王になる──なんて、大層なことを口にしたものだ。
謀反というには些か違う気もするが、要は下剋上をすると伝えた訳である。
ただ、閻魔に驚いた様子はなく。
むしろ凪ぐような声で、「睦月のしたいようにするといい」と微笑んでいた。
「したいように、か」
手首で光るブレスレットを掲げ、ぽつりと溢す。
「……睦月?」
「ごめん。起こしちゃったね」
独り言が聞こえたのだろう。
目を開けた霜月が、何かあったのかと問いかけてくる。
「大丈夫だから、もう少し横になってて」
両目を手で覆うと、ゆるりと瞼が閉じていくのを感じる。
そのまま持ち上げた手で、頭を優しく撫でておいた。
死神に睡眠は必要ないが、かと言って寝れない訳でもない。
能力が枯渇すれば、眠りで補う死神もいるくらいだ。
まあ、霜月ならば枯渇すること自体ないのかもしれないが、たまには娯楽感覚で寝てみるのも悪くないだろう。
そう思い、以前のお返しに膝枕はどうかと話したところ、すんなり頭を預けてきた。
アパートで暮らし始めた頃は、隣で横になるのも躊躇っていた霜月を覚えているだけに、何だか感慨深い気持ちになってくる。
思えば、霜月たちと出会ってから、あっという間の日々だった。
無機質な世界が鮮やかに色付き、退屈など感じる暇もなく。
多くの謎を解き明かすため、常に道を模索し続けていた。
最初からずっとそう。
私自身の力で、真実に辿り着くことを望んでいる。
──ならば、これからどうするべきか。
一つ、仮説がある。
創造主たる王の側近。
宝月には、それぞれ決められた役割があるのでは……というものだ。
前に三日月が言っていた。
新月は、月の中でも特に苦痛の多い道を選んだと。
つまり、上司が死界に残り、現在の王から死界を守る道を選んだように。
他の月も、何かしらの役割を選んでいる可能性が高いということだ。
朧月や三日月の他にも、満月や青月。
そして、もう
扉の空間を使う方法も、考えてはみたものの。
三日月に会った後、転幽が月に会うための扉はしばらく使えないと言っていた。
会いたいのなら、現世へ行かなければならないだろう。
ちょうど、両親の死について調べたいことがあった。
何より、家のことについて片付けるには良い機会だ。
朧月なら、他の月の居場所を知っているかもしれない。
膝上で眠る霜月を見下ろし、目元を隠す前髪を指で流していく。
寝顔さえも整った様を眺めながら、今度は置いていかずに済みそうだと、仄かに笑みを浮かべた。
◆ ◆ ◇ ◇
「
とある
「長いこと空いていた当主の座が、これでやっと埋まるのか」
「幼かった陽向様も、ご立派になられましたからね」
「ですが、奥方には西宮の娘を迎えられるそうですよ」
悪名高い分家の名が出たことで、場の空気が重苦しいものに変わる。
家長である老齢の男が、「まだ決まった訳ではないがのう」と口にしたことで、幾分か空気も緩んだようだ。
「確か、
「近々行われる集まりで、進言してはいかがでしょうか?」
「心配せずとも、手は回しておる」
家長が頷いたことで、親族たちの顔にも安堵が浮かぶ。
調子を取り戻した親族の一人が、ふと何かを思い出した様子で口を開いた。
「ところで、本家主催の集まりとなれば、
「どうでしょうね。当主として、最低限の集まりには参加されていますが……」
「困ったものですわ。本来であれば、陽向様の奥方には
「むしろ良かったじゃないか。美人なのは認めるが、それだけしか取り柄のない女だ。実際、本家の当主にも選ばれなかったことが──」
「喧しい」
ピシャリと放たれた言葉に、親族たちが口を噤む。
「口は災いの元じゃ。日頃からそんな
「……申し訳ありません」
大人しく謝罪した男から視線を外し、家長は周りを見回した。
叱ったのは、荒い言動が原因ではない。
各々がどんな風に思っていようと、家長にとっては構わなかった。
ただし、一族に不利益を起こすことだけは別である。
決して家名を汚さず、人前では完璧に装うこと。
それが、家長として一族に課した、数少ない規則だったのだ。
「次の集まりには、儂と
「はい、お祖父様」
礼儀正しく返事をする青年──高人を見て、家長が満足げに頷く。
「
ただでさえ、分家同士の諍いは絶えることがない。
それはさておき、北条の当主にとって、西宮の娘など大した障害ではなかった。
感情的な性格は喧しいが、そのぶん御し易さも高くなる。
最も警戒すべきなのは、腹の内が読めない者の方だろう。
例えば、先ほどまで話に出ていた──
結婚相手から外れてくれたのは、北条にとって幸運なことだった。
──あんな恐ろしい女を傍に置きたがるとは、次期当主も酔狂じゃのう。
気づいていないのか。
それとも、気づいていながら諦めきれないのか。
愚かでないことを願う心の内は、誰に伝わることもなく。
髭をひと撫でした北条の当主は、ゆったりとその場を後にした。
◆ ◇ ◆ ◇
絶唱するは永遠の賛美
第五唱 Fifth promise 愛よりも重いもの
誓いを唱えよ。