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血まみれの悲槍編 3


 バレン軍の本陣車両に窓から突入し、俺は真面目に会議をしていたであろう両軍幹部たちからの視線を一斉に浴びた。


「……や、やっほー……」


 試しに気楽な感じで挨拶をしてみたけど、誰も答えを返してくれない。

 気まずい沈黙が広がる中、俺はその時間を利用して周りを見渡す。


 まず俺が突入した窓から見て左側にバレン将軍。豪華な椅子に座り、隣には親父の姿も確認できる。

 そんなバレン将軍と対をなすように、部屋の反対にはラハト将軍。こっちも豪華なイスが用意されており、そもそもラハト将軍はとんでもねぇ巨体なので、椅子に座る姿はどこぞの魔王かと思ってしまうほどに威厳十分だ。

 とはいえこれら2人の将軍は俺の知り合いなので、まぁいいだろう。


 ラハト将軍に限っては、おととい俺が軍の詰め所を訪れたときに数々のアクセサリーを貰っているしな。

 これは以前ラハト将軍と交わした約束を果たすために訪れただけなんだけど、やっぱりラハト将軍は息子のバーダー教官同様、俺のような子供が好きらしい。

 将軍ご自慢のアクセサリーコレクションの中から、あれもこれもと貰い受け、結局金銀様々なアクセサリーを両手に抱えるほどいただいてしまった。

 しかも、その時に「将来はバレンの軍ではなく、我が軍に仕官したらどうだ?」などというお誘いまで貰っている。

 という感じでラハト将軍とも親交を深めているので、将軍2人については問題なし。


 問題はその2人の間に列をなしていた十数体の幹部たちだ。

 いや、その前にアルメさんについて言及しないとな!

 あろうことか部屋の隅にメイド服を脱ぎ捨て、その上でだらしなく仰向けになってやがる!

 俺の魔力に反応してくれなかったばかりか、こんな緊迫感満ちた空間で何してんの!?

 うちわのようなものでアルメさんを仰いでいる親父とセットで、そこだけ雰囲気がおかしいんだけど!?


 いや、アルメさん口から舌を垂れ流しているし、「はっはっはっはっ」って短く呼吸してるし!

 もしかしてあれか? マジで暑さにへばってんのか!?

 おい、それフライブ君が懸念していた事態じゃん! ちょっとヤバいんじゃねぇの!?


 しかもそれを介抱するうちの親父の背中も若干小さくなっているし、ヨール家の一員として結構恥ずかしいんだけど!

 そもそもへばるぐらい暑いんだったら氷魔法使えばいいじゃん!

 真面目に職務に就いている部下に申し訳ないと思わねぇのか!?


 ――いや、そうじゃねぇ!

 一瞬気がそれちゃったけど、それより重要なことぉ!

 バレン将軍とラハト将軍の間に列をなして座っていた両軍の幹部たちだ。


「なんだ貴様は?」


 見るからに屈強で魔力も強い魔族たち。

 そんな奴らの間に挟まれた長いテーブルの上にスライディング着地してしまった俺。

 着地するときにテーブルの上に置いてあった書類や駒のようなものをもれなく散らかしてしまったし、跳躍の勢いを抑えるために踏ん張った靴のかかとで、大きな地図をびりびりと破いてしまっていた。


 もう、なんつーか……本当にごめんなさい、と。

 こいつらが怒るのも当然だし、バレン将軍の本陣車両に勢いよく飛び込むなんて流石に軽率過ぎる行動だったわ。


 でもだ。


「タカーシではないか。相変わらず忙しそうにしているな。今日はまたそんなに急いでどうした?」


 幹部の魔族からドスの効いた声で問いかけられ、その返答に困っていた俺にバレン将軍が話しかけてくれた。

 そう。俺はバレン将軍と知り合い。しかもラハト将軍とも知り合いだし、幹部としてラハト軍側の列に並んでいるバーダー教官の教え子で、今は頼りにならなさそうだけどそっちで苦しんでいるアルメさんの飼い主でもあり、それを介抱しているヴァンパイアの息子だ。

