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平和の不具合編 3


 戦いの気配が急速に収まり、俺は呆然としていた。

 呆然としながら、かろうじて視覚のみが目の前の光景を捉えていた。


 フライブ君たちの動きを少し乱暴に抑え込んだ教官は、しかしながらフライブ君とヘルちゃんを優しく降ろし、足蹴にしていたガルト君も静かに起き上らせている。

 興奮たぎる戦闘が急に終わったことで、フライブ君たち前線組は残念そうな表情だ。

 でもその表情も一瞬だけで、興奮を無理矢理抑えながらバーダー教官の次の一言を興味津々で待っている。


 一方ドルトム君はというと、バーダー教官の指示をすぐさま理解し、燃えたぎる火の球の射出を停止させていた。後方からの援護射撃という役目の都合上、戦闘中のドルトム君は冷静さを保っていたから、バーダー教官の指示を割と素直に受け入れることができたのだろう。



 んで、俺はどっちかというとフライブ君たちと似た心境だな。

 “緑”の魔力について、なんらかの分析を得たであろうバーダー教官の言葉。

 “緑”の魔力の秘密は今俺が最も知りたいことでもあるし、フライブ君たちにとっても興味深い話で間違いはないはず。

 つまりここにいる全員にとって有益な話なので、バーダー教官が訓練を一時中断したことに不満はない。

 でも、いざこれからというタイミングで訓練を中止されてしまっては、俺自身も拍子抜けな感が否めない。


 だけどだ!

 俺とドルトム君の背後、10メートルぐらい離れたところで仰向けになりながら首だけこちらに向け、気だるそうに俺たちの訓練を観戦していたアルメさん!

 この態度にはぶん殴ってやりたいぐらいの殺意を覚えたけどなぁ!

 なんだよ、その態度!? お前のご主人様のデビュー戦だろ!?

 そんなやる気の無い態度するか、普通?

 俺たちの訓練に混ざるんじゃないかってぐらい興奮されるのも嫌だけど、もう少し俺の戦いっぷりに興味持てよ!


「タカーシとドルトム。こっちへ来い。あとアルメ殿も来ていただけますかな?

 いや、むしろアルメ殿の方がタカーシの持つ“緑”の魔力の効果にはっきりと気付いたかと」


 でもだ。バーダー教官が俺とドルトム君にこう言い、さらにはアルメさんにも近寄るようにお願いした。

 それでアルメさんもその声に反応し、うすら笑いを浮かべながら立ちあがった。


 ほーう。この時点では、バーダー教官よりアルメさんの方が俺の魔力の秘密を詳しく分析出来ているってか?

 俺自身何が起きたのかまったくわかっていないし、それを大人の2人がすでに把握している様子がちょっと悔しい。

 あと俺たち子供と大人の間にそれだけ分析力の差があると考えると、それもちょっと怖いけど、それなら――アルメさんの発言によってはその態度を許してやろうじゃないか。


「ふぁーぁあ……もう少しで眠れそうだったのにぃ……」


 やっぱ許せんわ! なんでこんなに荒れた魔力が充満してる空間で昼寝出来んだよ!

 いや、昼寝っていうかまだ午前中だけどォ! 午前中っていうか朝早く家出たからまだ日本でいったら午前9時にもなってな……あっ、だから眠いのか。

 アルメさん、昨夜は俺を待って夜遅くまで起きてたし、でもイヌ科の動物って普段からよく寝るし。

 まったくぅ……アルメさんってばお寝坊さんなんだからぁ。


 ――じゃなくて!


「僕の魔力……“緑”の魔力について、何かわかったんですか?」


 広場の中央――その中心部に集合するなり、俺はバーダー教官に質問する。

 俺の言葉に、バーダー教官が穏やかな口調で答えた。


「あぁ。まだ確信は持てんが、なんとなくわかった。

 だけど、あのまま訓練を続けていたら、タカーシが怪我をする恐れがあったんだ。

 だから途中で訓練を止めた。許せ」


 そういって、言葉の後半はフライブ君たちに視線を向けるバーダー教官。

 もちろんフライブ君たちも俺の魔力の秘密について興味津々なので、今となっては嫌な顔一つ浮かべていない。


「んで、タカーシの魔力の秘密とはなんですの?」


 ヘルちゃんが子供たちを代表するように一歩前へ出て、質問を繰り出す。


「タカーシの持つ“緑”の魔力とは……おそらく“気配の自然同化”だ」


 ……


 ……


 気配の自然同化……?

