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ep.13 必然の導き手


 父親の書斎に入った睦月は、古い紙の匂いに過去を思い返していた。


 神楽かぐらの前当主である壱月いつきは、夜になると書斎を訪れ、黙々と何かを書いていた。

 壁にずらりと並んだ本は、当主として必要な勉強本といったところだろう。


 ふとその中に革で作られた背表紙を見つけ、睦月は棚へと手を伸ばしていた。


「日記……?」


 鍵のかけられた本は、どうやら日記のようだった。

 四桁の数字で開けられる仕組みらしく、睦月は試しに母親の誕生日を入れてみた。


 開く様子のない日記に、次は父親の誕生日を入れてみる。

 やはり開かない日記を見て、睦月はこれで開かなければ鍵を壊そうかと考えていた。


 カチリと音が鳴った後、鍵が外れる。

 四桁の数字は、睦月の誕生日だった。


 壱月と同じ一月生まれ。

 お揃いだと喜んだ壱月は、睦月の名前を速攻で決めたらしい。


 まさか、自分の誕生日だとは思わなかったようだ。

 少し驚いた様子の睦月は、日記を机に置くと、ページを捲っている。


 初めの方は、睦月の母親であるいのりへの惚気だった。

 しばらくページを捲っていくと、インクで汚れたページが出てくる。


 感情的に書き殴られた字は、壱月にしては珍しいものだ。

 妻や娘の前ではデレデレしつつも、当主としては常に冷静さを崩さない人だった。


 内容を読んでいた睦月の視線が、ある一点で止まる。


『まさかいのりが、不妊だなんて』


 母親が不妊だったことを、睦月は初めて知った。

 見た目こそ似ていないが、睦月はいのりがお腹を痛めて生んだ、大切な一人娘だ。


『なんて言えばいい? なんて声をかけたら傷つけずに済む?』


 続く内容には、壱月の葛藤が記されている。


『この事をあいつらが知ったら……いや、一族なんてどうでもいい。欲しいなら、後継者の座なんてくれてやる! けど、いのりは子供を楽しみにしてた。……ほんと、無力すぎて嫌になる』


 悲痛な思いが綴られた日記は、真ん中の部分が根本から破られていた。

 残ったページを捲ると、これまでとは一変して、喜ぶ壱月の心情が記されている。


『間違いなく、僕といのりの娘が世界一可愛い。同じ一月生まれなのも最高』


 睦月の脳裏に、鼻の下を伸ばす父親の顔が浮かんだ。


『睦月は天才かもしれない。いや、間違いなく天才だ。いのりに似て器用だし、僕に似て賢い! ああほんと、睦月が生まれてきてくれて良かった……』


 親バカ全開の内容に、ページを捲る手が早まる。

 あっという間に最後のページまで読み終えた睦月は、あまり参考にならなかったなとため息をついた。


 日記を戻そうと持ち上げると、カバーの隙間からひらりと何かが落ちてくる。

 メモ用紙だろうか。


 拾い上げた睦月は、裏面に書かれた文字を見て、思わず息を止めていた。


『あの日の選択を後悔したことは微塵もない。それでも、我儘を言うならもう少しだけ……睦月の成長を見守っていたかった』


 壱月は、当主の座を睦月に継がせなかった。

 あらかじめ用意されていた筋書き通り、次期当主の座には陽向が据えられている。


 まるで死ぬことを分かっていたかのように、両親は全てを片付けてから逝った。


 そもそも、睦月は当主の座に興味がない。

 睦月にとって疑問だったのは、なぜのかだ。


 霜月や上司が、睦月の元を訪れなかった世界。

 分岐した未来では、そんな世界に生きる睦月もいたのかもしれないと考えていた。


 けれどもし、全てが偶然ではなく──必然だったのだとしたら。


 両親の死も。

 睦月が死神に選ばれた訳も。

 そもそも、睦月が生まれてきたこと自体、初めから仕組まれていたのだとしたら。


 この状況を作り出した存在は、いったい何者なのか。

 睦月に何をさせたいのか。

 死界で何度か耳にした“生贄”という言葉が、睦月の脳裏を過っていく。


 現在の王ではない。

 彼らは睦月を排除したいと思いつつも、踏み切ることが出来ずにいた。


 書斎を出た睦月の元に、黒猫が近寄ってくる。

 抱え上げた黒猫を撫でながら、睦月は自室へ向かう廊下を進んだ。


 空には綺麗な満月が浮かんでいる。

 月と花、そして太陽。


 それぞれの思惑が絡む現世で、睦月の姿は暗闇の中に消えていった。



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