 そういった人間関係――じゃなかった。魔族関係を考慮すれば、どこぞのガキが乱入したということでもないわけで、幹部連中であろうとも俺を無下に扱えるはずもない。

 必要以上にビビることなんてないんだ。


 しかも1週間前にエールディの城でこの国最高クラスの魔力を一斉に浴びた俺だ。

 将軍や大臣級ならまだしもその下の幹部ごときの魔力に怯える俺ではない。

 それに、なにより俺自身が国の行く末を左右しかねない重要な情報を持っているし、この場に俺が乱入する大義面分だってある。


 というわけで、怯える必要なんてないんだ!

 お前ら、タカーシ・ヨールを舐めんなよ!

 実力的には俺じゃぜってぇ敵わねぇような猛者ばっかりだけどなぁ!


 ――って、やっぱ怖いわ!


「バレン将軍! 大変です!」


 周囲の視線に耐えられなくなった俺は、そんな状況から逃げるようにバレン将軍に話しかけることにした。

 いや、でも待て。

 いくらバレン将軍の部下といっても――そしてラハト将軍の部下といっても、そもそもこいつら信用できんのか?

 今更ながら、この国は魔族が創った実力主義の国。

 次世代の国王を抹殺し、我こそ次の国王に。

 と思う不遜な輩がいつどこに潜んでいるかもわからないような国だ。

 やっぱこの件はバレン将軍のみに伝えた方がいいような……。


「あ、でも極秘事項なので、他の魔族の皆さんには一度席を外していただいて……」


 しかし、これはさすがに配慮が足りなかったようだ。

 会議中に突如乱入したヴァンパイアの子供にこんなことを言われて、両軍の幹部連中が黙っていられるわけがない。

 一同が一斉に殺気を帯びた。


「なんだと?」

「貴様、我々が邪魔だというのか?」

「ヴァンパイアだからといって、調子に乗るなよ?」

「貴様なんぞいつでもひと捻りで始末できるのだぞ?」


 非難ゴーゴーの雨あられ。怒号とともに立ち上がる奴、大きなこぶしでテーブルをたたく奴。そんでもって俺に詰め寄ろうとする奴。

 怒りの表現方法は様々だが、揃いも揃ってブチギレてしまった。

 今の俺テーブルの上に立ったままだし、そんな体勢から偉そうな事を言っちゃったわけだから、彼らが怒るのも当然なんだけどな。


「ひっ!」


 んでみんなの怒声に俺が怯えていると、ここで太い腕が俺の胴体をやさしく包み、俺を体ごと持ち上げた。


「各々方、静まりなされ。この子は我が訓練場の生徒にして、そちらにおわすエスパニ殿のご子息。

 私が言うのもなんですが、とても利口で分別のつく子供です。

 そんなこの子がこれだけあわてているのには理由があるのでしょう。

 それに、こんな子供に対して寄ってたかって怒鳴り散らすなど、大の大人としてどうかと……?」


 バーダー教官だ。ラハト軍の幹部として、ラハト将軍の左前――というかバレン将軍の方に体を向けていた俺のすぐ後ろにいたんだ。

 そんでもって幹部連中の怒号から俺を守るように、自身の膝の上に俺を乗っけてくれた。


「んな?」

「なるほど……それならば……」

「うむ。無礼を許そう……」


 まぁ、バーダー教官にこう言われてしまっては、奴らも大人しく引かざるを得ない。

 さてさて。なんとが場が収まり、やっとこさ本題だ。

 筋肉ムッキムキのバーダー教官の太もももは安定感ばっちりの座り心地だから、しばらくはここに座ったままでいよう。

 ふと、俺を心配そうに――それでいて「なんてことをやってくれたんだ?」といった感じの視線を投げてくる親父の顔が目に入ったけど、もちろんそっちは無視しておこう。


「大丈夫だ。この者たちは我が腹心。タカーシの配慮も褒めてやりたいところではあるがはそれは不要。気兼ねなくすべてを話せ」


 まずバレン将軍が何かを察したように俺を諭し、彼女と対面する形で部屋の反対側にいたラハト将軍に話を振った。


「ラハト? 貴様はどうだ?」

「うむ。我が軍も崇高なる忠誠心で固められている自慢の部下。タカーシよ? その気遣いはむしろ侮辱ともいえよう」


 言い方がちょっときついけど、ラハト将軍はあくまで穏やかな口調。俺が軽く会釈をしながら左手首につけた白銀のアクセサリーを見せたら、言葉の終わりににやりと笑ってくれた。

