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血まみれの悲槍編 5


「さて、問題は増援部隊の人選だな」


 俺の提案がすんなりと通ってしまい、そんな展開にむしろ俺が驚愕していると、バレン将軍が部下に向かって言った。


「はい。では誰が向かいましょう?」

「できればフォルカー殿とうまく連携をとれるような種族の部隊を……」

「そんな者が我が軍にいるか? ほんの数十年前まで我々と壮絶な争いをしたその相手本人だぞ?」

「いや、だからこそ我々はフォルカー殿の戦い方を知っている。あの方は立場上まだ新入りだが、間違いなくすぐにこの場に出席するような位にまで昇進する。それは我々も分かっているし、あの方と戦った我々だからこそむしろあの方を軽くは見れない。真の仲間として共に戦う我々の心構えも十分だ」

「そういう意味では、今回の戦にバレン将軍とラハト将軍の両軍が選ばれていたのは幸いだったな。他の軍ではこうもいくまい」

「しかし、フォルカー殿を助けるためだからといって、過剰な数の兵を救援に向かわせて、その部隊が大打撃をこうむったら後に響くぞ? あくまでこれは前哨戦だ」

「そうだな。できるだけ少数で……しかしながら確かな戦力を……。

 そう考えると、我々のうちの誰かが行くべきでしょう」


 ほうほう。どうやらこの軍は過去にフライブ君のお父さんと戦ったことがあるらしい。

 そういえば以前バーダー教官とアルメさんがそういう感じの昔話で盛り上がってたっけ。


 オオカミの獣人であるアルメさんとフライブ君のお父さん。

 そんでもってアルメさんの所属するこのバレン軍。

 あとバーダー教官の親父さんが率いるラハト軍。

 そこらへんの繋がりがなんとなくわかってきた気がするぞ。


「うむ。あのフォルカーに限って敵に討ち取られるようなへまはしないと思うが、あいつには戦の終盤にも働いてもらわねばならない。

 序盤戦で重症の類を負わせぬよう、相応の援軍を送ってやろう。

 エスパニ? 人選しろ」


 そんでもって、バレン将軍が幹部連中の意見をまとめる感じで親父に話を振った。

 他の幹部たちも親父に視線を集め、親父の言葉を待っている感じだ。


 今さらだけどすげぇな、親父。

 バレン将軍もそうだけど、こんな化け物みたいな強い魔力を発している連中と同席し、挙句今は皆から指示を仰がれている。

 そんな親父の姿は、息子の俺としてもちょっと誇らしい。


 さぁ、親父! みんなが親父の判断待っているぞ!?

 フライブ君のお父さんたちを助けにいく魔族をしっかり選べ!


 俺も期待を込めて親父を見つめる。

 しかし、その沈黙を破ったのは親父ではなかった。


「私が行きましょう」


 おいーーーい! アルメさん!

 アルメさん、さっきまでへばってたじゃんよ! なんでここででしゃばんだよ!

 あと、あんたは親父の護衛だろ!?


「そうだな。アルメはフォルカーと同じ種族。

 フォルカーから見ても、戦い方の知らぬ増援よりは戦いやすくなる。

 いいだろう」


 さらには、親父を飛び越えてバレン将軍がアルメさんの意見に同意する始末。

 ちょっと! 本当に待てってば!

 アルメさん多少回復しているっぽいけど、とてもじゃないがまだ戦場に出せるような体調じゃ――あっ、起き上った。

 そんでもって中央のテーブルに向ってとことこと歩き、軽い身のこなしでテーブルの上に登り、“お座り”しやがった。


 行儀悪いからテーブルの上に座んじゃねーよ!

 ――じゃなくて!

 マジか? マジでアルメさんが戦場に行っちゃうの!?


「えぇ。フォルカーと私なら何とかなりましょう」

「いや、ちょっとま……」


 自信満々でにっこりと笑みを浮かべるアルメさんに一抹の不安を感じ、俺があわてて反対しようとしたら、俺の背後からラハト将軍のひっくい声が聞こえてきた。


「ならば……こちらはバーダーを出そう。アルメとバーダー。援軍はこの2人で十分だな。わかったか、息子よ」

「あぁ。異論はない。俺もフォルカー殿から大切な息子を任せられている身だからな。その息子のためにもフォルカー殿に力を貸すのはやぶさかではない」


 おっと! そうきたか!

 一瞬アルメさんのことを心配しちゃったけど、このコンビが一緒に戦うってか!

 それはそれで見てみたいぞ。


 ――じゃなくて、増援がたったの2体!?

