「っ、ここは……」
「わーお。まさかここに出るとは……」
目を開けた先に広がっていたのは、大きな屋敷とその庭園だった。
どう考えても規模が普通の邸宅ではない。大豪邸だ。それこそ貴族が持つような。
「ね、ねぇレイ。今何が起きたの? いつもの召喚とは全く違うけど……」
「あぁ、いやなに、そんなに難しいことじゃないよ。俺のスキル〈召喚〉は、美少女しか召喚できないってだけさ」
「ん……?」
「すまないが伶、ぼくにも分かるように教えてほしい」
ルナイルだけでなくルナイルにも教えを請われたので、脳内で言葉をまとめてゆっくりと口にしていく。
「そもそも〈召喚〉には、ただ呼び出すだけでなく、移動させる力も含まれている。それはユーフォスさんやグルナが実際に示してくれた。ティアだって人の姿になれば美少女だと分かったんだから、俺も美少女になれば召喚対象になるのは当然だ。スキルの制限があるせいでみんな気づいていないだけだろうな。『自分を召喚する』なんて発想自体、これまで思いもしなかったし」
「ほぉ……! さすがレイね!」
「そうか、スキルの性質はまだ……」
解決したとばかりに表情を明るくするルナイルに対し、何やら考え込む素振りを見せる陽彩。二人がどうにも対称的に見えて仕方ない。
すると、屋敷の玄関から急いだ様子でこちらへ向かってくるメイド服の女性が現れた。
「お嬢様……!? いったいどうされたのですか!?」
「アナ! 久しぶり。元気にしてた?」
「『元気にしてた?』じゃないですよ! お戻りになるかどうかも分からないと仰ってたではありませんか!」
二人の会話から察するに……
ここ、もしやシルフィアの実家なのでは?
そうなると辻褄は合う。伯爵家という上級貴族なら屋敷や庭園の規模にも納得がいくし、メイドがシルフィアの事を知っていて、かつ知己のように話すのなんてそれくらいしかあり得ないだろう。
「もう、アナったらそんな心配してくれてたのね。ありがと」
「お嬢様っ……」
茶髪のアナさんはかなり美人だった。
年齢は恐らく四十路はいっている。だが、放つ雰囲気が若々しい。
「そういえば、ご当主様には挨拶されないのですか? 魔力の反応から察するに、今帰ってきたばかりなのでしょう?」
「あー、どうしよっかな。パパ……うん……」
「今パパを呼んだね!?」
「「「うわぁ!?」」」
シルフィアの小さな呟きに、10倍くらい大きな声で反応した男がいた。あまりの大声に、俺たちは皆驚いてしまう。
その方向を見ると、身なりの良い壮年の男性が一人立っていた。
ということは――
「もうパパったら……あんまりおどかさないであげてよ」
「だって! もう半年も会ってなかったじゃないか!」
「わりといつも半年くらい開けてると思うんだけど……あと皆が困ってるから一旦落ち着いて」
「……おっと、これは失礼した」
シルフィアに注意された瞬間、声が変化した。「娘を溺愛する父親」から、貴族の当主に。一気に威厳が増したように思えるが、先程の姿を見た上だと取り繕っているようにしか見えない。思い出したら笑うタイプだこれ……
「私はユニティ帝国アヴァイセル伯爵家当主、ハーランド・アヴァイセルだ。よろしく頼む、娘の友人殿」
「これはご丁寧に。私はルナイル・ブラウディカ。さすらいの商人にございます」
ルナイルは一礼し、穏やかな笑みを浮かべながら続ける。
「シルフィアとは旅路にてご縁を賜りました。不束者ですが、以後お見知りおきを」
「おぉ、あのルナイル殿か! そなたの噂はここ伯爵領まで聞こえてくるほど。もし暇があれば一つ商談でもどうだろうか」
「それは大変光栄な話でございます。こちらこそ、ぜひお願いしたく思います」
……すごい、ルナイルが過去一しっかりしてる。
いつも会話の一番槍を担ってくれるのは一見地味だが本当に大切なのだと心の底から思える。