 さて、どういうことだ?


 俺は無意識に首をかしげ、フライブ君たちも似たような表情を浮かべる。

 しかしながら、バーダー教官にとってはその反応も予想通りだったらしく、俺たちの質問を待つことなく言葉を続けた。


「“気配の自然同化”。簡単に言うと、周囲の者がタカーシの気配を捉えにくくなる現象だ。さっき、タカーシがこちらに接近しようとした瞬間に、タカーシの魔力や姿形が捉えにくくなったんだ。おそらくこれが“緑”の魔力の効果だろう」


 と言われても、俺にはにわかに理解できん。

 バーダー教官の言葉を受け、フライブ君とドルトム君が何かに気付いたような反応を小さく見せたけど、ここで俺の背後に到着していたアルメさんが会話に入ってきた。


「えぇ、私も気付きました。さっきのタカーシ様の気配の消失。あれは、昔森で遭遇したことのある精霊が私たちオオカミ族から姿をくらます時に起こす現象とよく似ております」

「そうですな。“緑”は森の木々に潜んで生活している“精霊”が持っている魔力の色。そう考えるとさっき私が感じた違和感にも納得がいく」

「はい。私なんてタカーシ様の匂いや呼吸音まで感じ取れなくなりましたからね。一瞬、バーダーさんがタカーシ様を殺してしまったかと勘違いして焦りました」


 そんな風には見えなかったけどなぁ!

 アルメさんめっちゃくつろいでたじゃんよ!


 ――じゃなくて、そういうアルメさんの虚言はどうでもいいんだ!

 2人で勝手に会話を進めているけど、俺も……! 俺も話に入れてく……


「ほーう。では有効範囲に入っている者に対し、視覚や魔力による認知だけではなく、他の五感全てに働きかける魔法ということですかな?」

「でしょうね。いやはや。前々から普通のヴァンパイアではないと思っておりましたが、まさかそんな能力を持っているなんて……タカーシ様……?」

「タカーシ……?」


 しかしながら2人の会話に入るタイミングを見失ったまま、大人しく話を聞いている俺。

 と思ったら、2人が無言で俺の事をじぃーっと見つめてきた。

 俺の正面にはおっそろしい表情のオオカミと、これまた迫力満点のミノタウロス。

 怖いってば。そんな風にまじまじと見つめんな。


「あの……」


 無言で見つめられるこの状況に耐えきれず俺が小さく口を開くと、それとほぼ同時にヘルちゃんが首をかしげながら言った。


「お2人の言っていることがわかりませんわ。タカーシの気配とか魔力とか……何か変化ありました?」


 その言葉に、今度はフライブ君が少し驚いた様子で答える。


「あれ? じゃあヘルちゃんはタカーシ君の異変に気付かなかったの?」

「気付くって何が?」

「ん?」

「ん?」


 んで、今度はガルト君だ。


「恐れながら……私めもヘルタ様と同意見でございます。教官殿とアルメ様のおっしゃっていることが……」


 さぁ、さらなる混乱だ。

 ただでさえバーダー教官たちの会話についていけていないのに、その会話を聞いていた子供たちの反応もそれぞれ。どういうこった?


「ほう。ということは、ヘルタとガルトはタカーシの異変に気付いていなかったと?」

「はい。教官様? 一体なんのお話をしてますの?」

「うむ。その前に……ドルトムはどうだ? さっきタカーシの魔力の変化に気付いたか?」

「え……? ぼ、僕? 僕は――うーん。き、気付いたよ。気付……気付いたっていうか……と、隣にいた……タカーシ君が急に消え、消えちゃった……」


 もちろんもじもじしながら喋るドルトム君も、にっこにこ顔のフライブ君に負けず劣らず可愛らしい。

 あと今考えることじゃないんだけど、さっきドルトム君がやたらと流暢にしゃべってたこと思い出した!

 もしかしてあれか? ドルトム君もキャラ作ってたのか!?

 どっちだ!? どっちが本当のドルトム君なんだ?

 それとも妖精コンビと同じように、ドルトム君も二面性を持っているんか!?