 おかしいだろ! 数百体規模の部隊を向かわせろや!

 俺はそういうのを期待して提案したんだがッ!


「がるるぅるぅ。久しぶりですねぇ。バーダーさんと一緒に戦うなんて」

「そうですな。しかもあのフォルカー殿に対する増援。運命の神は時に予想もつかないことを我々に与えたもう」

「まことに……」


 そして2人そろって本陣車両の窓から遠くを眺めて見たり。

 出たよ、この感じ。

 アルメさんとバーダー教官。それ、蚊帳の外に置かれているみたいでなんかむかつくからやめろ。


「あ、あの……」


 遠くの世界に行ってしまったこの2人を呼び戻すのは、もちろん俺の役目だ。

 しみじみと遠くを見つめる2人に対して話しかけて見ると、バーダー教官が振り返った。


「ん? どうした? タカーシ?」

「アルメさんは……お父さんの護衛役があるんじゃ……? あと、ここの護衛隊の隊長ですし……」

「むう。そうだな。アルメ殿?」


 俺の言葉にバーダー教官がはっとしたように答え、その後、教官はアルメさんに視線を移す。

 対するアルメさんも小さくうなづき、今度はアルメさんがバレン将軍に視線を向けた。


「しばらくは我が主エスパニ様の護衛の任を離れることになります。それに先立ち、ここの護衛部隊の編成を多少変更します。

 30体ずつ2交代制の現体制を20体2交代制にし、ご主人様の護衛には10体の魔族を2交代制でつけます。

 戦場まではまだ距離がありますし、これでよろしいかと?」


 なんでだろう。

 急にしっかりした口調でてきぱきと護衛隊のシフト変更を話し始めたアルメさんが、やり手の秘書みたいに見えてきた。

 アルメさんのくせに、そういう一面もあるのか?


 親父の使用人で、俺のペットで、実はオオカミ族のお偉いさんで、さらに戦時下では親父の護衛で、しかもバレン将軍を守る護衛隊の隊長で、そもそもめっちゃ強い魔族で。

 でもキャラがぶれたり、しょっちゅう俺に甘えてきたりするアルメさん。

 あんたは一体なにもんだ?


「それでよい。そもそもエスパニは私の近くにいることが多いからな。

 この本陣の護衛もエスパニ専用の護衛も、仕事としては大して変わらん。

 エスパニもそれでよいな?」


「異存なく、おおせのままに。アルメ? 気をつけて行ってこいよ」

「はい!」


 んでもって買い物に出かける娘を見送るように、親父がめっちゃ軽い雰囲気でアルメさんに声をかける。アルメさんもとてもこれから戦場に行くとは思えない元気いっぱいのテンションで答えやがった。

 今回の敵は人間。アルメさんにとっては好物の肉を食べ放題というおまけ付きだ。

 さぞかし楽しみなんだろうなぁ。


「……」


 しかしだ!

 俺が無言でみんなのやり取りを見守っていると、ここでバレン将軍がとても酷いことを口にしやがった!


「“東の猛狼”と名高きフォルカー。“南の駿狼”と名高きアルメ。いい連携ができそうだ。

 アルメ? 思いっきり暴れてこい!」

「もちろんです! バレン将軍!」


 ぎゃはははっ!

 なになにっ? 南の駿狼!?

 アルメさん、駿狼って二つ名ついてんの!?

 だっせぇ!

 あと、バレン将軍!? バレン将軍がそういうこと言うのは本当にやめてくれ!

 腹が……! 腹がよじれるって!

 ぎゃはははっ!


 ……


 いや、もういいや。勝手に行ってこいよ。

 俺の今日の収穫は“アルメさんの二つ名が判明した”ってことで十分だ。

 あとでからかってやろう!


 いや、真面目な話、試しにこの2人の戦いっぷりを見学してみたい気もするけど、うーん……でも相手は人間なんだよなぁ。

 そんな相手にこの2人が襲いかかるんだろ?

