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#3:たすけて

 よく晴れたとある冬の日曜日。

 僕は柄にもなく外に出ていた。


 ――無論、ダンジョンに潜るためだ。

 何かあったときのためにカメラを持っているものの、使う予定はない。そもそも配信するつもりもない。


 あれから半年近く。

 カメラがあったことで招かれた出来事が色々あったが、探索者は配信せずとも防犯対策だのなんのでカメラの所持を推奨されているのだ。


 そもそも、「人生何があるか分からない」ということを身をもって味わわされたので、朝宮くんがこの場所を離れるまで配信をしないつもりでいた。具体的には高校の卒業まで。


 理由は単純明快で、クラスメイトに同姓同名で同じ声の同じ名前の人がいるからだ。気付いたようには見えないが、あまり近づきたくはない。


 僕のような陰キャにはああいう人の視線がどうしようもなく怖いものだから。


「……ここに行くか」


 今日僕が潜るのはB級ダンジョン【黒の洞窟】。

 初心者用ダンジョンみたいな名前とは裏腹に、過去に、現在の総理大臣である不破さんが激闘を繰り広げたとされる歴史と伝統のある高難易度ダンジョンなのだ。その際に東京から名古屋に吹っ飛んだのだそう。


 魔物の数も多く、噂では「何かが封印されてる」とかなんとか。


 正直、その噂に心惹かれたのもある。


「早速行くとしよう」


 受付を済ませ、いざダンジョンへ。


 ――中は普通の洞窟のようだった。黒要素も今のところはないが、果たしてどうなることやら。


 それから少し歩くと魔物を見つけた。全身が真っ黒になっている牛の戦士、ミノタウロスだ。

 片手に握られている大きな戦斧は、いとも容易く人の首を断ち切る鋭利さを持っている。


 これが黒の由来か、と感嘆しつつ、スキルで消し飛ばした。


 更に進んでいくと、大きな鎌を持った死神の如き風貌の魔物がいた。あれには見つかりたくない。スキルの射程距離はそこまで長くないため、近づかなければ倒すことはできない。


「〈暗澹陽炎シェイズ〉」


 回避ではなく気づかれないためのスキル。

 それを発動すると、己の姿は影のみに成り果てた。


 さぁ、後ろから奇襲してやる――そんな事を考え、心で下卑た笑みを浮かべて一歩を踏み出す。


「……あれ、なんかバランスが」


 あまり運動していないからガタが来てしまったか。まだ高校生なはずだが……まぁいい。もう一歩踏み出してみよう。


「あれ?」


 今度は明確に違和感があった。

 足が地面に沈んだかのような感覚だ。


 おかしい。このスキルはあくまで影になるだけであって影に沈むものではない。ただの隠密系スキルであり、あくまで透過などはできないはず。


「……足まで沈んでる……」


 そうだ、あの死神の能力かなにかのせいに違いない。きっとそうだ。今も笑ったような骸骨顔でこちらに近づいてきている。


 ……あれ、気づかれてる?


「〈潜影消滅ヴァニシェイド〉!」


 だが残念、そこはスキルの射程距離だ!


 これでもう問題はないな。さて、足を引き抜いて――


「膝がっ……!」


 嘘だ、だってもう倒したじゃないか!

 なんで膝から腰、胸元って――


 ◇以下三人称◇


[なんかいきなり配信始まったんだが!?]

[仕事中だったけどトイレで見てるなう]

[日曜日の昼間にいきなりゲリラえぐいw]

[にしてもなんで音が聞こえないんだ?]

[本当に大丈夫なのかこれ]

[配信タイトル「たすけて」ってどうなってんだ!?]