「あ……あの……」


 しかしながら俺がドルトム君にその件を尋ねようとしたら、その声もバーダー教官のひっくい声にかき消されてしまった。


「なるほど。ドルトムはフライブと同じ反応か。

 そうなると……精霊の力というものは精霊に近い種族である“妖精”には効果がないのかも知れん」


「はい。おそらくそうでしょう。逆に、フライブやドルトムのような“一般的な魔族”と言える種族には効くと。

 ……いえ、正確にはドモヴォーイ族も妖精族に含まれましたわね。

 でしたらつまり……タカーシ様の魔法は同じ妖精でも効果に差があるということでしょうか」


「なるほど。でもそれはかえって都合がいい。“妖精”という枠組みで効果が無くなってしまうということなら、それはなかなか問題だが、同じ妖精でも効果に差があるということは、逆に魔法の質を上げればどんな妖精にだって効くということもありえるということ」


「確かに……」


「バレン将軍が許してくださるなら、バレン将軍の名の下、さまざまな妖精を集めてタカーシの魔法の効果を調べてみたい気もしますな。

 でもこの魔法は、その性質を秘匿してこそ最大の効果をもたらす類のもの。

 タカーシの魔法を言いふらすのは得策ではないと思いますが、アルメ殿はどうお考えで?」


「そうですね。同意見です。

 我がヨール家、それと軍の上層部……上層部でもごく一部に絞りつつ、バレン将軍とバーダー教官。それぐらいの範囲の魔族が知っておくべきかとは存じますが、それ以外の魔族には秘密にしておくべきでしょう。

 ヴァンパイアであるタカーシ様がこのような能力を持っているとなれば話のネタにもなりやすいですし、必要以上に噂が広がる恐れもあります」


「ではこの件は極秘事項ということで。訓練の時間も考慮せねばなりますまい。今も周りで見学している者たちが多数いますからな。

 今後は訓練の時間をずらしましょう。朝か夜遅く、訓練場が開いていない時間に訓練を行い、他の者に見られぬようにせねば」


「ご配慮、感謝いたします。本来タカーシ様は5番以内の訓練場に行くべき立場。

 そんなタカーシ様を受け入れてくれたばかりか、特別に訓練の時間を設けていただくなど……」


「アルメ殿。そう言ってくださいますな。私とアルメ殿……いえ、エスパニ殿とバレン将軍と我が父も含めた上での“仲”ではありませぬか」


「それではお言葉に甘えて……。そのように言われると、あの時を思い出しますね」


「えぇ……あれはこの世の地獄……あの戦いを生き抜いた我々の絆にほころびなど未来永劫生まれるはずもない」


 バーダー教官とアルメさんの会話が長々と続き、途中アルメさんが俺の保護者のような態度を見せ、んでもって2人そろってしみじみした雰囲気で遠くの空とか眺め始めやがった。

 おい! 戻ってこい!


「今後ともタカーシ様をよろしくお願いします」

「えぇ」


 って遠くの空を眺めながらアルメさんが呟くように言い、バーダー教官もしっかりと返事を返してる!

 うんうん。今確信したけど、俺って周りの大人たちからすっごい大切にされているんだなぁ。

 ちょっと泣きそうに――なるかぁ! 戻って来いって!


「あ、あの……」


 遠くに行った2人の意識をこの場に戻すため俺が話しかけると、バーダー教官がはっとしたような表情で振りかえった。


「そういうことだ。わかったな? タカーシ?」


「えっ? えっ!?」


「あと、今日の訓練は終わりだ。次が待っているからな。

 アルメ殿? フライブ達にもう少し詳しく説明してやってくださいませぬか?

 タカーシの能力を隠すということも含めて」


「承知いたしました。それと我々は昼食後に城に行くことになっております。その時に、バレン将軍にお話ししておきますね?」


「えぇ。お願いします」

「それでは、今日はこれにて」

「はい。これにて」


 結局、俺たち子供を置き去りにしたままバーダー教官とアルメさんの話し合いが終わり、俺たちは次に訓練をするグループに追い出される様に訓練場の中心から退いた。

 そのまま訓練場から外に出ようとアルメさんが言い出したけど、薄暗い通路で俺は我慢できずにアルメさんにしがみついた。


「ぜっんぜんわかんなかったんですけどォ! アルメさん!? 説明してくださいってば!」


「はいはい。わかってますよ。それじゃどこかで美味しい果物など食べながらお話しましょうか。

 フライブたちも来なさいな。運動して疲れたでしょ? あなたたちにも美味しい果物買ってあげるから」


「はーい!」

「はい……!」

「ではお言葉に甘えさせていただきますわ!」

「ありがたき幸せ!」


 アルメさんの播いた餌にフライブ君たちが即座に食いつき、こんな感じで俺の初めての訓練は終わってしまった。



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