 ふっふっふ。これはラハト将軍からいただいたアクセサリーの1つだ。

 戦場に行くというのにじゃらじゃら装飾品をつけるのもどうかと思ったが、これだけは持ってきたのだよ。


「む? それは親父の……」


 俺の腕輪に気付いたバーダー教官の不満そうな低い声が俺の後頭部のすぐ後ろから聞こえてきたけど、これもやっぱり聞こえなかったことにしておく。

 一同の視線が再び俺に集まり、俺はゆっくりと口を開いた。


「王子が……ウェファ5世殿下が荷車部隊に混ざっております。聞けば城から脱走して僕に会いに来たとのこと。護衛も連れず、本当に1人で来ちゃって……しかも、今僕の班の荷車を押すのを手伝ってくれています」


 まぁ、手伝えって言ったのは俺なんだけどな。そこは誤魔化しておかないとな。

 俺の報告が進むにつれ、幹部連中の魔族たちが意外な反応を示した。


「あぁ……」

「……そうきたか」

「くっそ……」


 え? なんで?

 俺、今“王子が1人で来た”って確かに言ったよな?

 そこはどっちかっていうと王子の身を心配しつつ、あわてて護衛用の組織を用意する所なんじゃねぇの?

 なんでそんなに嫌そうな顔するの?


「王子はこの国において、とても大切な方。

 なのに……いざという時にその王子を守ろうにも、我々の班の戦闘力では不安があります。

 王子にはすぐにエールディに戻ってもらうとして、その間の護衛部隊を大至急組織しないといけません。

 バレン将軍? ぜひそのように……?」


 と俺が報告を続けると、今度はバレン将軍が頭を抱えてうなだれ始めた。

 あれ? そのリアクション、何?

 しかも振り返ってみたらラハト将軍も似たような反応だ。

 そりゃ確かに、王子に脱走癖があるということはこのメンバーたちにも周知の事実だろう。

 でもさすがに戦争に行く軍列にお忍びで混ざり込むなんて、子供がやっていいことじゃない。

 その子供が“王子”という立場の魔族なら、それを心配するのはなおさら当然のこと。

 俺、なんかおかしなこと言ったか?


「あぁ。わ……わかった……」


 バレン将軍が小さな声で答えてくれたけど、こんなに歯切れの悪いバレン将軍の姿も初めてだ。

 なので俺は次に首を回し、バーダー教官の顔を見てみたが、やっぱりバーダー教官も似たような表情を浮かべているだけ。

 部屋中に広がるおかしな雰囲気に俺もまた困惑し、きょろきょろと周りを観察していると、背後にいたラハト将軍が低い声で沈黙を破った。


「タカーシよ」

「はい?」

「報告ご苦労」

「えぇ。王子の身の安全のこともありますし、これはすぐに報告しなきゃと思いまして。

 でも……皆さんが会議をしていたとは知らずに、こんな風に邪魔してしまって申し訳ございません」


 ここで俺は改めて一同に頭を下げる。

 だけど俺の謝罪でこの場の雰囲気がどうなるわけでもなく、困惑の増した俺は重ねてバレン将軍に反応を促した。


「バ……バレン将軍?」

「ん? あ、あぁ。そうだな。エールディに伝令を送っておく」

「え? 王子を返さなくてもいいのですか?」

「あぁ……まぁ……いいだろう……」


 ほんっと歯切れ悪いな! どうしたバレン将軍!?

