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小さな革命編 1


 その日の夜。

 夕食を食べ終え、その後の湯浴びも済ませた俺は2階にある自室に戻っていた。

 ベッドの上にはアルメさんが横たわり、今現在“お腹わしゃわしゃの刑”にてアルメさんを寝かしつけているところだ。


 このままアルメさんが熟睡してしまうとベッドには俺が寝るスペースが無くなるので、今宵も俺は窓際の椅子で睡眠することになるだろう。

 それも含め、この状況は完全に俺とアルメさんの主従関係が逆転してしまっている気もする。


 ちなみにアルメさんを含めヨール家の使用人さんたちは狭いながらも全員個室を与えられているし、もちろんアルメさんの部屋もある。

 それどころかアルメさんの部屋には俺のと同じぐらいの大きさのベッドがある。

 ついでに言うと、俺は夕食の後アルメさんに「今日はもう僕の世話をしなくてもいいですよ。お疲れでしょう? 用事があったらアルメさんの部屋に行きますので、寝るまでお好きにお過ごしください」とも伝えていた。


 にもかかわらず、アルメさんはそんな俺の言葉を無視して、俺が湯浴びをしている間に部屋に侵入し、ベッドの上で“お座り”しながら俺を待っていた。

 その後、世間話程度に今日のことを2人で振り返ったが、その会話の最中もアルメさんは俺のベッドからどけようとはしなかった。


 んでなかなか自分の部屋に戻ろうとしやがらねぇ。


 かといって他に何か用事がある様子でもなく――もちろんバレン将軍と俺の会話がどんな内容だったのかを探ることもなく――そんでもって俺が“お腹わしゃわしゃの刑”を提案すると「えぇー? 今日もですかぁ……?」とか言いながらも嬉しそうにベッドにあおむけになったアルメさん。


 これ、完全に俺の“お腹わしゃわしゃの刑”狙いだよな。


 うーん……。


 まぁ、今日は俺のわがままに付き合ってもらったこともあるし、これぐらいの恩返しは仕方ない。

 アルメさん、実はめっちゃ強いっていうことも判明したから、今後のためにこういうサービスもしておいたほうがいいとも思う。


「ふぁーあぁ……タカーシ様は……相変わらず毛並みの手入れが……お上手で……。ふぃー……むにゃむにゃ……」


 ほら、アルメさんがご満悦だ。

 よし。眠気も襲ってきているみたいだから、ここからはさらに優しい手つきに移行しよう。


「……」


 右手でアルメさんの腹をゆっくりと撫でつつ、左手では頭を優しく撫で――たまに首の部分を撫でたり、前足や後ろ足の筋肉をもみほぐし、そんでもって犬がリラックスするという耳のツボを入念に押しておく。

 昔秋田の実家で飼っていた柴犬を毎晩マッサージし続けた俺の技術は健在だ。

 なんでそんな趣味を持つことになったのかは俺自身も疑問だけど、その技術を駆使し、俺はアルメさんを眠りへと誘った。


「よーしよし……ゆっくり眠るんですよう……」

「またそんなこと言って……私は子供じゃ……ありま……すぴー……すぴー……」


 よし寝た。

 さて、第1段階終了。この後さらに高度なマッサージを施し、アルメさんを深い眠りに陥れてやるつもりだ。

 とはいってもこのイベントが今後毎晩のように続き、そのたびに俺が椅子で寝る羽目になるのはなかなかしんどいのも確かだ。


 この日課が始まったのは昨日の夜から。

 今朝は俺の方が早く起きていたから、アルメさんも今朝は何の疑問も持たずに俺のベッドから起き上がり、ベッドの脇で着替えていた俺に挨拶をしてきた。

 でも明日の朝、アルメさんは俺が椅子に縮こまりながら寝ている姿を見ることになるだろう。

 朝起きた瞬間に主人たる俺のベッドを占領していることに気付き、同時にその主人が椅子で窮屈そうに眠っている。

 そんな状況をみて、アルメさんにはぜひとも後悔してもらおう。そんで今後このマッサージを自重してもらわねば。


 今後わしゃわしゃタイムの頻度が少なくなってしまうだろうから、それはそれで少し残念な気もするけど、俺はこの世界でなかなか忙しい身になりつつある。

 体調管理の面にも気を使わなきゃいけないから、俺もベッドでぐっすり寝ないといけないんだ。


 でも今日はけっこう疲れたから、この時点で俺もこのベッドで寝たいっちゃ寝たい。

 だけどなぁ……アルメさん寝ている時に無意識にアルメさんの肉球に触ったら何されるかわからないし、そうじゃなくても寝相の悪いアルメさんに寝返りがてら強烈な蹴りを喰らわされかねないし。

