 ただ、閻魔に驚いた様子はなく。

 むしろ凪ぐような声で、「睦月のしたいようにするといい」と微笑んでいた。


「したいように、か」


 手首で光るブレスレットを掲げ、ぽつりと溢す。


「……睦月?」


「ごめん。起こしちゃったね」


 独り言が聞こえたのだろう。

 目を開けた霜月が、何かあったのかと問いかけてくる。


「大丈夫だから、もう少し横になってて」


 両目を手で覆うと、ゆるりと瞼が閉じていくのを感じる。

 そのまま持ち上げた手で、頭を優しく撫でておいた。


 死神に睡眠は必要ないが、かと言って寝れない訳でもない。

 能力が枯渇すれば、眠りで補う死神もいるくらいだ。


 まあ、霜月ならば枯渇すること自体ないのかもしれないが、たまには娯楽感覚で寝てみるのも悪くないだろう。

 そう思い、以前のお返しに膝枕はどうかと話したところ、すんなり頭を預けてきた。


 アパートで暮らし始めた頃は、隣で横になるのも躊躇っていた霜月を覚えているだけに、何だか感慨深い気持ちになってくる。


 思えば、霜月たちと出会ってから、あっという間の日々だった。

 無機質な世界が鮮やかに色付き、退屈など感じる暇もなく。


 多くの謎を解き明かすため、常に道を模索し続けていた。

 死神かれらはヒントを与えても、答えを渡すことはない。


 最初からずっとそう。

 私自身の力で、真実に辿り着くことを望んでいる。

 ──ならば、これからどうするべきか。


 一つ、仮説がある。

 創造主たる王の側近。

 宝月には、それぞれ決められた役割があるのでは……というものだ。


 前に三日月が言っていた。

 新月は、月の中でも特に苦痛の多い道を選んだと。


 つまり、上司が死界に残り、現在の王から死界を守る道を選んだように。

 他の月も、何かしらの役割を選んでいる可能性が高いということだ。


 新月上司を除いた月は、全て現世に散っている。

 朧月や三日月の他にも、満月や青月。

 そして、もう一月ひとつきいるはずなのだ。


 扉の空間を使う方法も、考えてはみたものの。

 三日月に会った後、転幽が月に会うための扉はしばらく使えないと言っていた。

 会いたいのなら、現世へ行かなければならないだろう。


 ちょうど、両親の死について調べたいことがあった。

 何より、家のことについて片付けるには良い機会だ。


 朧月なら、他の月の居場所を知っているかもしれない。

 膝上で眠る霜月を見下ろし、目元を隠す前髪を指で流していく。


 寝顔さえも整った様を眺めながら、今度は置いていかずに済みそうだと、仄かに笑みを浮かべた。




 ◆ ◆ ◇ ◇




陽向ひなた様が大学を卒業されるまで、あと少しですね」


 とある神楽かぐらの分家では、親族による秘めやかな会議が行われていた。


「長いこと空いていた当主の座が、これでやっと埋まるのか」


「幼かった陽向様も、ご立派になられましたからね」


「ですが、奥方には西宮の娘を迎えられるそうですよ」


 悪名高い分家の名が出たことで、場の空気が重苦しいものに変わる。

 家長である老齢の男が、「まだ決まった訳ではないがのう」と口にしたことで、幾分か空気も緩んだようだ。


「確か、東院とういんの娘も年頃でしたよね」


「近々行われる集まりで、進言してはいかがでしょうか?」


「心配せずとも、手は回しておる」


 家長が頷いたことで、親族たちの顔にも安堵が浮かぶ。

 調子を取り戻した親族の一人が、ふと何かを思い出した様子で口を開いた。


「ところで、本家主催の集まりとなれば、神楽しがらきも来るのでは?」


「どうでしょうね。当主として、最低限の集まりには参加されていますが……」


「困ったものですわ。本来であれば、陽向様の奥方には神楽しがらきをと言われていたくらいですのに。当人には、ちっともその気がないんですもの」


「むしろ良かったじゃないか。美人なのは認めるが、それだけしか取り柄のない女だ。実際、本家の当主にも選ばれなかったことが──」


「喧しい」


 ピシャリと放たれた言葉に、親族たちが口を噤む。


「口は災いの元じゃ。日頃からそんなざまでは、外でも粗が出よう」


「……申し訳ありません」


 大人しく謝罪した男から視線を外し、家長は周りを見回した。


 叱ったのは、荒い言動が原因ではない。

 各々がどんな風に思っていようと、家長にとっては構わなかった。


 ただし、一族に不利益を起こすことだけは別である。

 決して家名を汚さず、人前では完璧に装うこと。

 それが、家長として一族に課した、数少ない規則だったのだ。


「次の集まりには、儂と高人たかひとで向かうつもりじゃ。よいな、高人」


「はい、お祖父様」


 礼儀正しく返事をする青年──高人を見て、家長が満足げに頷く。


北条ほうじょうとして、今後も恥じぬ行いを貫くのじゃぞ」


 ただでさえ、分家同士の諍いは絶えることがない。

 次期当主かぐらと上手く付き合っていくには、外面も重要な武器なのだ。


 それはさておき、北条の当主にとって、西宮の娘など大した障害ではなかった。

 感情的な性格は喧しいが、そのぶん御し易さも高くなる。


 最も警戒すべきなのは、腹の内が読めない者の方だろう。

 例えば、先ほどまで話に出ていた──神楽しがらきの当主のような。


 結婚相手から外れてくれたのは、北条にとって幸運なことだった。

 ──あんな恐ろしい女を傍に置きたがるとは、次期当主も酔狂じゃのう。


 気づいていないのか。

 それとも、気づいていながら諦めきれないのか。

 愚かでないことを願う心の内は、誰に伝わることもなく。


 髭をひと撫でした北条の当主は、ゆったりとその場を後にした。




 ◆ ◇ ◆ ◇




       絶唱するは永遠の賛美


   第五唱 Fifth promise 愛よりも重いもの


         誓いを唱えよ。



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