 じゃあ、バーダー教官にでも。


「教官?」


 俺は後頭部のすぐ後ろにあった牛の顔に向けて質問してみた。


「どうした?」

「王子は……ここにいると危険ですので、エールディに帰ってもらった方がいいと思うのですが……」


 その提案に、バーダー教官は「ふーぅ」っと小さくため息をつく。そして俺の頭を撫でながら言った。


「タカーシ?」

「はい?」

「お前、何か勘違いしていないか?」

「勘違い?」


 勘違いって言われても……。

 王子は王子。まぎれもなく偉い立場のユニコーンだし、相応の警備の下に置いた方がいいに決まっている。

 だけど俺たちじゃ護衛力に心もとないし、つーか勝手にうろちょろされるのも迷惑だから、エールディに強制送還した方がいい。

 俺、なんか間違っているか?


 バーダー教官の言葉に俺が腕を組みながら考え込んでいると、バレン将軍が再度会話に入ってきた。


「護衛は……いらないんだ。タカーシ? よく考えろ。相手は国王陛下のご子息だぞ?」

「へ?」


 んでお次は再びバーダー教官。


「この国で最強の魔族のご子息。魔法も体術もまだまだ未熟だが、強力な脚力を生かした突撃力と機動力は将軍級に勝るとも劣らない。

 王子を暗殺しようとするなら、それこそここにいる面子を全員駆り出して……いや、それでも王子に逃げ切られる可能性を否定できない。

 そういうお方だ」


 えぇ! マジで?

 王子ってそんなに強いの!?


「そうだな。バーダーの言う通りだ。一昨日の訓練なんて……。

 タカーシ? 見てみろ」


 ここで、バレン将軍がそう言いながら左腕にはめていた籠手をおもむろに外した。

 左腕の肘のあたりに治りかけの円い傷痕が出来てやがる。

 おいおい。バレン将軍の真っ白い綺麗な肌になんてことが!?

 どこのどいつがそんな真似しやがった!?


「そんな! バレン将軍の綺麗なお肌に傷がァ!

 いったい誰です? 誰がバレン将軍の腕に傷をッ!?

 このタカーシ・ヨール! ヨール家の名に懸けてそいつをぶっ殺してやる!

 教えてください! いったいどこのどいつです? 地獄の果てまで追っかけまわして息の根を止めないと!」


 おっと。ついつい本音が……。

 そもそもバレン将軍に傷をつけるような奴に俺が敵うわけないし、つーか話の流れ的に、それを付けたのは……もしかして王子か?


「くっくっく。この女たらしめ」


 よくわからん言葉とともにバレン将軍はにやつき、そして話を続ける。


「一昨日、王子を訓練さしあげている時にな。全力突進の攻撃力を試したいから余の攻撃を受けてみてくれと王子がおっしゃったんだ。

 私としても王子の成長を見ておきたかったので快諾したんだが、上質な盾と私の全魔力を持ってしても防ぎきれずにこのざまだ。

 あの鋭い角に肘を貫通され、危うく胴体まで貫かれるところだった。まさに神速の槍。

 まぁ、もうそろそろこの傷痕も消えてなくなるだろうが」


 まじかぁ。


「さっきバーダーが言ったように、王子はまだまだ体術も下手だし、魔法の技術だってタカーシ並みに低い。

 しかし圧倒的な脚力とあの鋭い角を用いた突進攻撃は将軍級に値する。ラハト? そうであろう?」


「くっくっく。吾輩なら余裕で防ぐ。バレンは体が弱過ぎるんだ」


「何を言うか。剣術と魔法を私並みに鍛えてからそのような戯言を言え」


「ふっふっふ!」

「くっくっく!」


 そんでもって俺と両軍の幹部連中の頭越しにあやしく笑いあう将軍2人。仲いいなぁ。

 あとバレン将軍のセリフの中で、俺ちゃっかりディスられてねぇ?

 そ、そういうこと言われると凹むから。や、やめてほしいな。


 じゃなくてさ。じゃあ、どうすんの?


