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血まみれの悲槍編 7


「ドモヴォーイ族ごときのガキが。たった1匹で何ができようか。返り打ちにしてやるわ」

「うる……うるさい……突進しか能のないユニ……ユニコーンめ。た、“溜める”余裕なん……てあた、与えないぞ。覚悟……しろ」


 荷車の運搬という職務を忘れ、王子とドルトム君が道の脇に広がっているちょっとした野原で対峙していた。

 それどころか他の荷車部隊の魔族たちも何事かと集まり、野次馬の輪ができていた。

 あと、ちょっとムカついたけどその野次馬の輪から一歩前に出る感じで妖精コンビが決闘の様子を見守り、フライブ君に至っては決闘の見届け人っぽく両者の中央で右手を挙げているんだけど――君たち、何してんの?


「ドルトム君と王子? それじゃいくよ?

 ドモヴォーイ族とユニコーン族の双方に、勝利の栄光と名誉の死のいずれかがあたわれ……与えられんことを!」


 フライブ君が勝負開始のセリフの最後をちょっと噛んだっぽい。

 でも彼の名誉のためにも、あえて触れないことにしておこう。


 アルメさんを後方に従えながら“高速道路”のスピードで現場に向かっていた俺は、最後の跳躍でこの状況を視界にとらえ、同時に空間を漂う魔力の声を聴くことができた。

 うん、バレン将軍が言っていた“やっかいなこと”が起きてやがる。

 どいつもこいつもめんどくせぇな。


 だけどさ、なんでだろう? なんで誰も止めようとしないんだろうな?

 中世ヨーロッパのように、この世界でも決闘を止めるのは世間的にNGなのか?

 いや、でも今はそんなことをやっている場合じゃないんだ。フライブ君のお父さんを助けに行かなきゃいけないんだって。


 そもそも王子はバレン将軍に怪我を負わせるほどの魔族だ。ドルトム君が敵うわけがないし、下手したらドルトム君が殺されることになる。

 うーん。面倒だけど、こんな決闘はやっぱ止めないと。


「いざ尋常に! 戦い、始めっ!」


 フライブ君が大きな声とともに掲げていた右手を下し、ドルトム君が炎系魔法の呪文を唱え始める。

 対する王子も四肢の関節を柔らかく曲げ、地面に体を鎮めながら角に魔力を集中し始めていたが、俺はぎりぎりでその中間に割って入ることができた。


「その決闘、ちょっと待ったぁー!!」


 ふーう。

 ぎりぎり……そう。本当にぎりぎりだ。

 俺は王子とドルトム君に左右の掌を向け、お互いの殺気と魔力を遮る。

 王子とドルトム君が俺の登場に驚き、これでとりあえずは一安心。

 あとはこの2人を説得して……


 と思っていたら、ここで俺は野次馬たちから思わぬ集中攻撃を受けることになってしまった。


「ブーブーッ!」


 どうやら周囲の魔族たちは俺の行為が気に食わんらしい。

 野次馬ども、うっせぇな。


「タカーシ! 邪魔しないであげなさいな! これからいいとこだったのに!」

「タカーシ様っ! あぁ! もう! 種族の誇りをかけた決闘を止めるなんて! なんてことをなさるんです!?」


「この悪魔め!」

「そうです! タカーシ様は悪魔です!」


 あと、そっちの方でぶーぶー叫んでやがる妖精コンビのクソガキども!

 聞こえてっぞ! お前らはマジで黙ってろ!

 つーか、この決闘でドルトム君が死んだらどうすんだ!?

 お前らだって友達だろ!? 決闘を止める側に回れよ!

 なんでそっち側なんだよ!

 そんな奴らに悪魔呼ばわりされるいわれはねーわ!