 流石の俺も――言うほど俺は“流石”ってわけじゃないけど、無防備な状態でそんな蹴りを受けたら、俺もただじゃすまないだろう。


 あっ、そうだ。

 この後親父と“人間観察プロジェクト”の件を話すことになっているから、今晩はその流れで親父たちの寝室のベッドで寝かせてもらおう。

 大人の価値観を持っている俺としては他人の夫婦に挟まれて寝るなんて面倒くさいことこの上ないけど、椅子の上で寝るよりはましだろう。


 親父とお袋に挟まれて、川の字で親子3人仲良く寝る。

 幼い子供が寂しさのあまり両親の布団にもぐりこむのは至極当然の“甘え”だし、親父たちだって喜ぶはずだ。

 すでに異常なぐらい大人びているとの評価を頂いている俺だけに、そういう子供アピールをしておくことはとても重要なはず。


 よし、決まった。

 そうと決まれば、さっさと親父の部屋に行って話を済まさなきゃ。

 その前にアルメさんをさらに深い眠りに陥れておこう。


「ぐるるぅうぅ……がるるるぅ……」


 肉食獣のようなおっそろしい寝息を立てるアルメさんの体を、俺はより優しい手つきで撫でまわす。

 手の動きを徐々にゆっくりと、そしてアルメさんの体にかける俺の手の圧力も少しずつ弱めていき、俺自身も体から発する魔力を出来る限り減らす。

 これは一言でいうと“俺自身の気配をフェードアウトさせた”って感じなんだが、寝ている動物って急に撫でるのを止めると、それをきっかけに起きちゃったりするからな。

 それを防ぐための技術だ。


「……」


 もう少し……あと少しでアルメさんが熟睡モードに入る。


 と今宵の勝利を確信しながら最後の詰めに入ろうとした時、俺の部屋のドアが小さくノックされた。


「タカーシ? 入っていいか?」


 くそ! 親父だ!

 せっかくいいところだったのになんだよ!? 邪魔すんなよ!


「どうぞ」


 ちなみに俺が呼び出されることになっている親父の書斎は、ヨール家の2階の西側。俺の個室がある東側の角部屋とは反対に位置する。

 夕飯食ってた時に、「夕食後に一休みしてから書斎に来い」って言ってたくせに、そっちから迎えに来んなって。

 ほら、せっかく深い眠りについていたアルメさんが物音に気付いて、むにゃむにゃ言い出しちゃった。

 これは眠りが浅くなった証拠だ。

 あーぁ……親父のせいで台無しだぁ……。


「何してんだ、お前……?」


 俺ががっかりしていると、部屋に入るなり親父が怪訝そうな表情で聞いてきた。

 くっそ。声でけぇって!

 アルメさんが寝てんだぞ!? もうちょっと静かにできねぇのか!!


「しーっ! 今アルメさんを寝かしつけた所です。お父さん、静かにしてください」

「あ、あぁ……それはすまない」


 本当にすまねぇよ! なんで俺はこんなにムキになってんのかわかんねぇけど、今後気をつけろや!

 いいか? 俺がアルメさんを愛でている時は冠婚葬祭でもない限り邪魔すんじゃねぇぞ!


「もう少ししたらお父さんの書斎に向かおうとしてたのですが、何か急な用事でも?」


 でも強く言えない俺……。

 そりゃそうだ。

 俺の親父、アルメさんやバレン将軍ほどじゃないにしろ、俺よりははるかに強い。

 それに親父はこの国でも結構な重要人物っぽいからな。

 そんな親父には息子であろうとも敬意を払うべきだし、これから俺が親父に話すことだって親父の協力がいる。

 ここは怒りを隠し、丁寧な態度で親父に接しておくのが正解だ。


「いや、タカーシがなかなか来ないから見に来ただけだ。寝てたんならまた明日にでもと思っていたんだが……まさかアルメをそんな風に……」


 なんか勘違いしてるっぽいけど、決していかがわしいコトしてたわけじゃないからな?

 ただ寝かしつけてるだけだから。バレン将軍とかバーダー教官にチクんじゃねーぞ?


 いや、生まれて数日のヴァンパイアが大人の獣人を寝かしつけてる時点でだいぶおかしいけどな!