「えーとぉ……じゃあ、王子はこのまま僕たちと一緒にいてもいいってことですか?」

「あぁ。こちらの伝令が届けば、すぐにでも国王陛下からの指示が戻ってくるだろう。

 エールディに帰されるか、このままこの戦いに参加するか。

 それは陛下のご判断によるが、それまで一緒にいてさしあげろ」


 くっそ。あんだけ焦ったのに、結局こんな終わり方かよ。


「わ、わかりましたぁ……」


 俺はテーブルに力なくうなだれ、たまたま目の前にあった駒のようなものを指先で転がす。

 この駒は多分、軍の配置図とかに使うやつだな。

 そうそう。テーブルの上に広げられていた地図をびりびりに破いちゃったし、それをもう一回ごめんなさいしないと。

 でもよかった。王子の件が大事にならなくて。


「ふーう」


 俺が安心しきった表情で体を起き上がらせると、ひと段落ついたのを察知した両軍の幹部連中がテーブルの上を片付け始めた。


「それで……軍議はどこまで進んだっけ?」

「いや、その前に……地図が破けてしまったな。新しいのを部下に用意させないと」

「まだ本陣の場所を決めておらん。話はそこからだ」

「そうだな。この季節、願わくば河の近くに本陣を置きたいものだな」


 そんな感じで各々がぶつぶつ会話しながら作業を始めたので、俺はここでバーダー教官の膝から降りることにした。


「ごめんなさい。僕の早とちりで皆さんの会議を邪魔しちゃって」


 しかしながら申し訳なさそうに頭を下げた俺に、さっきまでとは別人のような幹部連中の言葉が返ってきた。


「よいよい」

「王子の身を案じてのことだろう? 幼いながらによく頑張ったな」

「吾輩もこの子のような息子が欲しいものだな」

「あぁ、エスパニ殿がうらやましい」

「特に、機密を守るために信頼できるバレン将軍以外をここから外させようとした点なんぞ、とても子供とは思えん言動だ。

 エスパニ殿? この子はお幾つになられた?」

「えぇ。生まれて2週間ぐらいですな」

「おぉー!」


 親戚の叔父さんたちか!? さっきの重苦しい雰囲気はどうした?

 あっ、そうだ。すっかり忘れてたけど、アルメさんが瀕死の重傷だったんだっけ!


「アールーメ―さーん? 大丈夫ですかぁ?」


 俺はテーブルを迂回し、バレン将軍とバレン軍の幹部の背中の間を通過する形で、部屋の隅にいたアルメさんに駆け寄ろうとした。

 しかしながら、その途中に俺はまたまたバレン将軍に話しかけられた。


「ところで、タカーシ? なぜ剣を持っている?」


 ふっふっふ。やっと気づいたか?

 これは1週間前に親父から誕生日祝いとして買ってもらったかっこいい剣だ。

 ヴァンパイアは本来爪と牙を武器として戦うらしいが、俺のバトルスタイルはこれだ。

 尊敬するバレン将軍の真似で、もちろん剣のモデルもバレン将軍と一緒。その子供サイズバージョン。

 エールディを探し回ってやっと見つけたお気に入りの一振りなんだよ。


「はい。僕もバレン将軍のように剣を使って戦おうかなと。見てください。形もバレン将軍と一緒ですよ!」

「ふふっ。そうか。かわいい奴め」

「えへへ」


 最後に無邪気な子供の笑顔をバレン将軍に向け、そんで俺は軽く会釈して振り返る。

 もうすぐそこに息を乱したアルメさんがいるし、一刻も早くアルメさんの体毛をわさわさしてあげたいけど、ここでバレン将軍がまたしても足止めしてきた。


「じゃあ、背中に下げている鉄の棒はなんだ?」


 今度はこっちか。

 いっひっひ。これこそ我が最新兵器。元鍛冶職人の人間サンジェルさん特製で、しかも鉄の錬成にレバー大臣が協力してくれたという素敵な“棒”だよ。

 でもこの武器に関しては今はまだバレン将軍には秘密だ。

 アルメさんの野郎が本当にレバー大臣に話を伝え、レバー大臣自ら我が屋敷に来た時は度肝抜かされたけど、試射しているのを見せたらレバー大臣の方が度肝ぬかされていたからな!


