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平和の不具合編 1


 夜が明け、俺はフライブ君たちと一緒にエールディの8番訓練場を訪れていた。

 右手にはちょうどいい感じの棒。これはエールディに来る途中の山の中で見つけた木の枝を拾ってきただけのもので、平たく言えばただの木の枝だ。

 とは言え重さも握り具合も俺の体にしっくりくるなかなかの一振りだし、親父から誕生祝いの剣を買ってもらっていないんだから今日はこれで我慢するしかない。


「ヴァンパイアともあろう魔族が木の棒って……」


 もちろんこの件については、すでにヘルちゃんから憐れむような視線とお言葉を頂いている。

 獣人として爪や牙を戦闘に用いているフライブ君は少し違った感想を持っているらしく、同じく爪や牙を利用するヴァンパイアである俺が武器を手にしているのが不可解らしい。

 あと――ドルトム君とガルト君は普通の反応だ。


「か……かっこいい武器だね……僕も今度さが……探してみよ……」

「取っ手のあたりの皮を私のナイフで少し削りましょうか? 多少は握りやすくなるかと」


 幼いドルトム君は“武器”と名のつくもの全てがかっこいいと思う年ごろなんだろうな。

 俺の情けない装備にすら憧れの視線を送ってきた。

 あと、やっぱ普段のガルト君は物腰丁寧、気配り上手という素敵な性格だ。俺はそれが偽りのキャラだということを知っているけど、俺の木の棒を使いやすく削ってくれたりと、そういう配慮が素晴らしい。


 そして俺のやる気も十分。ちょっと怖いのは今も変わりはないけど、訓練場に入るなりすでに訓練を始めていた他のグループの魔力が俺の体を包み、心なしかフライブ君たちの放つ魔力も若干荒々しいものへと変化している。

 それら物々しい気配に促され、俺の闘争心も絶賛上昇中だ。


 ま、今の時点では……だけどな。



「ちょっと早く来ちゃったね」


 訓練場に入るなり、我がチームの先頭を歩くフライブ君が周りを見渡しながら言った。

 今朝早くに家を出た俺たちだったけど、それより先にここに来ていた他のグループがすでに訓練場の中央でバーダー教官と激しい乱打戦を繰り広げている。

 うーん。訓練場の入り口でフライブ君が手続きのようなものを済ましてくれたんだけど、そこで聞いた話じゃ俺たちがバーダー教官と訓練をするのは3番目とのことだ。

 だけどすでにバーダー教官との訓練が終わった雰囲気の集団は見当たらないし、次を待っていると思われる別のグループが乱打戦エリアのすぐ脇で血の気の多い魔力を放っているし。

 どうやら今バーダー教官と戦っているグループが今日の第1陣のようだな。

 そうなると……前回フライブ君たちが訓練をしていた時間の長さは30分ぐらいだったから、待ち時間は軽く見積もっても約1時間か。


「ふあぁーあぁ……皆様、朝起きるのが早すぎたのですよう……ふぁーおう。

 うぅ……しかしなぜでしょう……? ぐっすり寝たはずなのに……体がだるい」


 その時、俺の背後からガルト君の眠そうな声が聞こえた。

 俺はアルメさんの部屋で寝ていたから詳細はわかんないけど、どうやらガルト君は結局あの後また寝ぼけながら衣装棚に潜り込んだらしい。

 あんな狭いところで寝ていたら、そうなるのも当然じゃんよ。


 俺は背後を振り返り、歩きながら上半身のストレッチをしているガルト君を見てくすりと笑う。

 それと同時に、俺と手を繋ぎながら歩いていたドルトム君が思いついたように口を開いた。


「先に……あ、あっち……で……魔法の練習……する?」


 ドルトム君の指差した先は、訓練場の端に用意された基本系魔法の練習エリアだ。

 鉄製の的に向かって数体の魔族が色とりどりの攻撃魔法を放ち、しかしながら的の方にも何らかの魔法が仕込まれているらしく、彼らから放たれた攻撃魔法は的に衝突すると同時に綺麗に散り去っている。