それに、やっぱルナイルもめっちゃ可愛いんだなと気づいた。シルフィアばっか見てると盲点になってしまうんだな、反省しないと。
「グルナはグルナ・トルバネイトなの! シルフィアお姉ちゃんのお父さん、よろしくなの!」
「かの
グルナはいつも通りの調子で快活に名乗った。
俺なんかいきなり父親登場してビビってるってのに……怖いもの知らずなんだろうな……と思ったが、怒ったシルフィアは怖がってるわ。やっぱシルフィアは最強。
「えっとね、パパ。ルルちゃんとグルナちゃんはともかく、他は色々事情があってね……」
「シルフィアの頼みなら深くは聞かないが……顔立ちから察するに異邦の者なのだろう。別にカタスティック公国の者であっても排斥するつもりはないが」
「伯爵閣下。私たちは異邦のみならず――異世界の者なのです」
俺の呟きに、ハーランドさんは顔を驚きに染めた。
◇
「おい、あれ見ろよ! もしかして【千魔剣戟】じゃないか!?」
「うわ本当だ……! 美しいとは聞いていたがこれほどとは聞いてねぇぞ!」
「他の6人はパーティーメンバーか? 最近は皇国の仕事につきっきりと聞いたんだが」
「黒髪が二人、赤髪が二人、外套で見えないのが一人、金髪が一人。かなり珍しい組み合わせだな」
「あんまり見ないよな、あの色。帝国出身には見えない」
どうも、とんでもない数の民衆に囲まれてる女体化男子高校生こと、朝宮です。
ここは帝国の中心部であり、首都である「帝都」。
実家への挨拶とかいう婚約者がやるべきイベントをこの状態で乗り切った俺たちは、《転移》で移動して帝都観光と洒落込みに来ていた。
風景は完全に西洋だ。
綺麗な建物と石畳、そしてとんでもなく大規模な街。
異世界に来たという実感はないが、少なくとも知らない国にいる感覚にはなった。海外旅行なんて何年ぶりだったかなぁ……
「そうだ、少し進むと露天が並んでる場所があるの。皆で食べ歩きでもしない?」
「賛成!」
「あたしも!」
「ぼくも賛成だ」
「肉! 肉をちょうだい!」
「私もいただこうかしら。あ、確か帝国ってクロノス硬貨よね。いくら持ってたっけ……」
「ふっふっふ。気にする必要はないよ。今日は私の奢りだー!」
「「「おぉ!!!!」」」
それから俺たちは、串焼きやらスープやらを食べ歩いた。
年上とはいえさほど年の変わらない少女に奢らせるのはなんとも心が痛むが、クロノス硬貨とやらはあいにく一つも持っていない。日本円もとい財布は持ってるんだけど。
「ん~! もしやこの旨さは魔物の肉なのでは?」
「お、さすが伶、鋭いね。魔物肉と家畜の肉の違いは中々見分けれないからラッキーなんだよ。人によってどっちのが仕入れが安いかは違うから」
そんな感じで豆知識も聞きつつ、シルフィアは街の中心部に向かっていく。
慣れない俺と陽彩とティアは戸惑いつつだったが、ルナイルとグルナは目的地を理解したらしく、足取りに迷いがない。
あるいて数十分。シルフィアが立ち止まった場所は、石造りの教会のような建物だった。
宗教には詳しくないが、明らかにこれが大きなものであることは分かる。
「――シルフィア・アヴァイセル。迎えにあがりました」
すると、教会から一人の女性が――不思議な雰囲気を放つ翡翠色の髪をしている――出てきた。
彼女の両腕は黄金に輝く半透明のなにかで構成されており、明らかに異質だと本能で理解した。
「さっすが【千里の巫女】様。簡単にここまで来ちゃうんだ。どうせ【千変の巫女】様が私の帰還を“視た”んだから迎えに来てくれたんだろうけど」
「その通り。さぁ、こちらへ。皇国にて教皇猊下含め聖人が集結している。残りはそなたとグルナ・トルバネイトのみ」
「分かった。それじゃ皆、次の目的地はグライディア皇国だっ!」