 曲がりもせず、歪みもせず、本当にまっすぐな鉄の棒を作ってくれたサンジェルさんの技術力の高さにも感謝感謝だし、あのアルメさんですらその威力にビビってたぐらいだ。

 威力を高めれば将軍級の魔族を相手にしても有効だというし、ふっふっふ。いずれ連射機能を開発して、農業とともにヨール家主要産業の二枚看板にしてやろう。


 でも――この件についても悲しいことが判明してる。

 基本系魔力の才能がまったくないと言われた俺。

 鉄砲の火薬に着火するのはぜひ自分でと思い、ドルトム君の指導を受けながらここ数日、必死に炎系魔法を練習したんだ。


 だけどさ。俺が鬼の形相で魔力を指先に込めながら呪文を唱えても、出てきた炎はマッチ棒程度の火力だったんだ。

 何百回、何千回と頑張っても炎の大きさが成長することはなく、文字通り風前の灯火程度の炎系魔法だ。

 まぁ、鉄砲の銃床あたりに開けた小さな穴から火を通せば、内部に詰めたトリニトロトルエン草に着火するのはなんとか可能だけど、暇つぶしに俺の訓練を見ていたフライブ君や妖精コンビに才能のなさを大爆笑され――あ、訓練の後半には可哀そうな子を見るような目で見つめられていたな。


 はぁ……。あの視線、さすがに辛かったわ。


 じゃなくて、そんな経緯でここ数日を過ごし、俺が不在中の作業の引き継ぎも人間たちにしっかり行い、ついでに鉄砲の試作品も俺の出陣まで間に合うこととなった。

 人間たちから予備の血も分けてもらったし、いざという時の魔力補充計画も完ぺき。

 これが今の俺の装備だ。


「これはまだ秘密です」


「ん? なんだ? 教えろ?」


「嫌です。これについてはレバー大臣から“必要な時が来るまで内密に”と言われているんです。

 だから相手がバレン将軍だとしても、気軽に教えるわけにはいかないんです」


「ちっ。あの死にぞこないのジジイ……タカーシに余計なことを吹き込みやがって……」


 会話の最後にバレン将軍が少しいらだった顔をしたので、(そんなバレン将軍もかわいいなぁ)とか思いながら、俺は振り返る。

 足もとで辛そうにしているアルメさんの脇に座り込み、あらわになっている腹部に優しく手を置いた。


「はっはっはっは……そ、その手つきは……もしかしてタカーシ様……?」


 いや、気づいてなかったのかよ!

 俺結構ドタバタしながらこの部屋に入ったじゃん!

 意識朦朧中か? つーか、それ本当にヤバくね?


「アールーメ―さーん? 大丈夫ですかぁ?」

「……お、お恥ずかしながら……はっはっは……このざまです……はっはっは……あーついぃ……」


 見た目の時点で十分恥ずかしいけどな。

 アルメさんがこんなに弱気なのも初めて見たな。

 うーん……やっぱり……どうにかしてやりたいなぁ。


「そうだ。アルメさん? 氷魔法は? 氷魔法使えば少しは楽になるんじゃ?」


 しかしふと思いついた俺の熱中症対策は、隣にいた親父によって否定された。


「我が軍のしきたりで、戦闘中以外の魔法の使用はできる限り控えることになっているんだ。

 いざ本番って時に魔力が切れていたら話にならんだろう?」


 いや、このまま体調が悪化したらそれこそ話にならないだろうがよ。

 熱中症ナメんなよ? 21世紀の東京じゃ社会問題になってたんだぞ?


「いえ、それはかわいそうですよ。アルメさんは本来暑さに弱い種族なのに。このままじゃ本当に死んじゃいますよ?

 お父さん? アルメさんが死んじゃってもいいんですか?」

「いいわけないだろう」

「嫌ですぅ! 私、死にたくないですぅ! いえ、戦士たるもの、死を恐れることなかれ!」


 ちょ……アルメさんは会話に入ってくんな。親父を説得中なんだよ! 邪魔すんなって!