 そういう魔法の効果は神秘的だけど、わかりやすくいうと弓道場で選手が練習しているような光景だ。


 んでさ。それはいいとして、ドルトム君な。

 この子、今朝屋敷を出発した瞬間からさも当然のように俺の手を握ってきたし、もう俺の弟みたいなポジションになってるんだけど……。

 俺の保護欲を見事に開花させやがって――じゃなくて、ドルトム君に対する俺の保護者意識はどうでもいい。

 ドルトム君の提案に、今度はヘルちゃんが反応を示した。


「いえ。今日はタカーシが初めて訓練する日なんだから、私たちも万全の状態で教官様と戦いましょう。

 基本系魔法の訓練で魔力を使っている場合じゃないですわ」


 そんでもって、全員から期待の眼差しを受ける俺。

 うぅ……視線が痛い。アルメさんまでそんな目で俺を見なくったっていいじゃんよ。


「タカーシ君? 期待してるよ!」

「期待してますわよ」

「……き、期待してる……から……」

「タカーシ様の腕に期待させていただきます」


 それどころか各々微妙に言葉は違えど、4人同時に似たような内容の言葉をぶん投げてきやがった。

 もうそういうのは勘弁してくれねぇ?


「やめて! 僕まだ戦い方とか全然知らないから!」

「まーたまたぁ。タカーシ様? タカーシ様はバレン将軍ですら注目する大型新人です! ヨール家のご子息として胸を張ってください!」


 挙句、アルメさんから冷やかしの追撃を受ける始末。

 このわんこ野郎、以前バレン将軍から褒められた時に俺が冷やかしたのを根に持っていやがったな?

 朝方寝ながら俺に抱きついてきたくせにッ!


