妖精との取引に応じたことで、
現世の存在はすべからく影響を受けるため、一族の者たちは何の違和感も持たず日々を享受していた。
しかし、中には
花のあしらわれた着物を纏った女性が、別館の方へと入っていく。
その様子を眺めていた黒猫は、木から軽やかに降り立つと、庭園の中へと姿を消した。
◆ ◆ ◇ ◇
来世で会いたいなんて、殊勝なことを言う妖精だ。
椿を救うためなら消滅しても構わない。
けれど、叶うならまた会いたい。
そう話した妖精は、差し出したものの対価として、ぽつりと願いを口にした。
死神之大鎌によって、妖精は消滅した。
椿の病は初めから無かったことになり、依子との交代も滞りなく済んでいる。
この世界のどこを探しても、あの妖精がいたという事実は残っていないだろう。
戻ってきた霜月を抱き上げ、頭を撫でる。
妖精の消滅によって、潜んでいたものも動かざるを得ない状況になっている。
取引は成立した。
あとは、こちらが報酬を支払うだけだ。
妖精が望んだのは、椿との再会。
この世界では叶わなかった普通の日常を、椿と一緒に送りたい。
籠の鳥だった椿が、次は自由に飛び立てるように。
今度こそ、傍にいさせて欲しいのだ。
そう話す妖精は、人間よりもずっと──人間らしく見えた。
「閻魔に借りができちゃったな」
妖精は間違いなく消滅した。
しかしそれは、
以前、海で会った魂を、他の世界に送ってもらったことがあった。
いつか椿が生を終えたら、妖精の待つ異なる世界へ転生させること。
それが、妖精との取引で私が示した対価だ。
籠の鳥も、日向の下でなら少しは安らぐことができるだろう。
せいぜい今世では、ずる賢い狸や狐の相手をこなしながら、陽向を支えることに尽力していてほしい。
次に会った時は、初めましてと言うべきだろうか。
すれ違いざまに見た椿の姿は、前よりも健康そうで。
今回の件が片付いたら、閻魔へのお返しを考えなければ。
なんてことを考えながら、日の差し込む縁側に、ゆるりと目を細めた。
◆ ◇ ◇ ◇
「……どういうこと……? 聞かされていた話と違うじゃない……」
感情を抑えきれず爪を噛んだ女性は、部屋の隅でぶつぶつと独り言を続けている。
「椿は病で使いものにならないはず……。なのに、どうしてあんなに元気そうなの……ああっ!」
陶器の割れる音が響く。
「……計画が台無しだわ。……どうしましょう、このままじゃあの方に……」
怒りから一転、青ざめた顔で俯く女性は、畳に何かが触れた気配で視線を上げた。
「……花?」
女性の名前と同じ、紫色の花が置かれている。
「そう……、そうだわ……! そうすれば良かったのよ!」
なぜ気づかなかったのかと言わんばかりに、女性の表情は喜びで溢れていた。
もうすぐ、二度目の会議が行われる。
二度目の会議の後には、神楽を訪れている一族全員で集まり、酒を酌み交わす席が用意されていた。
無礼講とまではいかないが、普段の堅苦しい雰囲気は緩まり、あまり関わりのない家とも話すことが出来る機会だ。
人の入り乱れる場所では、不慮の事故も起こりやすい。
花のあしらわれた着物を整え、