 これはこう……そういうんじゃなくて、俺の心の奥底深くに眠る魂(ソウル)が促した聖なる儀式……まぁいいや。


「はい。今日は僕のわがままに付き合ってくれたので、ご褒美としてマッサージをしてあげていたところです。もうちょっと待ってください。お父さんが部屋に入ってきたからアルメさんの眠りが浅くなってしまいました。もっかい深く落とさないと……」


 そう言って、俺は再びアルメさんに施術する。

 親父もそんな俺を無言で見守ること数分、ついにその時がやってきた。


「お待たせしました。アルメさん、ついに熟睡です。それじゃ書斎に行きましょうか?」

「あ、あぁ。分かった。それにしてもなんという技術……凄いな、お前……」


 あっ、なんか知らんけど、親父も俺のテクニック認めてくれたっぽい。

 俺が言うのもなんだけど……意外とバカだな、親父……。


「ささ、早く出ましょう。アルメさんが起きちゃいます」

「そ、そうだな……アルメは……よく寝ている。起こすのは可哀そうだ……うん。そうだ」


 親父が無理矢理何かを納得するように呟き、その後俺と親父は静かに部屋から抜け出した。

 薄暗い屋敷の廊下を歩き、親父の書斎へと向かう。

 他の使用人さんたちと廊下ですれ違ったが、忙しそうに行き来していた。


 うむ。この世界に時計はないけど、今はおそらく午後8時ぐらいだと思う。

 大人が寝るような時間じゃないし、使用人さんたちの仕事が終わる時間でもないのだろう。


 そういう意味では、すでに俺の部屋でぐっすりと眠っているアルメさんは、使用人さんたちの中でも特別扱いだ。

 俺の子守役。そして有事の際には軍の重要人物である親父を警護する戦闘の達人。

 なんでそんな獣人が俺の子守なんかしているのかは疑問だけど、アルメさんは俺専属のメイドさんとなることで、ヨール家における炊事洗濯や掃除といった業務から解放されているんだ。


「あら、タカーシ様? また身長が伸びましたね。でも育ちざかりなんですから早く寝ないとダメですよ!」

「そういうな。タカーシは今から俺と大事な話をするんだ。こんな時間まで起こしてしまっているのは俺のせいなんだから」

「あら、そうでしたの。ではエスパニ様にはレアルマ様からきつーく言っておいて貰わないといけませんね! こんな幼いお子さんを夜遅くまで連れ回すなんて!」

「はっはっは。この件はレアルマも知ってるから、告げ口したって無駄だからな!」

「ふふふ! それは残念!」

「悪い奴め!」


 さらに言うと、たった今俺に親しげな口調で話しかけてきた鬼のような外見の使用人さん。

 相手は大きな樽を両腕で抱え、やっぱり忙しそうに廊下を歩いていたけど、俺の姿を見るや否や足を止め声をかけてきた。

 親父が即座に対応したので俺は笑顔を返すだけだったけど、そんな感じで声をかけてもらえるほどに俺は他の使用人さんたちとも仲良くなっている。


 今日フライブ君たちと山の中を駆け回ったせいで、俺は泥んこ姿で屋敷に戻ったんだが、その時使用人さんたちは俺がお袋に怒られないようにと着替えをこっそり用意してくれたし、証拠隠滅のために汚れた服もすぐに洗濯してくれた。


 まぁ、ヨール家内の人間関係――じゃなくて魔族関係は上々の滑り出しを見せている。


 それと……。

 大したことではないんだけど、今日の午後の行動について。

 バレン将軍と別れた後、俺とアルメさんはフライブ君たちと合流し、山へ遊びに行った。

 小さな魔物を追いかけ回したり、川で遊んだり。

 または茂みに隠れて足が3本ある珍しいカラスの雛をこっそり観察したり。


 そういうふうに言えば、無邪気な子供の山遊びということで済むんだけど、やっぱそうもいかなかったわ。


 巣の中でピーピー鳴くカラスの雛を観察していた時、ふとした瞬間にフライブ君が「お腹すいた……」とつぶやき、と思ったらいきなり茂みから飛び出してカラスの雛を掴まえ、ぼりぼりと食べ始めやがったんだ。

「ほら? タカーシ君も食べる? ぐちゃぐちゃしてて美味しいよ!」って。


 そもそも足が3本あるカラスって……日本じゃ“八咫烏(やたがらす)”っていう神話の生物じゃなかったっけ?