「……」


 うーし。こうなりゃ俺も反撃だ。

 東京で働くサラリーマンがもれなく体得するという伝説の秘技、必殺“話題逸らし”を発動だ。


「じゃあどうするの? 僕たちの順番が来るまで他の魔族の訓練でも見学してる?」

「そうだね。みんなでバーダー教官の戦い方も勉強しよう!」


 ふっふっふ。案の定フライブ君が俺の誘導に引っかかり、他のメンバーも同意するように訓練場の中央に向けて歩き出した。

 俺もドルトム君に引っ張られる様に歩き出していたが、その途中にちらりとアルメさんを見てみると、やっぱり不満そうな顔でこっちを見てやがる。

 でもアルメさんの分際でこの俺を褒め殺そうなんて、そうはいかねぇよ。


「このあたりでいいですわね」


 んで乱戦の中心にいるバーダー教官から30メートルほど離れたところでヘルちゃんが呟くように言い、俺たちは並んで座ることにした。

 目の前には魔法と武器が激しく交錯する空間。今現在バーダー教官と対戦をしているグループは、以前ニアミスしたことのあるチャラい爬虫類系の集団だ。


 そうだな。彼らの特徴はというと――

 しゅっしゅっとリズミカルに動き回るフライブ君や、直線的に相手との距離を詰めるガルト君とは少し違う類の動き。

 なんというか……曲線的で柔らかい動きなんだけど、今戦っている5人全員がそういう動きをしている。

 でも動きの速度はフライブ君やガルト君よりも数段上だ。

 今もバーダー教官を相手に、フライブ君たちよりいくらか優勢な戦いを繰り広げている。


 とはいっても、魔法を使った攻撃や防御はあまり得意ではなさそうだ。

 たまに発生する魔法の光や衝撃音も、ドルトム君の魔法に比べればしょぼい気がする。

 それらを踏まえると、この集団はどちらかというと肉弾戦に長け、魔法はその補助をするだけという戦闘スタイルなのだろう。


 いや、俺たちよりは絶対に強いよ。

 彼らが俺たちより強いのは確実だし、物理攻撃に関しては威力・速度ともに段違いだ。

 だけどドルトム君の炎の魔法と――あと、ヘルちゃんの防御魔法に関しては、この爬虫類系グループより技術が上だろう。


 なるほどな。注意深く見てみると、グループごとの特徴とかも結構な違いがあるんだな。

 まぁ、爬虫類系のグループは全員まとめて“爬虫類系”と表現できるように、姿形が似ているし動き方も似ている。

 そう考えると、5人全員が別の種族という俺たちの方がむしろ珍しいのかも。


 でも――このチームのメンバーはバレン将軍の評価も高かったし、フライブ君たちはそういう意図を持ってバーダー教官にまとめられたっぽいし。

 俺もこのエリート集団に後れを取らないよう頑張らな……


「タカーシ? 本当にその棒で戦うつもりですの?」


 俺が訓練を見ながら色々と考えていたら、隣に座っていたヘルちゃんの一言が俺の考え事に割って入ってきた。


「うん。僕まだ武器持ってないんだから仕方ないよ」

「ふーん。もしよかったら私の杖、貸してあげますわよ? 2本持ってるけど、私は戦いの時は1本しか使わないし、片方は予備だから別に貸してもいいですわ」


 そう言って、背中の羽根の裏に縛り付けてあるきらきら光る杖のうちの片方を見せてくるヘルちゃん。

 気持ちは嬉しいけど、こんなメルヘンチックな杖でよそ様に殴りかかる気にはなれんわ。


「いや……いい。でもありがと」

「そう。それならいいけど……」


 は、話を逸らそう。


「ところでヘルちゃん? ヘルちゃんって空飛べるの?」

「あら? 私、飛んでいるところをタカーシに見せたことありましたっけ?」

「いや。昨日の夜さ、僕寝る前に1度部屋に戻ったんだけど、そん時にヘルちゃんが寝ながら浮いてたんだ。びっくりしたよ」

「あぁ、そうでしたの。道理で夢の中で……」


 あぁ……あの時のヘルちゃんうなされていたっぽいけど、やっぱ夢の中で空中に浮いていたんだな。


「怖い夢だった?」

「えぇ。夢の中で自分の体が落ちるのを見る魔族は多いけど、オベロン族の場合は逆の夢を見やすいのですわ。果てしなく空高く浮いちゃう夢……それが怖くて怖くて……」


 知らんがな。


「ふーん。んじゃヘルちゃんは起きている時は、自由に空飛べるの?」

「もちろんですわ。だって、私羽根が生えているでしょう?」


 そうじゃねぇんだよ。

 昨日の夜、羽根動かしてないのに浮いてたじゃん。


 と俺が大きくツッコもうとしたら、ヘルちゃんの向こう側に座っていたガルト君も会話に入ってきた。


「基本的に羽根をもつ妖精族なら誰でも飛べるのですよ」

「へぇー。でも昨日のヘルちゃん、寝ながら浮いてた時は羽根動いてなかったよ?」

「えぇ。当然ですわ。寝ているんですもの」

「ん? じゃあ、羽根がなくても飛べるってこと?」

「いえ。そんなわけないじゃない」


 あれ……?


「ちょっと待って。羽根を動かさなくても飛べるんでしょ? じゃあその羽根いらないよね? いや、いらないってことはないと思うんだけど、仮にヘルちゃんに羽根がなかったとしても、空飛べるってことだよね?」

「タカーシ? 何を言ってるんですの? 羽根がなかったら飛べないに決まっているでしょう?」


 よーし。これはあれだな。話が噛み合ってないってやつだな。

 俺よりもむしろヘルちゃんが不思議そうな顔で俺を見つめているけど、じゃあもういいや。


「そうかぁ。不思議だね」

「タカーシの言っていることの方が不思議ですわよ? どうなさったの?」

「いや、別に……それよりさ。僕が今日から新しく入るじゃん? みんなよろしくね」


 今度は子供たち全員に聞こえるように。

 今さらだけど、新人としてこれぐらいの挨拶はしておかないとな。


「うん。頑張ろうね!」


 フライブ君が真っ先に言葉を返し、他のメンバーも俺に温かい言葉をかけてくれた。

 んで挨拶もそこそこに、話し合っておかなきゃいけないことがあるんだ。


「僕はどういうふうに戦えばいいのかなぁ? こういうの初めてだから、全然わからないんだよねぇ。ねぇ? どうすればいいと思う?」


 このチーム内における俺の役目について。

 小難しい連携プレーなどは無理だとしても、俺がこのチームの中でどのような動きをすればいいのかぐらいはおおざっぱに決めておいた方がいいだろう。

 いや、下手な動きをしてしまうと味方の戦いを邪魔してしまうどころか、俺が背後からフライブ君たちの攻撃を受けてしまう可能性だってあり得る。

 俺の身の安全のためにも、絶対話し合っておかなくてはいけないことなんだ。


「うーん……わかんないよう」


 でも俺の質問に対するフライブ君たちの反応は、すっきりとしないものだった。

 フライブ君が真っ先にお手上げといった様子で唸りながら返事をし、ドルトム君たちが後に続く。


「す、好きに動け……動けばいいと……思う……」

「私の盾になりなさいな」

「タカーシ様? 一緒にコンビを組みませんか? ヴァンパイア様とコボルト族は本来闇に生きるもの同士。いいコンビになれると思うのですが」


 ドルトム君は頼りない答え。妖精コンビのクソガキどもは頼りたくない答え。

 特にヘルちゃんの提案が少しイラっとしたけど、まぁ、こんな幼い子たちにヴァンパイアである俺の戦闘スタイルを聞くこと自体が無謀だったのかもな。

 あと戦闘のプロフェッショナルであり、ヴァンパイアの戦闘特性も熟知していそうなアルメさんは、俺の背後に“お座り”したまま俺の左肩に頭を乗っけてうたた寝中なので、この話し合いには戦力外だ。


「……」


 つーかさ。昨日今日のアルメさんマジで自由過ぎじゃね?

