首相官邸を出た俺たちは、天空城へ向かう方法を考えていた。
上空にあるということは、直線距離でもかなり――距離感は掴みにくいが、数百キロメートルくらいだろう――離れているはずだ。いくらこの足があろうと、1キロメートルだって飛べるとは思えない。
「……どうやって行くんだこれ」
悩みが膨らみ、つい口から溢れてしまった。
それに反応したのは、人の身体を満喫中のティアだ。
「前のスタンピードの時、ワタシの背中に乗って移動したわよね。あの姿に戻れるならそうしてもいいけど……」
「陽彩、できそうか?」
「――シルフィア先生、またぼくに教えてくれると助かる」
判断は一瞬だった。
覚悟を決めたような顔で、先生に教えを請おうとしている。
一方、先生はなんだか嬉しそうな表情になり、「いいよっ! このシルフィアさんに任せなさい!」なんてのたまっている。
数分後、ティアは美少女から獣の姿へと姿を変えた。
なんだか名残惜しいような、懐かしいような。
「でもこんな人数、ティアだけで運べるのか?」
「まずシルフィアは自力で飛べるでしょ! これで残り3人」
「ひどいよぉティアちゃ~ん!」
とても可哀想ではあるが、まぁ仕方ない。俺らは飛べないのだ。
え、お前には翼があるだろ、だって? 翼があるから飛べると思うなよ。授けられた翼は世界に羽ばたくためのものであって、空中に浮くものではないのだ。
「“おいで”」
ティアが放った言葉には、魔力が乗せられているのを感じた。
直後、現れた魔法陣から、白い虎が現れる。
「久しぶりだな、ティア。2日ぶりだなんて、本当に寂しかった」
「しゃべったあああああああ!?」
あれ、ダンジョンの中でお会いしたときは何も言ってなかっただろ!? なんでいきなり流暢に人間の言葉喋っちゃってくれてるだよ!
「そう言えば、会うのは二度目になるのか。伶殿、お話は妻のティアから聞いている。俺はラウン。どうぞよろしく頼む」
「よ、よろしく……」
なんだこの喋り方は。堅物感溢れるな。
良く言えば騎士っぽい。悪く言えば頑固そう。
しかも声も低めでかっこいい。憧れちゃうわね。
ともかく。白虎のラウンくんとも会話できるようになったわけだ。
「あなた、レイだけ乗せてあの城まで行ける?」
「何を言っているんだティア。君がそんな苦労を背負う必要はない。そういうものは全て俺が背負えばいい」
「……!」
かっけぇ……! かっけぇよ先輩! 俺もそんなこと言ってみたいよ!
全て俺が背負えばいい――って飄々とした態度で言われるとティアだけでなく俺も惚れちゃう!
いっけねぇ、虎に発情するところだった。危ない危ない。
◇
「……そんで、なんでこうなるんだよ?」
俺の目の前、というか身体の前にはルナイルが。
俺の背中には陽彩がいる。
二人とも、俺の身体を離さないようにぎゅっと掴んでいる。
友よ、お前はここで立ち上がるべきじゃない! 静まれっ……! たとえ柔らかな触感が全身を襲おうとも、好い匂いが鼻腔をくすぐろうともだ!!!