 例によって俺はそういうのに詳しくないからわからんけど、神の使いだったか、神様そのものだったような。

 畏れ多くて、さすがに俺は食えんかったわ。

 あと口の周りを血まみれにしながらにっこりこちらに微笑むフライブ君。獣人たる彼の闇の一面を見たような気がする。


 ついでに。

 帰り際にフライブ君とドルトム君を家まで送ることで、彼らの家の場所も分かった。

 フライブ君の父親と会うことが出来たんだけど、とても強そうで、それでいて優しい魔族だった。

 母親はすでに他界しているらしいけど、そんな事情を補って余りあるほどに仲の良さそうな親子だ。


 ドルトム君は両親とも健在で、その両方に挨拶することが出来た。

 だけど両親はドルトム君よりちょっと背が高いだけの毛むくじゃらだから、見分けがつかん。

 あと山を移動している途中も、ドルトム君はずっと俺の手を握っていた。

 その件についてやっぱり俺は疑問に思ったので、遠まわしにドルトム君の両親に聞いてみたら、ドルトム君はやっぱり幼児らしい。


 幼児っていうか……うーん。


 ドルトム君本人から、最近になって学校で文字を習い始めたということを山散策の途中に聞いてはいたんだ。

 それとドルトム君の種族が通う学校のカリキュラムを両親から聞き出すことで、その2つを照らし合わせた俺がそう思っただけなんだけどさ。


 つい最近までは学校に行っても同年代の子と一緒に歌を歌ったり、かけっこしたりしていたらしい。

 これは幼稚園や保育園の教育内容に該当するだろう。

 そして今後数年かけて文字を習得し、同時に計算方法とかも習っていくとのことだから、今現在は小学1年生ぐらいといったところか。

 だから正確には“幼児”から“少年”に移る途中かな。

 フライブ君やヘルちゃん、そしてガルト君はすでに文字を習得しているとのことだから、やっぱりドルトム君は他の子より少し幼いんだ。


 んで、そんな感じでフライブ君たちのこともたくさん知ることが出来た。

 俺の家の場所も伝えたし、今後遊びやその他イベントがある時は俺にも一声かけてもらうようお願いしたら、2人も快諾してくれた。

 友達作り成功だ。


 でも、今日の収穫で最も重要なのはバレン将軍と話し合ったことだろう。

 俺たちが山で遊んでいるうちに、親父はバレン将軍からその件を聞いたらしく、夕食の時にその旨を伝えられた。

 そんでこれから親父とさらに細かく話し合う予定だ。


 話し合い。


 バレン将軍もあそこまで協力的な態度を見せてくれたことだし、そんなバレン将軍の顔を立てるという意味でもこの計画は失敗したくはない。

 うん。気合い入れていこう。


「そこに座れ」


 親父の書斎に到着し、俺は部屋の中心部に置かれた座り心地の良さそうな椅子に促された。

 その椅子に座り、俺は部屋を観察する。


 一昨日。つまりこの世界に生まれて2日目のことなんだけど、太陽による火傷が治ってから俺はアルメさんに連れられて屋敷の中を探索している。

 もちろんその時に、この部屋にも足を踏み入れてはいる。

 だけどこうしてあらためて見てみると、親父の書斎はなかなかいい空間だ。


 迫力ある魔物の剥製が壁一面に飾られていたり。

 と思ったら反対の壁には何かの資料と思われる手書きのメモがびっしり張られていたり。

 書類の詰まった棚の上にはお洒落な小物がインテリアとして飾られており、我がヨール家の優秀な使用人さんたちの素晴らしい仕事っぷりのおかげでそれらはピカピカだ。


 そして部屋の中心部に座る俺から見て、机を挟んだ向こう側にある椅子。

 親父が座っているんだけど、牛革のような黒い光沢を放っていて、とても座り心地の良さそうな椅子だ。

 まぁ、この世界ではまともな牛なんていないだろうから、あの椅子の皮は何かの魔物の皮が使われているんだろうけど。


 俺と親父の間にある机だって木製の重厚な造りだし、親父の背後にある大きな窓からは屋敷の裏山が遠くまで見渡せる。

 暖かいランプの光が落ち着いた雰囲気を醸し出し、仕事のはかどりそうな雰囲気作りがしっかりと出来ている。


 なんだったら俺の部屋と交換してもらいたいぐらいの素晴らしい部屋だ。


「さて……」


 俺が部屋をきょろきょろ見渡していると、親父が口を開いた。


「……お前は何なんだろうな……?」



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