目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

初めてのお出かけ編 6


 乱戦が終わり、俺は広場の中心に走り寄る。

 フライブ君たちも息を切らしながらよろよろと立ちあがり、教官の周りに集まった。


「フライブは炎に怯える癖をなんとかしろ。ヘルタは本能のままに殴りかかろうとするのを辞めろ。いい加減武術を習え。ガルトは殺気を抑えろ。わかったな?

 それとドルトム? 今日の近接戦闘と、いつもの遠距離魔法支援を状況によって切り替える戦い方を模索してみろ。面白いことになるかも知れん。以上だ」


 それぞれの今後の目標について教官から短くアドバイスを受け、フライブ君たちも神妙な顔で頷く。


「うー……今日も教官から一本とれなかったぁ……」


 悔しそうなフライブ君も非常に可愛らしい。

 この4人がこれまでどのような過程を経てここまで成長し、その強さが今どのような位置にいるのか。

 それは俺にはわからん。

 けど、ぜひともその意気込みで頑張ってほしい。

 俺も頑張って、いつかみんなみたいな戦いっぷりを出来るようになりたい。


「それと……」


 俺が心の中で決意を新たにしていると、次の瞬間教官の視線が俺に向けられた。


「貴様は……誰だ?」


 間近で見つめられると、とんでもねぇ迫力だ。

 隆々とした筋肉と、その外見にふさわしい魔力。

 日本で生まれ育った俺に“戦士の勘”なんてものは備わっていないけど、教官の強さが俺たち子供の魔族より格上であることは嫌でもわかる。

 これ、俺がフライブ君たちに混ざったところでどうにかなる相手じゃないと思うんだけど。


 俺が教官の迫力に気押されていると、背後からゆっくり近寄ってきていたバレン将軍が教官の質問に答えてくれた。


「バーダー? そんなに驚かすな。そいつはエスパニの息子だ。つい先日生まれたばかりのヴァンパイアだ」

「ほーう。アルメ殿もおられたからまさかと思っておりましたが、やはりこの子がエスパニ殿の……」

「そうだ。今日初めてエールディに来たらしい」


 バレン将軍とそんな会話をしながら、教官が俺に顔を近づけてきた。

 ほんの10センチぐらいの距離から俺の顔をじろじろと観察している。

 正面と横顔と、あと後頭部。

 ……さすがに観察しすぎじゃね?


 しかも教官の顔が俺の耳に近づいた時、舌舐めずりする音も聞こえてきた。

 俺を食う気か?

 こんな幼いヴァンパイア怖がらせてどうすんだよ。


 でも観察されながら直立不動で沈黙するのもなかなかに辛い。

 なので、俺は恐る恐る挨拶をしてみることにした。


「は……初めまして。タカーシ・ヨールといいます。さっきフライブ君たちと仲良くなって……もしよかったら僕もここで訓練させていただけないかと……」


 自分で言っておいてなんだけど、別の訓練所にしようかな。

 と挨拶しながら心が揺らいだけど、それは余計な心配だったっぽい。


「きゃはは! タカーシ君? 怖がらなくて大丈夫だよう!」

「そうですわ! この御方、見た目と違って優しい教官ですの!」

「くぉーらぁー! “見た目”って何だァ! そういうお前は見た目と違って狂暴な妖精だろうがァ!」


 フライブ君とヘルちゃんが教官をからかい、教官が棍棒を振り上げながら怒り出したんだ。

 といっても真剣に怒っている感じじゃないし、フライブ君たちもきゃっきゃ言いながら逃げ始めている。

 仲のいい先生と生徒って感じだな。

 これなら大丈夫そうだ。


「ったく……これだから最近の子供は……。それで……タカーシと言ったか?」


 フライブ君たちと教官のじゃれ合いがしばらく続き、それが終わって教官が再び俺の顔を見た。


「はい」

「ここでの訓練はかまわん。許可する。次からこいつらと一緒に訓練に参加しろ」


 おし!


「でも……」


 ん?


「この8番訓練場にヴァンパイアの子供が来ることは初めてだ。俺もヴァンパイアの育て方はわからん。まぁお前にはエスパニ殿がいるし、アルメ殿もいるからその点の心配はなさそうだが、それだけは知っておいてほしい」

「いえ。そういう事情も知らずに無理をお願いしてしまって、こちらこそ申し訳ありません。でも、是非ともよろしくお願いします」

「ふむ。ヴァンパイアのくせにやたらと礼儀正しいやつだな。大人のような言動もここまでくると気持ち悪い」


 おい! 生まれたての可愛いヴァンパイアをそんな風に言うなよ!

 こっちだって気ぃ使ってんだぞ!

 なんだったら俺よりガルト君やドルトム君の方が見た目の時点で相当気持ちわりぃだろうがよ!


