グライディア皇国。
それは、シルフィアが所属するセレステル教の総本山として有名な国家――無論、シルフィアから聞いた話でしかないんだけど――だ。
目の前にいるのはどうやら千里の巫女というらしい。
これは以前聞いた
といっても残念ながら詳しくは知らないので、両腕が不思議な状態になっている理由も俺には見当もつかない。
「それで、どうやって皇国まで行くんだ?」
「教会には各都市を繋ぐ転移魔法陣があるんだよ。それを使えば一瞬で海を超えて行けちゃうってわけ」
「ふわっとして楽しいの! でも、何度もやると魔力がいっぱいなくなってすっごい疲れるの……」
「ダンジョンじゃないから魔力の供給源は使用者になるんだよね。ま、伶なら数百回くらいできそうだけど」
「本当なの!? それじゃあ今度一緒に遊ぶの!」
「あ、あぁ。時間があったらな」
「やったー! なの!」
無邪気な笑顔で喜ぶグルナ。
やっぱ妹が増えたような感覚だ。年齢も近いはず。まぁ、性格には雲泥の差があるけど……
「……こちらへ」
無表情ではあるものの、どこか呆れたような物言いで教会の中に案内される。
中はステンドグラスから差す光で照らされていた。
神聖さが至る所から伝わってくるが、ひんやりとした空気がどこか対称性を感じさせる。
「行き止まりだな」
「伶の目なら見えるはずだよ」
「……なるほど。〈天空眼〉」
教会の中は広いが、椅子と楽器と云々などしかなかった。
だが、いざ見てみると、地下へと続く道があることに気がついた。
普通に見ているだけじゃ絶対にわからなかっただろう。やはりこの目は便利だ。
「そこが隠し扉になってるのか」
「そうだよ。そこから転移部屋に移動できるってわけ」
千里の巫女は隠し扉を慣れた手つきで開けた。
意外にも入口は大きく、2メートルくらいの高さにまでなった。どんな構造なのかは今度親父に聞いてみるとしよう。
「人間はこれだから滅ぼしづらいのよね……こんなの見つけれるはずがないもの」
「ティア、怖いからやめようね……あと人間らしく振る舞って……種族がバレたらまずいから人間になってるんだよ」
「あら、そうなの? てっきりレイとお揃いにしてくれたのかと」
なんとも能天気なことである。
S級冒険者が全力で警戒する生物を一般市民の前に放り出すわけには行かないんだが。
――そんな事を話しながら通路の中に入っていく。
辺りは洞窟のようだった。足音が幾重にも反響し、その深さや広さは伺い知れない。
なお、この眼で見たところ、いくつも分岐した道があるだけでほとんどまっすぐ進むだけのようだ。遠くの方に魔力を感じる部屋がある。一回だけ右折するのか。侵入者対策なのだろう、よくできている。
「れ、レイ……服の袖を掴んでてもいいかしら……?」
「何をそんなに怯えてるんだよ」
ルナイルが震えた声で助けてほしそうにしていた。断りはしないが、いったい何を思ってのことだろうか。
しばらく思案していると、結論に辿り着いた。
「幽霊が怖いのか?」
そう問いかけると、ルナイルは機械じみた動きで首肯した。
「大丈夫、どうせそういうのとかいないって。別に掴むのはいいけど」
この眼にすら映らない存在に怯えるなど、全く意味のないことだ。
最悪全部切ればいい。というかそれ以前に陽彩がどうにかしてくれる。
「そうだな。幽霊はいないが、魂はそこら中にある。ほら、ぼくの手もとにも――」
「ひぃっ!?」
陽彩が怪しげな笑みでルナイルを驚かせている。なんだか可哀想と思っていたら、袖を掴むだけだったのが腕までがっしり掴み始めた。
……男じゃなくって本当に良かった!!!
すまない友よ、今はお前の不在を喜ばせてもらう……っ!
「……着いた」
今度は明らかにジト目になっている巫女が到着を告げる。
先ほど確認した場所で間違いないようだ。
「伶、魔法陣の中心に乗って。皆は少し離れて囲うように」
俺が魔力供給役になるのは決定事項のようだった。まぁ、妥当ではあるが。
「んじゃ、行くか――!」
魔力を魔法陣に流し込むと、だんだんと魔力の奔流がうずまき始めた。
数秒後、その流れは俺たちを浮かせ、遠く離れた地へと運んでいく。