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ep.14 仕掛ける


 二度目の会議は、一度目の時よりも空気が張り詰めていた。


 西宮か東院か。

 線香花火のようにパチパチと弾ける火花は、一見すると小さいが、内に凝縮された熱を秘めている。


「これより会議を始める。議題のあるものは手を挙げよ」


 北条の言葉に、西宮が手を挙げた。


「西宮から申し上げます。前回の議題にてお話しした、陽向様と我が娘の婚約について、正式なご回答をいただきたく」


 痛いほどの静寂が場を支配する。

 西宮と東院の斜め後ろには、依子と椿の姿があった。


 椿を横目でうかがい、鼻で笑う依子と、周りを気にせず落ち着いた様子の椿。

 陽向と過ごす中で、どんな会話が交わされたのかは分からない。


 決断するには短すぎる期間だったが、陽向の心は既に決まっているようにも思えた。


「これまで、ずっと考えてきました。神楽かぐらの当主として、僕に何ができるのか。先代とは比べ物にならないほど未熟で、今後も学ぶことが数多くあります。それでも、神楽という場所を守りたい気持ちは誰よりもあるつもりです」


 古くから続いてきた神楽を、絶やさず繋いでいくこと。

 陽向は当主としての責任を、守ることだと判じたらしい。


 居場所を守り、帰る場所を守る。

 そこに隠された思いには、献身的な愛が込められていた。


「僕が妻に求めるのは、神楽のために動けるかどうかです。生まれた家のためでもなく、自分自身のためでもなく、何よりも神楽のために支え合っていける。そんな人を選ぶことに決めました」


 陽向の覚悟を目の当たりにした北条が、感心した様子で微笑んでいる。


「東院椿さん。僕と共に、神楽を支えていただけますか?」


「……謹んで、お受けいたします」


 三つ指をついて頭を下げた椿は、気弱そうな見た目とは裏腹に、はっきりした声で答えている。


「何故です陽向様!? なぜ我が娘ではなく、東院の娘などを……!」


「喧しいぞ、西宮の」


 納得がいかないと憤る西宮だが、この場に陽向の決定を覆せる者などいない。

 屈辱で震える依子は、俯き指を握りしめていた。


「陽向様が当主となられる時期に合わせ、結納の儀を執り行うこととする。それでよろしいかな、東院の」


「問題ありません」


 東院を見た北条が、そのまま視線を睦月の方へと向けてくる。


神楽しがらきの。いかがじゃろうか」


 穏やかに問いかける北条だが、声には圧が感じられた。

 ここで睦月が反対すれば、会議がやり直しになる可能性もあった。


 決定を覆すほどではないにしろ、神楽しがらきの発言は神楽かぐらに次ぐ力を持っているのだ。

 北条からしてみれば、このまま場を収めたいと考えているのだろう。


「構いません」


「ならば、これで決まりじゃの」


 東院が安堵の表情を浮かべている。

 満足げに髭を撫でた北条は、怒りのあまり震える西宮を尻目に、他の議題について挙げるよう求めた。


 途中で西宮が依子を連れて退室したため、その後の会議は和やかに進んでいった。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 一族が集う食事の席には、豪勢な料理が用意されていた。


「まさか、東院の奥方がこんなにお美しい方だったとは」


「まあ嬉しい。お世辞がお上手ですのね」


 注がれる酒と、陽気に談笑する者たち。

 二度目の会議の後には、神楽を訪れている一族を集め、交流も兼ねた食事の席が設けられていた。


「それにしても、西宮が欠席するとはな」


「仕方ありませんよ。プライドの高い方々ですもの」


 食事の席は特に決まっておらず、上座と下座で分けられていることを除けば、あとはどこに座ろうと自由だった。

 使用人が給仕してくる料理を口に運びながら、椿は黙って周りの話を聞き流している。


 椿の母親であるすみれが神楽を訪れていたこともあり、東院は菫の方に付き添っていた。

 陽向の周りは、媚を売る者たちで溢れている。


 いずれ椿も、陽向の隣であの様な一族とのやり取りを行わなければならないのだろう。

 寄ってきた使用人が、椿の前に新しい料理を置いていく。


 一人でゆっくりと食事が出来るのも、今のうちかもしれない。

 運ばれてきた小鉢を手に取った椿は、盛り付けられた和え物を箸で摘もうとした。


「それ、食べないで」


 椿の前に、白い指が伸びる。

 持っていた小鉢を抜き取られた椿は、驚いた顔で視線を上げた。


「中に毒が入ってる」


 近づいた容貌に思わず見惚れかけるも、毒という言葉に椿は身体を震わせている。

 睦月の声は淡々としており、毒が入っているとはとても思えない雰囲気だ。


 部屋の空気が静まり返っている。

 常であればあり得ない睦月の行動に、陽向は事の重大さを理解したようだった。



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