「ご、ごめんなさい」

「まぁいい。それはそれでなかなかに興味深い。ここで十分に学び、立派なヴァンパイアになれよ」

「はい」


 さて、挨拶もそろそろいいかな。

 今更だけど俺は結構前から空腹なんだ。

 挨拶も済んだし、運よくバレン将軍にも会えたし。

 当初の予定を変更して、今日はバレン将軍と1対1の昼食をすることにしよう。


 “血液補充の儀式”に対する俺の気持ち。

 これはバレン将軍しか分かってくれないだろうし、近いうちにそれをバレン将軍に相談しようと思っていたんだ。

 でも運よくここでバレン将軍に会うことが出来た。

 これも何かの縁だ。

 ここは1つ、なんとかしてアルメさんを別行動させ――そうだ! アルメさんには人肉を出すお店に行ってもらって、それで俺とバレン将軍は他の料理を食べながら……。


「さて、そろそろ次の集団だ。タカーシ。またな」

「はい」


 頭の中で色々と考え込んでいたら、教官が思いついたように言い、俺も頭を下げて別れの挨拶をする。

 しかしながら、ここでバレン将軍が慌てた様子で俺たちの会話に割って入ってきた。


「おい。バーダー? 忙しい時に悪いが、タカーシに“あれ”やってくれ」

「ん? “あれ”ですか? いつも訓練の初日にやっておりますが、タカーシは今日が訓練初日というわけではありません。今日やらなくても……。なんでまた?」

「そういうな。今やったって別にいいだろ?」

「えぇ。構いませんが……」


 さて、“あれ”ってなんだろう?

 言葉を濁しているのが少々不安だけど、バレン将軍が真剣な表情をしているから悪戯の類じゃなさそうだ。

 それに、教官の言葉から察するに、ここで訓練をしようとする魔族は全員やっているっぽい。

 申し込みの手続きか? 入会テストみたいなやつか?


「タカーシ」


 教官はそう言って俺の正面に立った。


「はい?」

「今からお前の魔力特性を調べる。少しきついが我慢しろ」

「え……?」

「まぁいいからじっとしてろ。危険はないし、すぐ終わる」


 俺の魔力特性?

 一体なんの話だ?


 と俺が不思議そうに教官の顔を見つめ返すと、にわかに教官の瞳が光を帯びた。


「ひッ!」


 いや。これ、光を帯びたんじゃない。

 目からビームだ!

 ビームって例えもおかしいけど、そんな感じで教官の瞳から魔力が放たれている!


 そして、その放出された魔力の行き先は俺の体だ。

 頭の上から足の先まで。

 剣山で体中を串刺しにされたような感覚になるほど恐ろしい魔力が、俺の体にまんべんなく降りかかってきている。

 しかも降りかかるだけじゃない。

 教官の魔力が俺の体中を通過していやがる。

 その恐ろしさたるや、まるで魔法による攻撃を受けているかと錯覚するほどだ。


 どういうつもりだ!?

 これは一体何なんだ?


「怯えるな。大丈夫だから」


 しかし、背後によろけそうになった俺の体は、後ろにいたバレン将軍によってがっちりと支えられた。


 待ってくれ! これ怖い! すげぇ怖いから!

 一旦……そう、一旦ストップ! 心の準備をさせてくれ!


「ぐうっ! ちょ……」


 震える体と荒れる呼吸に苦しみながら、俺はわずかに声を出す。

 しかし、次の瞬間に体を覆っていた不快感が消え始めた。

 恐る恐る教官の瞳を見ると、教官はゆっくりまぶたを閉じている。

 その動きに合わせて俺の不快感が消えていく感じだ。

 一体なんなんだ? つーか俺、今なにされたんだ?


「ふーう。終わりました」


 教官が安心したように息を吐き、俺もバレン将軍の拘束から解放された。

 もちろん俺は全身の力が抜けるように、地面に膝をついた。


「はぁはぁ……今のは……一体何を……?」


 俺が顔を上げることすら出来ずに呼吸を乱していると、バレン将軍がそれに答えてくれた。


「さっき言っただろ? お前の特性を調べるって。これがバーダーの得意技だ。相手の魔力を詳細に調査することが出来るんだ」

「へ……へぇ……すごいですね……」


 すごいけどさ。あのさ。

 先にちゃんと説明しようや。

 怖すぎて、マジで殺されるかと思ったわ。


 ついでに調査の間俺が跳躍して逃げないよう、ちゃっかり俺の右足に噛みついていたアルメさん。

 この恨み、ぜってぇ忘れねぇからな。


「バーダー? どうだった?」


 でもその調査とやらの結果は俺も気になる。

 さて、どういう結果が出たんだろうな。

 教官がめっちゃ悩んでいるけど……ど、どうだったんだろうな?


「うーむ。これはどういうことか……?」


 どういうことだよッ!?


 って俺が聞き返そうとしたら、ワンテンポ早くアルメさんが同じことを言った。


「どういうことというと?」

「ヴァンパイア固有色である紫の魔力……それは確かに見えました。とてつもない量です」


「おォ!」


 教官の言葉にアルメさんやバレン将軍、そして野次馬気分で成り行きを見守っていたフライブ君たちが揃って声を出す。

 よくわからないが俺も似たような反応をした。

 この世界、魔力が多いに越したことはないはずだし、たった今それが多いと言われたんだ。

 多分喜んでいいことなのだろう。


 しかし……。


「しかしながら、炎系を示す赤や水系を示す青。そして土系の茶色。そういう基本系魔法の色が著しく低い。日常生活ならまだしも、戦いに利用できるような威力の魔法を発動することは出来ないでしょう。

 上級魔族であるヴァンパイアにもかかわらず、“幻惑”以外の魔力がこんなにも低いなんて……どういうことでしょう……?」


 教官が困惑しながら呟くように言った。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?