翌朝の朝食時、いつものメニューにミント(っぽい植物)を熱湯に入れたミントティーみたいなものもつけてみる。やや草っぽい味もするが、口当たりが爽やかでいいな。こういうのならお茶代わりにするのはありかも知れない。ちょっと考えておこう。
「私たちは今日は街へ商品を卸しに行くんですが、リディさんはどうします? 付いてきていただくのは構いませんよ」
リディさん1人置いていっても多分やることないしな。男1人に女性4人、しかも3人は獣人にドワーフにエルフ。目立つことこの上ないが、あの伯爵閣下が頑張ってくれているうちは、大したことにもならないと思う。気がかりなのはミスリルの剣だ。これは置いていっても大丈夫なもんだろうか。これを守るために、ここにリディさんが残ると言うなら別にそれでも良い。パパッと盗んでいって困るようなものは特にない。金貨はまた稼げばいいしな。強いて言えば鍋釜の類は持っていかれると飯食うのに困るから勘弁してほしいってくらいか。
「私も付いていきます。剣はここなら安全でしょう」
「わかりました。それじゃあ、準備だけお願いします」
「ええ、分かりました」
リディさんは頷くと、客間に消えていった。意外なほどあっさりと同行を希望したな。俺が知らなくて、リディさんには分かっていることが、この場所にはまだまだありそうな気がする。……まぁ、そういうのはおいおい分かっていけばいいか。俺は自分の部屋に入って出かける準備に取り掛かった。
荷車を引くのは俺とリケの仕事だ。流石にリディさんに頼むわけにもいかない。聞いてみると目は良いようなので、サーミャとディアナと一緒に周辺への警戒をお願いすることにした。
しかし、このままいつまでも人力で引くのも考えものかも知れない。そのうち荷物が増えるとは思うし、何より目立つのだから多少でも機動力は高いほうが良さそうだ。と、なると餌の問題はあるが、どこかの段階で馬の導入は考えていくべきか。だがこれも後々の話だな。
緑の光の中に、黒っぽい縦の線――木の幹がそびえる中を進んでいく。ざわざわと木の葉が騒ぎ、心地よい風が流れていく。こういった木々の声はリディさんには聞こえているのだろうか。流石にそれはエルフという種族に夢を持ちすぎか。
ディアナは相変わらずキョロキョロしている。気持ちは凄く分かるぞ。すると、サーミャがピタリと足を止めた。
「ヤバいやつか?」
俺も足を止めてサーミャに聞いてみる。
「いや……うーん」
サーミャの耳がピコピコ動き、鼻をヒクヒクさせている。意識を集中して、何がいるのかを探ろうとしているのだ。
「ああ、これはアレか」
耳と鼻を動かすのを止めて、サーミャはゴソゴソと自分の懐をまさぐっている。すぐに何かを取り出すと、少し離れたところにある茂みの付近へポイと放り投げた。目を凝らしてみれば、それは干し肉である。
すぐにガサリと茂みが揺れて、小さな影がピョコッと飛び出す。茶色い子犬のような姿の獣、つまりは狼の子供だ。
「―――!」
ディアナが大きな声を出して驚かさないようにキャーと叫んでいる。器用だな。
しかし、なるほどこれは愛らしい。ほぼ子犬のようなものだ。パタパタとしっぽを振りながら、干し肉をガフガフと食らっている。たしかにこれはやたらと可愛いな。思わず俺の目尻も下がる。いつの間にか隣に来ていたディアナが俺の肩をバンバン叩いてきた。普通に痛い。何に感動しているのかは分かってるから落ち着け。
やがて食い終わった子犬、ではなく子狼がこちらに向かって尻尾をふりふり、
「わん!」
と鳴いた。また肩にバンバンバンバンと衝撃が来る。落ち着け。
子狼はちょっとこっちに来そうになっていたのだが、いつの間に近づいたのか、スッと大きな狼が現れた。状況的にアレが母親だろう。すると、子狼は一目散に母狼に向かって駆け出し、じゃれ付き始める。それはそれで、とても心なごむ光景だ。
母狼はあやすように鼻先で子狼をあしらうと、茂みの向こうに親子連れ立って去っていった。
「なるほど、前にサーミャが言ってたが、あれは確かに可愛いな」
「でしょ!!!!」
ディアナがもうほとんど咆哮と言っていいほどの大声で叫ぶ。耳が物理的に痛い気がする。
「あれを探したくなる気持ちが分かるくらいには、可愛いのは間違いない」
「でしょでしょ!」
「でも、母親がいるのを引き離してくるのはかわいそうだからなぁ」
「ああ、そうねぇ……」
少し肩を落とすディアナ。
「たまーーーに親から見放されたり、はぐれたりしてるのがいるから、そういうのなら良いんじゃねぇの」
サーミャがポロッとそう漏らす。それを聞き逃さなかったディアナがすごい勢いで復活する。
「そうよね! よーし、そういう子がいたらすぐ助けてあげなくちゃ!」
鼻息も荒く、ぐぐっと握りこぶしなんかも作って決意を固めていらっしゃる。
俺とリケ、リディさんは顔を合わせ、思わず溜息をつくのだった。