「公平な協議の結果だ、諦めてくれ」
「そうよ! あたしたちの仲良しな会話の結果なんだから!」
「……さいですか」
別に不満なのではない。
結局俺たちが乗っているのがラウンなことも、最初の方は自力で飛んでたけどティアに乗ってそれからずっとこちらをジト目で見つめるシルフィアがいることも、美少女二人が前後を固めていることも不満なのではない。
ただ、この状況に適応できていないだけだ。幸せなんだけど、実感が湧かない感じのそれだ。
もうずっとこのままでいいや……天使なんかどうでもいい……この幸福感に身を委ねたい……
「皆! 天使が前から来てるよ!」
シルフィアの言葉で、飛びそうだった意識が戻ってきてしまう。ちくせう。天使許すマジ。
ふむ、数は――30か。そこそこ強そうだが、陸上なら俺でも勝てる相手だろう。
「ラウン先輩! あんな羽アリ、魔法で消し飛ばしちゃってください!」
「……なにゆえ先輩と呼ばれるのか分からないが、あい分かった。その期待に答えるとしよう。《|滅岩山《ディザスロック》》」
頼りになる先輩が魔法を発動すると、無数の岩が空中に生成され、天使目掛けて飛んでいく。
「攻撃を検知。対処」
そんな少女のような声がそこかしこから聞こえてくるも、岩は大きくなって回避を阻む。
岩が天使にぶつかると、内部に天使が取り込まれた。そして数秒後、風化したかの如く砂粒になって流れていく。そこに天使の姿はない。
「うおぉ……! エグいっす先輩!」
「ま、満足していただけたのなら幸いだ。さぁ、そろそろ到着だぞ」
先ほど現れた、30体の天使が防御役だったのだろう。
しかし全て先輩によって消し飛ばされたため、防御はがら空きだ。
「魔法の障壁があるな……どうすればいい」
「シルフィア! 出番だ!」
「――! まっかせて!」
ジト目だけでなく頬も膨らませて全身で不満を表現していたシルフィアだったが、俺の一声で一気に回復。右手に莫大な量の魔力が集中し始めた。ちょっ、なんか空間歪んでね???
「《天星爆滅《アストロ・エリミロード》》――!!!!!」
刹那。パリンッ、という小気味よい音と、鼓膜をつんざく爆発音が轟いた。全身がその音を感じ取るほどにはとんでもない。
しかし、街に向けて放てば一撃で消し飛びそうな水爆級の魔法のおかげで障壁は破られた。これで中へと入れる。
なんなら城の一部が吹き飛んでいることには目を瞑ろう。そうしよう。
「よっ、と。やっと到着か」
やっとこさ降り立った天空城。
周囲には、真っ白な植物や真っ白な地面が広がっている。
そして、深く息を吸う。つんと冷えた空気が肺を満たし、脳まで冷やして冷静さを呼び覚ました。
「この先に、あいつがいるのか……」
「ここまで来れるのは私たちだけ。私たちがやらなきゃいけないこと。それが背負う使命の責任」
あぁ、シルフィアの言う「責任」とは何と重い言葉なのだろうか。
その重さに心が挫けかけるが、俺には仲間がいる。とんでもなく強くて頼りになる、可愛い仲間が。
だからきっと大丈夫なのだ。いちいち緊張しなくたっていい。できることをやれば、それでどうにかなるのが人生というものなのだ。
ならば行ける。俺は、この物語の結末へと向かうことができる。
「ルナイル、あれを」
「了解よ。――“魔の使者よ、ここに顕現したまえ”」
ルナイルが、必要な呪文を唱える。
すると、俺たちの目の前には数百の悪魔たちが現れた。
「妾の王子様よ、我ら召喚の命により参上した」
「久しぶりだなアスナ。元気してたか?」
「王子様~! ぐぼぇっ」
俺に飛びながら抱きつこうとしてきたアスナ。どうしようか迷っていると、我がスキル〈虚空心〉くんが自動で発動して跳ね返された。
「……王子様よ、妾たちはどうすればいい」
「何もなかったかのように続けないでよ!」
ルナイルさんのツッコミが炸裂。アスナに50のダメージ!
なお、こいつのHPは1万くらいありそうな感じがする。
「気を取り直してだな。俺たちはこれからこの城の内部に侵入し、最奥にいると思われる男――ノーデンスを捕獲する必要がある。悪魔たちには、待ち受けるであろう天使たちを弱体化、あるいは討伐してもらう。それでいいか?」
「「「はっ!」」」
数百人から肯定の応答をされることなんか今まで一度もなかった。だからか、何か胸にこみ上げるものがあった。
それを抑え、次にやるべきことを思い出す。
「では行くぞ! 敵は最奥部にあり!」
魔力反応を確認し、そこに向かって真っ直ぐに指をさす。
我々が向かうところは明らかになった。
行こうか、この