「えぇーい! うるさーい!」


 観客のブーイングにブチ切れた俺は、思いっきり叫びながら魔力を放出する。


「ぐっ!」

「うおっ!」


 俺の魔力に気押された荷車部隊の魔族たちからこんな感じの声が聞こえてきた。

 これでも俺は上級魔族であるヴァンパイア。しかもそのヴァンパイアの中でも魔力が多い方とのことだ。

 そんな俺が全力で魔力を放出すれば、荷車部隊ごときの魔族たちを威嚇で怯ませるなんて簡単なんだ。

 軽く周りを見渡してみれば、妖精バカコンビやフライブ君たちだってちょっとビビってるしな。


「皆さん、少し黙っててください。でないと……皆さんの身がどうなるか……わかりますよね?」


 言葉の最後に少し脅しを入れ、これでうるさい外野が静かになる。

 さて、それじゃあ早速二人を仲直りさせてやろう。と思っていたら、ここで唯一、俺以上に強大な魔力を持っている魔族が、俺の気配におびえることなく話しかけてきた。


「タカーシよ。邪魔するでない。

 これは余と、そしてそこにおるちんちくりんの……いや、ユニコーン族とドモヴォーイ族の忌むべき歴史が作り出す……」うんたらかんたら


 そうだ。王子だ。

 魔族の国におけるエリート中のエリートであるユニコーン族。

 臨戦態勢に入っていた王子は今実際にものすげぇ魔力を角から放っているし、その魔力の強さはバレン将軍やラハト将軍とそん色ないほどだ。

 そんな王子が俺の魔力にビビるわけがない。


 あっ! そうだ! 思い出した!

 王子の野郎! バレン将軍の綺麗な体に傷をつけやがったんだっけ!

 説教だ! そういう悪ガキにはたっぷりと説教を――してる場合でもない!

 しかもなんか偉っそうに決闘の理由を述べてくれたんだけど、それどころじゃねぇ!

 一度は大人しくなった周りの魔族たちが王子の言葉に同調して息を吹き返しやがった。


「そうだそうだ!」

「いいこというじゃねーか、ユニコーンの坊っちゃんよぅ!」

「こっからじゃねーか!」

「ヴァンパイアだからって調子にのんじゃねーぞ!」

「邪魔すんな!」


 そんな言葉とともに、俺に襲い来る小石や木の枝。

 そんなに怒んなくてもいいじゃんよ。俺、迫害されてるみてーじゃん。

 っておい! ヘルちゃん!


「えい!」


 あのクソガキ、どさくさにまぎれてとても綺麗な投球フォームで俺に小石を投げ付けてきやがった。

 いや、魔力を放出して動体視力も上がっている俺からすれば、大した速さじゃないけど。


 じゃあ……。


「よっと。こっちこそ、えい!」


 俺はその小石を優しい動きでキャッチし、即座に返球する。


「ぐえっ!」


 俺の投げた石がヘルちゃんの頭部に直撃し、ヘルちゃんがコミカルな動きで後ろに倒れるのを脇目に、俺は即座に王子に視線を戻した。


「王子は僕と友達になりたいんでしょ!? つーかもう友達になったんじゃないのっ!? 違うの!?」


「え……? あ……うむ。余とタカーシは……お、お友達じゃ」


 なんでちょっと照れてんだよ! こっちが恥ずかしくなるじゃねーか!

 でも、じゃあ次!


「ドルトム君は? ドルトム君はどうなのっ? 僕と友達じゃないの!?」


「う、うん……ぼ……僕とタカーシ君は……お友達……だよ」


 あいかわらずドルトム君はもじもじしてて可愛いな、オイ!

 こっちが気恥ずかしくなっちまうじゃねーか!


 でも、これでもう言質をとったからな!

 ドモヴォーイ族とユニコーン族に何があったか知らんが、子供の喧嘩を楽しむほど俺は外道じゃないんだ!

 決闘だとか、過去の歴史だとか! そもそも、俺にとってそんなもんくそっくらえなんだよ!


「じゃあ2人は友達じゃん! なんで喧嘩するの!」


 友達の友達は友達。

 そんな理論を必死に語りかける俺は、1人の大人としてどうなんだろう。

 つーか今の俺、喧嘩の仲裁役としては恥ずかしいぐらいに子供じみた言動だと思う。

 小学生同士の喧嘩を仲裁する小学生……みたいな。


 でもまぁ相手も子供だし、変に理論じみた説教をするよりこういう論法の方が納得しやすいのかもしれん。


「うー……さようか……。

 しかし……まさかタカーシの友人にドモヴォーイ族がいたなんて……ひひーん。

 なんというめぐりあわせじゃ……」


「うー……わか……わかった。

 タカーシ君がそ、そう言うなら……僕、ご先祖様のしかえ、仕返しを……我慢する」


 ほら。

 双方完全に納得はしてくれていないっぽいけど、俺の意見にしたがってくれた。

 うんうん。2人していい子じゃないか。


 後は……そうだな。


「フライブ君も。それでいいね?」

「うん。僕は別に……」


 決闘の立会人っぽいポジションのフライブ君も納得してくれたので、一件落着だな。

 と思ったのもつかの間。ここでギャラリーの野次馬たちが再度ブーブー言い出しやがった。


「ふざけんな!」

「それがドモヴォーイ族の誇りか!」

「なっさけねぇなぁ」

「ユニコーンの方もなんとか言えや!」

「国王と同じ種族のくせにして、臆病なガキだな、おい!」


 あぁ……ガラ悪ぃな、こいつら。

 しかも、その発言内容……くっそ。これはさすがの俺でもブチギレそうだ。


 そもそもこいつらは荷車部隊という、いわば脇役。つーかザコ。

 40体だが50体だが知らんけど、この程度のやつら俺1人でいけんじゃね……?


