「私はグルナなの! 皆よろしくなの!」
天真爛漫な笑顔を振りまきそう挨拶した少女は、とても国内最強クランを壊滅させたとは思えなかった。
今はシルフィアと手をつなぎ、姉と妹みたいに歩いている。
俺もなぜか手を繋いでいるので、さしずめ兄といったところか。妹は一人で十分なんだがなぁ。
……なお、恨めしそうにこちらを見ているルナイルとジト目で見つめる陽彩は気にしてはいけない。
ティアは犬枠なのでノーカウント。そのわりには真っ赤で九尾だろ、って? それも気にしてはいけない。
「んで、シルフィアさんや。そろそろ事の真意を聞かせてくれませんかね。向かってる方向が【
「まぁまぁ、それはこれを見てくれればわかるはずだよ」
そう言って指さしたのは、かつて俺が夏に訪れた【常夏の清流】の臨界ギルドだった。
「いい思い出と嫌な思い出が同時に蘇ってくる……」
「確かにいろいろあったわね……レイがとんでもない速さで海に突っ込んでったときは目を丸くして驚いたわよ。死んだようにうなだれるレイを頑張って陸まで運ぶの大変だったんだから」
「いやぁ、あのときはすんませんした」
「いったい何をしてるんだ君は……あのかっこよかった姿はなんだったのか……」
陽彩の声が段々としぼんでいく。
難聴に悩まされる俺は聞き取ることができなかったが、聞き返せるような雰囲気でもなかった――皆が意味深にニヤけていたからだ――ので、仕方なくスルーすることにした。
「ふふっ、伶も罪な男だね」
「結構しっかり罪な女を連れて歩いているシルフィアが言えることではないぞ」
「伶に皮肉られるなんて……私泣いちゃう」
「シルフィアは強いから泣かないだろ。俺は知ってる」
「えへへ、伶ったら~!」
なんとかご機嫌にできてよかったぁ!!!
シルフィアにはずっと笑顔でいてほしいからね、仕方ないね。
俺は二度と皮肉るまいと固く心に誓ったのだった。
「なぁルナイル。伶はずっとこんな調子なのか?」
「シルフィアに対してはね。ま、まぁ? あたしにもたまにやってくれるけど?」
「何と張り合っているんだ……」
どうやら陽彩はツッコミのようだ。俺だけじゃ捌ききれなくなってきていたからとてもありがたい。
「探索者カードをご提示ください」
ギルド職員の言葉に、俺たちはそれぞれカードを提示した。グルナは特別私人逮捕者、ティアは魔獣のペットということで受付を通過し、俺たちはあの夏の思い出の場所へと舞い戻ったのだった。
「ここは手間を省くために――《|空間掌握《ラウンドウィズダム》》」」
肌で感じるほどの膨大な魔力。それが、このダンジョン全体に広がっていった。
「精霊、手伝って」
その言葉に、陽彩の瞳が揺らいだ。
きっと何かが見えているのだろう。俺には魔力を見ることと透視くらいしかできないので羨ましい。いや充分すごいことは自分でも分かってるけど!