 そりゃ確かにそんなアルメさんも可愛いし、俺も俺で無意識にアルメさんの頭を撫でているからそれもどうかと思うけど、さすがにおかしくね?

 しかもこないだはフライブ君たちの訓練見ながらものすっげぇ興奮してたくせに、今日は爬虫類系グループの訓練に興味ないんだな。

 その違いはなんだ……?


「すぴー……すぴー……ぐる……ぐるるぅぅ……がるるぅ」


 あっ、寝た。

 じゃあいいや。アルメさん抜きで勝手に作戦会議を進めよう。


「じゃあさ。僕、今日が初めての訓練だから、とりあえず最初はみんなの動きとか見ておくね。それで、みんなのこと観察しながら少しずつ前に出て行く感じで僕もみんなに混ざるから。それでいい?」


 戦術とか連携とか……前世の俺は軍人じゃなかったし、軍事オタでもないから詳しくはわからん。

 だけど多分こんな感じでいいと思う。

 俺の持つ“紫”と“緑”の魔力についてもいろいろ調査してから、戦闘に本格参戦する感じで。

 フライブ君たちも反対はしないはずだしな。

 だけど……。


「そだね。僕は今日、後ろに下がるから。最初は僕の近くでみんなのこと見てて」


 おぉ! 今日のドルトム君は魔法の遠距離攻撃に専念するのか。

 まぁ、それがこの子本来の役割だっていうから当然なんだろうけど、なかなか興味深い話だな。

 それにドルトム君は昨日ゲームでヘルちゃんをボッコボコにしてたし、“指揮官”みたいな役目も上手そうだ。

 唯一、たった今ドルトム君がかつてないほど流暢に喋った気がするけど……まぁ、気のせいだよな。


「そうですわね。私たちの動きを見ながら……あ、でもタカーシが本格的に前線に入ってきたら、私たちも出来る限りタカーシを援護しますわ。

 フライブ? ガルト? わかってますわね?」

「御意!」


 そんで、ヘルちゃんやガルト君も初心者の俺に対して配慮してくれるっぽいことを言ってくれた。

 この2人の発言がどれだけ信用出来るかについては少し疑問だけど、お言葉に甘えさせてもらおう。


 だけど――次のフライブ君の発言に、俺は驚愕してしまった。


「そうだね! もうすぐ西の国との戦争が始まりそうだし! 僕たちも頑張って強くならないと、人間たちをいっぱい倒せないからね!」


 え?

 なにそれ?


「ちょ……ちょっと待って! なんでここで戦争の話が出てくるの? 戦争って……僕たち行かないよねッ?」


 慌てて確認する俺に、4人の言葉が返ってくる。


「何言ってんの?」

「西の国との戦争は私たちのような子供でも戦場に出られる数少ない晴れ舞台。国の決まりでもあるし、これを見逃す手はないですわ」

「といっても我々のような幼い魔族は荷物運びのお役目になるのが関の山でしょうけど。でも、戦況によっては最前線に出ることだってあります。それにタカーシ様? タカーシ様は我々がなんのためにここで訓練をしているとお思いで?」

「ぼ、僕頑張る……お……お父さんと……お母さんが行かないって言ってたから、今回は僕がドモヴォーイ族の誇りを取り、取り戻すんだ……!」

「あはは! 僕も頑張るよう! お父さんと一緒に、この国で名を上げるんだぁ」


「ちょ、ちょっと! いやいやいやいや。みんなまだ子供じゃ……」


「あっ、2番目が終わったよ! 次は僕たちの順番だ! さぁ、行くよ! タカーシ君!」


 最悪のタイミングでフライブ君たちから信じられないことを聞かされ、でも話に集中していて気がつかなかったけど、いつの間にか爬虫類系の集団と2番目のグループが教官との訓練を終えていた。




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