 あと、そっちの“一つ目のサイ”みたいな化物?

 お前が文句言った相手、マジもんの王子だからな?


「あぁ?」


 目には目を。チンピラにはチンピラを。

 俺はさっきまでとはうって変わって、ぎらついた視線でそう言い、周りの魔族たちを睨む。

 同時に体から放出する魔力の量を増やし、その“質”も高くした。


「ほう。余に向かって戯言をほざいた命知らずはどいつじゃ?」

「ぼ、僕を……ドモヴォーイ族をば、馬鹿にしたなぁ?」


 しかも、周囲から罵声を浴びせられた王子とドルトム君も敵意の先を野次馬たちに変え、臨戦態勢を取り始めた。


 あれ? 俺が望んでいたのって、こういう流れだったっけ?

 なんか違うような……いや。もういいか。

 俺だって石ぶつけられたし……最悪やつらをどうしようとも、王子がこっち側についているからな。

 後でバレン将軍がなんとかしてくれるだろう。


 いやはや、さっきまで場違いな所に紛れ込んじゃってたからかな?

 それともこれから戦場に向かうからかな?

 なんかやたらと血が騒いできたぞ。

 よし。腕試しがてらにこいつらぶっ殺し……そうだ! 忘れるところだった!


 ヘルちゃんの野郎! さっきはとんでもねぇレーザービームを投げてきやが……あれ? いなくなってる?

 ん? ガルト君と一緒にいつの間にか野次馬の輪の外に行って……って、武器構えてるけど、俺たちとやり合う気か?

 いや、違うな。ヘルちゃんたちの魔力の敵意が向いているのは俺たちじゃない。

 俺たちとヘルちゃんたちの間にいる、ヘルちゃんに背を向けてこちらを見ている野次馬の集団に向けられているような……。


 ん? もしかしてヴァンパイアの子供たちを後ろから狙ってんのか?

 いや、間違いねぇ。乱闘が始まったらヴァンパイアの子供たちに襲いかかる気だ。

 マジなのか……?

 それもそれでどうかと思うけど……。


「ヘルちゃ……!」


 しかし、俺がヘルちゃんたちに話しかけようとした次の瞬間、新たな魔族がこの場に登場した。

 アルメさんだ。

 これまで野次馬の輪の外から状況を眺めていたんだけど、このタイミングで俺の背後にまわり、とんでもねぇ量の魔力を放出し始めた。


 んで、そんなアルメさんがここで登場したっていうか……俺たちと野次馬のいざこざはアルメさんの登場と彼女の威嚇により即座に鎮静化されてしまった。


「いい加減にしなさい。このヴァンパイアは我が主のご子息。この方に手を出そうと言うなら……私が相手になるわよ?」


 不敵な笑みとともにかっこよくそう呟き、魔力をさらに高めるアルメさん。

 ちょ、ちょっと待ってくれ。

 俺のために動いてくれたのはいいんだけどさ。

 アルメさん? アルメさんの魔力、これ、バーダー教官以上なんだけど!

 マジか? アルメさんの魔力ってこんなにすごいの?


 しかも、“量”だけでなく“質”もはんぱねぇ!

 バーダー教官に魔力を調査されたあの時以上に激しくて鋭い魔力が、俺の背中を襲っているんだけど!

 こっちが怖ぇぐらいだ!


 やっばい! アルメさん、マジやばい!

 さっきの本陣車両にいた幹部連中よりもえげつねぇ魔力じゃんよ! 見直したぞ!


「ちっ……」

「くそ……」

「なんで出てくんだよ……」

「……駿狼め……」

「いいところだったのに……」


 俺がアルメさんの殺気に耐えながら少し感動していると、野次馬たちが蜘蛛の子散らしたようにそれぞれの荷馬車に戻っていった。

 負け惜しみのようなやつらの台詞がちょいちょい耳に入ったので、興奮状態の俺はまたまたイラついてしまったけど、これで本当にひと段落だ。


「ふーう」


 でもさ、すっげぇ納得いかねぇんだけど、離れていく野次馬の代わりにこちらに近づいてきたヘルちゃんが信じられねぇ事を言いやがったんだけど。


「ちっ……もうちょっとで大乱闘だったのに」


 いや、ガルト君もだ。


「くっく。せっかく目の前に殺し甲斐のありそうなヴァンパイアの坊っちゃんたちがいましたのにね。

 これじゃタカーシ様の投石を甘んじて受けたヘルタ様の怪我が全くの無駄に……くっくっく!」


「そうよ! ちょっとタカーシ! ひどいじゃないですの!