 そりゃとんでもねぇ殺戮現場になるに決まっているし、そう考えると見学は自粛しておいたほうがいいかも。


 最悪アルメさんたちのあまりの残虐さに、元人間である俺の良心が耐えきれなくなって、気が付いたら人間側に立ってアルメさんと戦っていた――なんてことになりかねん。


「そ、そうですか……じゃあ……が、頑張ってきてくださいね」

「はい! もちろんです」


 俺がありきたりな言葉で激励すると、アルメさんは俺に対してもにっこりと歯をむき出しながら答えてきた。

 “戦場に行く”ということに対し、やっぱりアルメさんはさほど重く受け止めてはいないらしい。

 じゃあ、アルメさんを止めるのはこれもう無理だな。

 ならいいや。せいぜい勝手に暴れてこい。

 俺は――そだな。用事も済んだし、そろそろ元の仕事に戻るか。


「ところで……」


 しかし、俺が(どうやってこの場から抜け出そうかな)とか考えていると、俺の背後からまたしてもひっくい声が聞こえてきた。

 ラハト将軍が――じゃなかった。バーダー教官だったわ。

 あぁ! もう! この2人、親子だけに声もそっくり過ぎんだよ!


 いや、それはどうでもいいんだ!

 次にバーダー教官が発した言葉。

 俺にとってはまったくの予想外で、それでいて俺をものすっごく不安にさせる一言だった。


「こたびの戦い。試しに戦場に連れていきたい部隊があるのですが。

 なぁ、タカーシ?」


 そんでもって俺の顔をじぃーっと見つめてくるバーダー教官。


 ちょちょちょちょッ! ちょっと待ってくれ!

 何、その視線? 俺? 俺も行くのッ!?

 いやいやいや! 無理だって!


「え!? 僕!? 僕の部隊ですか!?」

「あぁ。お前たちの部隊を試しに戦場に連れていこうと思う」


 驚愕する俺に対し、バーダー教官が再度言った。

 この感じは決して冗談の類ではない。マジだ。

 しかも「思う」とか言っておきながら、ほぼ決定事項のような言い方だ。

 あのさ! 本当に嫌なんだけど!


「エスパニ殿? ご子息をお預かりしたいのですが、よろしいですかな?」


 しかしながらバーダー教官は俺にあくどい笑みを浮かべ、その後すぐに俺の保護者たる親父に同意を求める。

 対する親父も一瞬だけ戸惑いの表情を見せた後、覚悟を決めたような声色で答えた。


「いいでしょう。タカーシの初陣は遅かれ早かれいずれ必ず訪れます。

 それが少し早まっただけのことですし、バーダー殿とうちのアルメがいるならば……」


 まぁ、親父はそう言うだろうな。

 このヴァンパイア、いい親父ではあるんだけどこの国の貴族としてのプライドはそれなりに高いし、我がヨール家の家名とかについても重く見ている節がある。

 騎士道というか、武士道というか。そういうのを重んじるタイプの魔族なんだ。

 そんな親父がこの状況でバーダー教官の提案を拒むことはあり得ない。

 むしろ(息子の晴れ舞台が来た!)とか思っているんだろうなぁ。

 俺が必死に嫌がっても親父の意志に変化は起きないだろうし、駄々をこねると逆に親父の逆鱗に触れてしまいそうだし。


 はぁー……はーぁー……。


 やっぱり行くことになるのかなぁ……?

 心の準備ができてねぇってば。

 訓練でもなければ模擬戦でもない。人間を相手に本当の殺し合いをする。

 そんな戦いに出ろと言うんだったらさ、せめて2、3日の猶予をくれよ。


 あぁあぁー……いくらなんでも、急過ぎて本当に嫌なんだけど……。


 しかし頭の中で必死に逃げる口実を探していた俺に、思わぬ所から助け船が現れた。


「ちょっと待て、バーダー。タカーシは我が軍所属のエスパニの息子だ。

 将来的には我が軍に名を連ねることになるだろうし、そちらの判断で勝手にタカーシの初陣を決めるな」


 バレン将軍だ。

 俺にはよくわからん理由だけど、どうやら俺の出陣に反対してくれるらしい。

 そんでもってなおさら理解できないけれど、ここでバレン将軍はなぜか殺気を帯びた魔力でバーダー教官を威嚇し始めた。


「ぬぅ!」


 その殺意を向けられたバーダー教官が低い声で唸りながらたじろぐほどの破壊的な魔力。

 もちろん他の幹部連中もバレン将軍の魔力に怯む。


 しかしそんな緊迫した状況の中で、俺はかろうじて冷静さを保っていた。

 バレン将軍が俺に対して一瞬だけ送ってきた優しい視線。

 そう。バレン将軍は人間に対する俺の想いを全部ではないが知ってくれている。


(タカーシ? お前にはまだ辛かろう。ここは私がなんとかしておくから、無理して戦場に行くことはないぞ)

 といった感じの視線だ。


 それをバレン将軍がこっそり伝えてきたため、俺はバレン将軍の魔力に警戒することなく、プレッシャーを受け流すことができたんだ。


 あぁ、なんて素敵な御方だろう。

 もうさ。バレン将軍に対する俺の想いは、“尊敬”を通り越して“神格化”しちまった。

 それぐらいに素晴らしい魔族だ。

 さっきバレン将軍が言ったように、俺は将来バレン軍に入ることになりそうだけど、正式にバレン軍に入った暁にはマジで忠誠を誓うわ!