 いきなり始まった半年ぶりの配信。

 その通知を受け取った登録者たちが一気に流れ込み、同時接続者数はものの数分で数万へと膨らんだ。


 しかし、画面にはかすかに何かが写っていることがわかる程度の暗闇しか表示されておたず、音も聞こえない。

 それを怪訝に思った視聴者たちが、疑問と心配のコメントを書き込んでいく。


「……今、緊急でカメラ回してます」


 ようやく聞こえた配信主の声に、チャット欄が盛り上がる。

 だが、どうにもまともな状態ではない様子に心配するコメントが増えた。


「『なにがあったんだ』……【黒の洞窟】に潜ってたらいきなり身体が地面に沈んでしまったんです。その後初配信のときにみた天使みたいな奴らがいっぱいいる場所に落下して、捕まって牢屋にいます」


 緊迫さを感じる小さな声で告げられた言葉は、あまりに衝撃的なものだった。


 あまりの情報量に、チャットは時を止めたように動かなくなる。


「……もしやネット死んだ? 最悪だ……このまま僕は……」

[いやいやいやw]

[大丈夫……なのか?]

[訳がわからなすぎる]

[この男はどう頑張っても死ななそう]


 そんな掛け合いに視聴者たちの緊張がほぐれてきた頃。


 牢屋前の通路の端っこから、明るい何かが近づいてきた。

 コツ、コツという足音を響かせているため、人間か天使かだろう――と皆が思った瞬間だった。


 そうして姿を現したそれは、予想を裏切るものだった。


[!?!?!?!]

[顔に見覚えしかないけど見覚えのない翼あるんやが]

[なんでこいつおるんや……]

[ギルドのトップが牢屋の前歩いてる!?!?!?]


 全身を白く彩ったその男は、紛れもなくかのグランドマスターその人であった。


 自らも一探索者として顔は知っていたイラードは、その登場に驚くとともい顔を引きつらせた。


「くっくっく……申し訳ありませんねぇ、こんなところに閉じ込めてしまって。でもまぁ安心なさい。あなたは運命を見届ける者になるのですから」


 その言葉の――「運命」の意味が分かる斧は、視聴者を含め誰一人としていなかった。


 白矢は満足そうな表情のまま指を弾き、その場から姿を消す。


 直後、世界に異変が訪れる。


[なにこれ地震!?めちゃ揺れてる!]

[なんか空に浮かんでるんだけど!?]

[もう何なんだこれ!!!]


 ――この瞬間を以て、天使による侵攻は開始された。それを人々が思い知るのは、少し経った後の話である。


 ◇


 果たして、何時間が経っただろうか。


 少しだけ持ってきた食料をつまみながら、そんな事をぼんやりと考える。


 今や僕のチャット欄は幻想災害による被害の連絡や情報の飛び交う掲示板のようになっていた。

 自分のいる場所が恐らく「天空城の中」であることを知った瞬間から、僕は何かを言う気力も失せ、来るかも分からない助けを待つばかりになっていた。


 無論、脱出したっていい。スキルを使えばそれくらいはできるだろうから。


 だがやる気は起きない。天使がたまに見回り来るし。怖いし。


 「天使は前倒したじゃん!」とコメントが来るが、前回のより放つ魔力が圧倒的に違うのだ。数倍違う。


 僕と陽キャくらいの差があるのに、どうして倒そうと思うだろうか。多分気づかれた瞬間首が飛ぶ。


「はぁ……」


 ため息をつきながらコメントを見ると、こんなことが書いてあった。


「総理が探索者の派遣を発表……?」


 どうやらS級の人たちが助けに来てくれるらしい。影が薄い僕を助けてくれるとは思わないが……期待してみるのも悪くないと思った。


「――なんか足音が」


 視聴者も反応が薄くなってきた何度目かの足音。

 どんな姿だろうか、と人間観察気分で見ていた。


「伶、そこの牢屋に魂が見える。すごく薄くて希薄だ。もしかしたら死にかけかもしれない」

「天使しかいない城に弱った人間一人だけ? ほんとよくわからんねここは……」

「とりあえず助けてみよう。伶、それでいい?」

「もちろんですとも!」


 幻聴か、聞き覚えのある声がした。


[おいおい待てこれは!?!?!?]

[ここにいる人間は数人しかいないはず!!!!!!]

[ktkr!!!!!!]

[キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!]


 何度も配信に写し、互いに知名度を上げた人。

 そして、クラスメイト。


「――あ」


 英雄【万花】が、ついに登場したのである。



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