 何もあんな速度で石を投げ返さなくったって!」


「ちょっと待って! 先に投げたのヘルちゃんじゃん!

 なんでそこで僕が責められんの!? おかしくないっ?」


「あったり前でしょう! せっかく“タカーシたち”対“野次馬たち”の構図を作って煽ったのにぃ!

 決闘がなくなったんだから、それぐらいの乱闘させなさいな!

 あいつらぶっ殺して荷車部隊壊滅させつつ、その腕っぷしを上に認めさせて主戦力に加わるという私の計画がおじゃんですわ!」


 その為に俺に向かって石投げたのか?

 俺が怒り出すように?

 ありえねぇだろ。いや、友人としてそれはマジでありえねぇだろ!


 よし、あったまきた。ここは俺がブチギレていいはず。うん、ブチギレよう。


「はぁーあ? 何それ? よくもまぁあの状況でそんなことを……?」


「あの状況だからじゃないの!

 むしろタカーシはそれぐらいの計画を理解してなかったんですの?

 ということは、理解してなかったのに私に石を投げ返したんですの!?

 ちょっ、タカーシ!? そこに座って謝りなさいな!

 私の綺麗な顔に傷がついたんですのよ!」


「知らないよ!

 てゆーか、今自分で“綺麗”って言った?

 はぁーあ? ヘルちゃん、調子に乗りすぎじゃねぇ?」


「ちょっと待ってください、タカーシ様? ヘルタ様はお母上に似て非常に綺麗なお顔立ち。

 それを否定するというのならば、このガルト、たとえ相手がタカーシ様といってもただでは……」


「おぉーし! やるか? そこまで言うんだったら2人まとめてかかってこい!」


 んでもって新品の剣を鞘から抜こうとする俺。

 その動きを見て、ヘルちゃんが背中に背負っていた魔法のステッキを取り出し、ガルト君も武器を抜く。


 よし、そっちもやる気だな。

 ならお仕置きタイムだ。


「いざ、尋常に!」


 しかしながら次の瞬間に背中から呆れたような声が聞こえ、俺は我に返ってしまった。


「いや、タカーシよ? 少し落ちつけ。友人同士で喧嘩をしても仕方なかろう?」

「そ、そうだよ。喧嘩なんて……や、やめようよ」


 この2人。さっきまで自分たちが決闘をしようとしていたくせに、それはないだろ……?

 俺がバカみてぇじゃん。


「あっ、うん。そだね。ごめん」

「あらそう。ちゃんと謝るならさっきの蛮行は許してあげますわ」

「いえ、ヘルタ様? もう1つ。ヘルタ様の美貌を侮辱したことを謝罪してもらいませんと」

「そうね。タカーシ?」

「うん。それもごめんなさい。ヘルちゃん可愛いのに、僕酷いこと言っちゃった」

「うんうん。そうでしょうそうでしょう。私は間違いなく可愛いですわ」

「さすがタカーシ様。よく出来たお子様です。これにて一件落着です」


 あとさ。この流れもおかしくね?


「タカーシよ。これに懲りて、二度と友人に剣を向けるでない。よいな?」

「うん。わかったよ、王子」


「タ、タカーシ君? 冷静に……な、なった?」

「うん。なった。ドルトム君も……心配掛けてごめんね?」


 うーん。結局……俺が悪いのか……?


 まぁ、いっか。

 いや、全然よくねぇけど……そうじゃなくて、なんか重要なことを忘れているような。


「タカーシ様? バーダー教官が軍列の先頭で待ってますよ。早く戻りましょう」


 そうだった。

 戦いの用意して、そんで皆と一緒にフライブ君のお父さんを助けにいかないといけないんだった。


「みんな! フライブ君のお父さんの救援部隊に僕たちが選ばれたんだ! 急いで戦う準備して!」


「え? お父さんが? お父さんに何かあったの?」


「いや、大丈夫! でもフライブ君のお父さんたちが苦戦してるかもしれないから急いで!

 途中でバーダー教官とも合流するから、皆で戦場に行こう!」


 その言葉に、フライブ君があわてて荷車に戻り、自身の鎧を手に取る。

 他のメンバーもそれぞれの武器や小荷物を持ち出し、俺たちは戦場に向けて走り出した。




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