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ep.12 来世への希望


 妖精との取引に応じたことで、神楽かぐらの光景は前と少し異なっている。

 現世の存在はすべからく影響を受けるため、一族の者たちは何の違和感も持たず日々を享受していた。


 しかし、中には者たちもいる。


 花のあしらわれた着物を纏った女性が、別館の方へと入っていく。

 その様子を眺めていた黒猫は、木から軽やかに降り立つと、庭園の中へと姿を消した。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 来世で会いたいなんて、殊勝なことを言う妖精だ。


 椿を救うためなら消滅しても構わない。

 けれど、叶うならまた会いたい。

 そう話した妖精は、差し出したものの対価として、ぽつりと願いを口にした。


 死神之大鎌デスサイズは死を司る神が創り出したものであり、使い方によっては対象の記憶を抜き取ったり、人間以外の存在に死を与えることもできる。


 死神之大鎌によって、妖精は消滅した。

 椿の病は初めから無かったことになり、依子との交代も滞りなく済んでいる。


 この世界のどこを探しても、あの妖精がいたという事実は残っていないだろう。


 戻ってきた霜月を抱き上げ、頭を撫でる。

 神楽かぐらでは猫でいる時間の方が長いためか、すっかり板に付いてきた。


 妖精の消滅によって、潜んでいたものも動かざるを得ない状況になっている。

 取引は成立した。

 あとは、こちらが報酬を支払うだけだ。


 妖精が望んだのは、椿との再会。

 この世界では叶わなかった普通の日常を、椿と一緒に送りたい。


 籠の鳥だった椿が、次は自由に飛び立てるように。

 今度こそ、傍にいさせて欲しいのだ。


 そう話す妖精は、人間よりもずっと──人間らしく見えた。


「閻魔に借りができちゃったな」


 妖精は間違いなく消滅した。

 しかしそれは、に限った話でもある。


 以前、海で会った魂を、他の世界に送ってもらったことがあった。

 いつか椿が生を終えたら、妖精の待つ異なる世界へ転生させること。


 それが、妖精との取引で私が示した対価だ。


 籠の鳥も、日向の下でなら少しは安らぐことができるだろう。

 せいぜい今世では、ずる賢い狸や狐の相手をこなしながら、陽向を支えることに尽力していてほしい。


 次に会った時は、初めましてと言うべきだろうか。

 すれ違いざまに見た椿の姿は、前よりも健康そうで。


 今回の件が片付いたら、閻魔へのお返しを考えなければ。


 なんてことを考えながら、日の差し込む縁側に、ゆるりと目を細めた。




 ◆ ◇ ◇ ◇




「……どういうこと……? 聞かされていた話と違うじゃない……」


 感情を抑えきれず爪を噛んだ女性は、部屋の隅でぶつぶつと独り言を続けている。


「椿は病で使いものにならないはず……。なのに、どうしてあんなに元気そうなの……ああっ!」


 陶器の割れる音が響く。

 癇癪かんしゃくを起こす女性に、ふすまの前を通りかかった使用人が、びくりと身体を震わせた。


「……計画が台無しだわ。……どうしましょう、このままじゃあの方に……」


 怒りから一転、青ざめた顔で俯く女性は、畳に何かが触れた気配で視線を上げた。


「……花?」


 女性の名前と同じ、紫色の花が置かれている。


「そう……、そうだわ……! そうすれば良かったのよ!」


 なぜ気づかなかったのかと言わんばかりに、女性の表情は喜びで溢れていた。


 もうすぐ、二度目の会議が行われる。

 二度目の会議の後には、神楽を訪れている一族全員で集まり、酒を酌み交わす席が用意されていた。


 無礼講とまではいかないが、普段の堅苦しい雰囲気は緩まり、あまり関わりのない家とも話すことが出来る機会だ。

 人の入り乱れる場所では、不慮の事故も起こりやすい。


 花のあしらわれた着物を整え、すみれは仄暗い部屋の片隅で妖しく微笑んでいた。



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