 よし! じゃあ、ここはバレン将軍に上手く収めてもらいつつ、俺はもっかい荷車部隊に戻って! そんで引き続き、平和な肉体労働に従事しよう!

 うん。初陣の件はなんとか白紙になりそうだけど、これ以上ここにいると、また余計な仕事押し付けられかねないしな!

 今更だけど、俺の用事はとっくの昔に済んだんだ!

 じゃあ、こんな場違いなところとはさっさとおさらばしよう!


 唯一、バレン将軍の魔力に怯む様子のなかったラハト将軍が次にどう出るか気にな……


「バレン。アホなことを抜かすな」


 うわぁ。やっぱきたぁ。

 ラハト将軍、めっちゃ怒ってるぅ! しかもバレン将軍に負けず劣らずの魔力を放ち始めたし!

 おいおい、これ完全に一触即発じゃん。

 そもそもこの争いの原因はたかが俺ごときの事なのに、将軍級の2人が揃ってけんか腰になるとか、色々おかしくねぇ?

 もしかして……この2人って、実は意外と仲悪ぃのか……?


「アホとはなんだ? タカーシの身の振り方は我が軍の管轄。決定権は我が軍にある。

 貴様も、貴様の軍の幹部も出しゃばることではない。たとえそれがバーダーであってもだ。

 それとも何か? ラハト? それはつまり、貴様が我が軍の傘下に下りたいということか?」


「ふざけるなよ、バレン。そこのタカーシは我が軍所属のバーダーの教え子。

 今はバーダーの指揮下ということになる。貴様こそ出しゃばる場ではない」


 バレン将軍もラハト将軍も、ものすっごい穏やかな口調だけど、魔力といい殺気といい完全に臨戦態勢だ。

 しかもこの2人が立ち上がった瞬間に、机を挟んでいた両軍幹部も魔力を放ちながら立ち上がりやがった。


 そんな緊迫した瞬間に俺はにわかに湧き上がった尿意を必死に抑える。

 わかりやすく言うと、おしっこちびりそうだ。


 あと、そだな。

 俺の他には、アルメさんとバーダー教官がどうしていいかわからないって感じで両軍の魔力のぶつかり合いを見守り、伝令役の鳥の獣人は部屋の隅っこに退避し、顔を大きな翼で覆いながらプルプル震えてしまっている。

 伝令さん、こんないざこざに居合わせちゃってほんとドンマイ。

 俺のせいじゃないけど、原因が俺っぽいからせめて心ん中で謝っとくわ。


 それとさ。ヨール家の一員として目を覆いたくなるような光景も目に入ってきたわ。

 俺の親父。さっきバーダー教官の提案に同意しかけたくせに、今はバレン将軍とともにラハト軍を威嚇してやがる。

 コバンザメか? お前の息子として悲しくなってきたわ。


 でも両将軍はおろか幹部連中にも及ばないけど、親父は親父でなかなかいい魔力放ってやがるな。

 これが全力かな? まぁ、その点だけはちょっと見直したわ。


「ふざけるなよ、ラハト。タカーシは我が軍のものだ」

「同じことを何度も言わせるなよ、バレン。陛下に仲裁を申し出るか? それとも……今すぐケリをつけるか?」


 おっと!

 俺が親父の魔力に意識を向けている間に、本当にやばくなってきた!

 バレン将軍が椅子に立てかけてあった剣を手に取って前に歩き出し、その動きを見てラハト将軍も武器を手に取りやがった。


 こっから見ると俺の取り合いをする花一匁(はないちもんめ)みたいでなかなか滑稽だけど、そろそろマジでやめろ! みんな落ち着け!


「覚悟しろよ。混血の小娘がァ!」

「やかましい! 出来そこないの牛の獣人風情が! 我が軍の幹部候補はけっして貴様にはやらん!」


 しかし、ここで思わぬ悲劇が俺を襲う。

 次にラハト将軍が口にした一言。そのせいでバレン軍のみんなの殺気がいっせいに俺に向けられることになった。


「タカーシはなァ! 先日うちの軍の詰め所に来た時、我が軍に入ると約束しているんだ!」




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