「――よし。このダンジョンの全てを把握した。《転移》」
すると、再び景色は切り替わる。
ここは恐らく、俺が落ちた地下だ。潮の匂いとひんやりとした空気が記憶を呼び起こす。
といっても、明かりがないのであんまり見えない。〈天空眼〉を使うことでやっと広い部屋であることが理解できた。あの時には来ていない場所だろう。
「それで、ここの
床が光りだし、いつも召喚するときみたいな魔法陣が現れる。
転移魔法陣とは少し違うと感じたのは気のせいではあるまい。
「さ、移動するよ」
「移動!? って、どこにだよ」
「目的地」
「目的……あぁ!」
数秒考えこみ、やっと答えにたどり着いた瞬間には光が最高潮に達し、見覚えのある景色に目を焼かれながら浮遊感を覚えていた。
「あら、久しぶりですわね、伶。シルフィアとグルナも。それに……あとは初めましてかしら」
「この声――ユーフォスさん!?」
「覚えててくれたなんて嬉しい! 会いに来てくれなくて結構寂しかったんだから」
かつてシルフィアがぶっ壊した壁の中の、ゴシックな部屋にユーフォスさんが座っていた。やはり仕事ができそうなお姉さん然としている。
「本当はランク制限的に入れないので仕方ないですよ……」
「れ、伶……あの人、魂の色が根本的に人間と違うのだが!?」
「そっか、皆知らなかったな。紹介するよ。彼女は魔族のユーフォスさん。それで、金髪のがルナイルで――」
それぞれを軽く紹介していく。
ふむ、俺とシルフィアはともかく、グルナのことまで知っているとは何か引っかかるな。
俺が召喚していない、異世界の人間。いったいどうやってこちらにやってきたのだろうか。なぜだか、既に俺はその答えにたどり着くまでのピースを持っているような気がする。
「まぞく……ぼくの知らない言葉だ」
「俺もよく分かってない。肌の色が違うくらいしか正直差異はないと思ってる」
「ほんとは結構違うんだけどね。それじゃあ到着したことだし――」
ニヤリ、と含みのある笑みを浮かべたシルフィアは、陽彩をまっすぐ見つめて意味不明なことを言った。
「陽彩ちゃん。
「「「…………はぁ?」」」
グルナが「しょうじょー! なの!」と一番意味不明だった単語を復唱した。それが現実を突き付けられたように思えてならない。
陽彩も俺もティアも、あっけにとられて疑問の言葉をひねり出すのに時間がかかった。
「ぼ、ぼくにはそんなことできないぞ! 魂は変えれても身体をなんて!」
「いや。魂は身体を構成する要素であり、設計図。つまり、今の状態から少女になるように設計図を操作すればいい。それは人間の男である伶も、獣のメスであるティアも変わらない。ただ工程が少しばかり違うだけでね」
「シルフィアお姉ちゃん、細かい作業苦手だもんね!」
「ちょっ、まるで私が不器用みたいな言い方!」
「どっかーん! する方が得意なのはグルナ知ってるよ! 拳が教えてくれたもん!」
脳内で処理できずに硬直している俺たち。その犯人もどうやら幼女にダメージを与えられて頭を抱えて動かなくなってしまった。
話が進まねぇよ!
「や、やればいいんだろう! 失敗しても知らないからな!」
「失敗したら俺とティアが死にません?」
「文句はシルフィアに言ってくれ!」
「あっ、はい」
どうやら俺は死ぬようです。今度は魂をいじくられて、という摩訶不思議な方法で。
数多の死地を潜り抜けた俺でも、さすがにこれはどうしようもないかなぁ……
――自力で走馬灯を思い浮かべ、死ぬ用意をばっちり決めて数十分。
シルフィア先生による教えが功を奏したのか、陽彩が「成功だ!」と喜んだ。
何も起こっていないじゃないか、そんな不満を身体で表すように腕を組むと――ふにゃり、という感触があった。
「あれっ?」
聞こえてくる声は青年の声ではなく、少女のもの。
「もしそうなら、となると……」
こっそり手を下腹部に伸ばす。
「……!!!!!」
ない。今まで共に生き、共に泣いた友が、きれいに消滅しているのだ。
「えっち」「変態」「もう……」「はっ、恥を知れっ」
なお、女性陣からは罵倒の数々をいただきました。こんなんなんぼあってもいいわけねぇですね。心が痛い。
「俺、女になったのか……」
「ほら、これ鏡」
ユーフォスさんから手鏡を受け取る。
そこには。
「なんだこの美少女。くっそかわいいな」
「自画自賛が酷いだろう……ただ、ぼくも可愛いと、思う……」
恥ずかしがったような声で陽彩が褒めてくれた。やったぜ。
「わ、ワタシのことも忘れないで!」
その声がする方向を見ると、そこにも美少女が立っていた。
赤い髪の毛は長く、野性味が溢れている。
真っ赤な瞳は獰猛で、呑み込まれてしまいそうな恐怖を秘めている。
背中の方には九本の尻尾も見える。それと耳も。これらはどうやら変わっていないようだ。
それに加え、なんとも都合よく服も出来上がっていた。覇王の如き威容に包まれたティアは、
「さて、用意は整ったよ。それじゃあ伶、いつものスキルをここで使って」
「――なるほど。全てが繋がった」
小さな欠片を拾い集め、ようやく
「シルフィア、『その場所』の名前は」
「アトラ。あとはもう、伶なら」
「無論だ。いざ征かん! 目的地――
白い光に包まれ、俺――私たちは、世界を越える。
希望と絶望の始まりの境界線を、この手で、この足で越えたのだ。