 あと、キャラがぶれてるっつーか、暑さにやられてるせいなのか、言ってることが訳わかんねぇから!


「じゃあ、氷魔法使ってあげてください。それぐらいいいでしょ!? お父さんっ!?」


 ちなみに、自慢じゃないが俺は氷魔法なんて上等な技術は持ち合わせていない。

 水系魔法の上位技術である氷魔法。無理に決まっている。


 しかし俺に強く責められた親父は、ここで困ったようにバレン将軍に助けを求めやがった。


「しかしだなぁ……ですよね? バレン将軍?」

「ん? あぁ、そうだな。規律を守らんと軍の風紀が乱れる。それを防ぐためにも、上の者が率先してしきたりを守らねば」


 バレン将軍も意外と頭かてぇな。

 まぁ、そういうバレン将軍も同情の目をアルメさんに向けているし、今はバレン将軍の部下たちがいるから譲れないって事情もあるのだろう。


 でもだ! アルメさんはうちの犬だ! オオカミだけど、我が家の飼い犬に等しい存在だ!

 そんなアルメさんをこのまま放っておけるか!

 それに俺はすでに突破口を見つけちゃったからな! わりぃけど、もうちょい押させてもらうぞ!


「でも、お父さん? さっき、魔法の使用は“できる限り”控えるって言いましたよね?

 それはつまり、やむを得ない事情があったら戦闘中でなくても魔法の使用が許可されているって意味ですよね?」


「え? あぁ。うん。そりゃ……確かにそうだが……」


「じゃあ今使ってもいいでしょう!? アルメさんがこんなに苦しんでるのに!

 それに……お父さんは事務官であって戦闘員ではないから、魔力の残存量なんて気にする必要ないでしょう!?

 それよりお父さんを守るアルメさんが体調万全の状態でお父さんを護衛できるようにするべきですよね!」


「う、うぅ……そ、それは……」


「ふふっ。エスパニよ。お前の負けだ。いいぞ、許可する。アルメに氷魔法使ってやれ!」


 うしっ! バレン将軍の許可もらったぁ!

 しかもこんなに必死に主張する俺の姿を見て、他の幹部連中もテーブルの上を片付けながら同情の視線を送ってくれてるし、親父っ? 気兼ねなく氷魔法使えよ! さぁ!


「はぁ。でも……」

「よい。いざという時にアルメが動けないと、私も困るからな」

「そ、そうですか……」

「はっはっはっは……ありがとうございますぅ……でも、私は烈火のごとく敵陣を破るオオカミ族のぉ……心は炎のごときぃ……熱くぅ……お気になさらずぅ……」


 アルメさん、もう黙れよ。


「はいはーい。アルメさーん? すぐに楽になりますからねぇ?」


 俺は赤子をあやすように話しかけながらアルメさんの腹を撫でる。

 その間にも隣の親父が呪文を唱え、右手からこぶしほどもあろうかという氷をいくつも生み出した。

 我が親父ながら、相変わらずすっげぇ技術だな。いや、これぐらいはこの場にいる全員がいとも簡単にできるんだろうけど。


 なにはともあれ、その氷をアルメさんのわきの下や首周りにくっつけ、アルメさんの呼吸が穏やかになっていくのを確認する。


「あぁ……ひんやりするぅ……気持ちいーぃ」


 そうだろうそうだろう。

 さて、心配だったアルメさんも大丈夫そうだし、俺もそろそろ荷車部隊に戻るとするか。

 王子に手伝わせたままだからな。


「じゃあ、僕はそろそろ……」


 そう言いながら俺が立ち上がろうとした時、本陣車両の1階に下りる階段から大きな鳥が姿を現した。


「フォルカー隊長率いる先遣部隊より伝令! 先遣部隊、敵軍との交戦に入りました!」


 それはフライブ君のお父さんからバレン将軍に遣わされた伝令だった。




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