翌日、今日は皆で近くの川へ釣りに行く日だ。今回は前回と違ってきっと釣りには慣れてないであろうディアナがいるので、俺の他にボウズ候補がもう一人いるということである。別に競い合っているわけではないが、こういうのは仲間がいてくれたほうがいいからな……。火口や昼食を入れたバスケット、それに湯を沸かす用のポットやその他諸々を背負袋に入れて俺が持った。さて出発だ。
今日も釣りに行く川はうちから少し離れたところにある川だ。サーミャとディアナにも確認したところ、一番大きな川がここから更にうちから離れる方向にあるらしい。ここは支流と言うか、湖から流れ出ている川のうちの一つなのだとか。大きな川まで行くとちょっと遠くて、ほとんど街に行くのと変わらない時間がかかるらしい。確かにそれは遠いな。それに大きな川は水深もあるだろうから、渡るのには苦労しそうだ。一度見てみたくはあるが。
釣りに適していそうなポイントを4人で探す。前に釣りをしたあたりも良さそうだが、他にも良いポイントが無いかを探る。やがて釣りをするのに良さそうなところがあったので、そこの川原に敷物を敷いて、そこに昼食の入ったバスケットを置いて陣取る。そこらの石をひっくり返して餌を確保したら、いよいよ釣りの開始だ。
ディアナも普通に餌の虫を針につけることができた。もう少し騒いだりするのかと思ったが、全然そんなこともなく拍子抜けした。聞いてみたところ、
「だって、子供の頃兄さんたちとこういうので遊んだし」
とのことである。そう言えばそうだったね……。父君のご苦労をちょっと偲んでしまうところだ。
4人で散らばって川面に糸を垂らす。ちょうど日が照ってキラキラと光っている。流れはそんなに速くもなく、風もそよいでいてのんびりするにはとても良い場所だ。こういう落ち着いた休日もいいな、と考えていると、パシャッと水が跳ねる音がした。サーミャが早速釣り上げたらしい。
「おー、デカいな!」
俺は思わず声を上げる。15センチくらいの川魚が糸の先で暴れまわっている。糸が切れないか少し心配になったが、サーミャはスムーズに手元へ引き寄せると手早く針を外した。
「どうよ!」
釣ったばかりの魚を掲げて誇らしそうにするサーミャ。デカいからそうしたくなる気持ちが凄く分かる。俺たちは竿を小脇に抱えて「おー」と拍手をした。一番槍はサーミャがとったが、俺たちも負けてはいられない。夕食に1品増えるかどうかでもあるし、これで全員ボウズで痛み分けという話は無くなってしまったからな。
その後は釣り上げたことで魚が警戒したのか、それとも騒いだのがいけなかったのか、なかなかアタリが来ない。
「ちょうどいい時間だろうし、一旦休憩して昼飯にするか」
俺がそう言うと3人も同意したので、みんなで準備に取りかかる。折れて落ちている枝を探してきて焚き木にし、火を焚いて川の水を汲んだポットに湯を沸かす。摘んでおいたミントの葉っぱを煮出したら、木製のカップに注いで昼食を開始した。前の世界で、こんな感じで女の子がキャンプするアニメとか見たなぁ。今は1人おっさんが混じってしまっているし、あんまりゆるくもないけども。
昼飯を食べながらワイワイと話をする。既に1匹釣れたサーミャは、余裕の表情で釣り方の講釈を垂れていた。1人で暮らしてた時は木の皮で作った目の粗い網みたいなので獲ったこともあるらしい。今うちに網はないし、食うためだけではないから、のんびりと竿釣りをしているが、食うために漁をするなら網か
昼食も終わって落ち着いたら、再び思い思いのところに陣取って釣り糸を垂らす。太陽の位置が変わっているからか、朝とは川面の光り方が違って見える。川魚も眩惑されて餌を食ってくればいいのだが。
「キャッ!」
小さく悲鳴を上げたのはディアナだった。どうやら魚が食いついたらしい。サーミャがすぐ横で色々と指示を飛ばしている。ディアナはその指示に従って魚を無事に釣り上げた。稽古で日常的に剣を振るっていることと関係があるのかは不明だが、指示を聞きながらだった割には動きに無駄がない。釣れた魚はすんなりディアナの手に収まった。
「ほらほら、どう?」
喜色満面の笑みで俺に釣った魚を見せてくる。サーミャが釣り上げたよりは一回り小さいものの、サイズとしては十分な大きさだ。
「やるじゃないか。おめでとう」
俺は素直にディアナを褒め称えた。前の世界だったら確実にスマホで写真を撮る場面だが、あいにくこっちの世界にスマホはおろか写真もなさそうだ。類似の魔道具か魔法はあるかも知れないけれども。魔剣打つから譲るか教えるかしてくれって言ったら、そうしてくれそうな人に今後出会ったらそうしてもらおう。
その後、リケも1匹を釣り上げ、またも釣果なしは俺だけとなってしまった。前の時はここから気合が空回り気味だったので、そこらは抑え気味に粘る。粘っている間にサーミャが更にもう1匹を釣り上げて、これでエイゾウ家のノルマは達したとばかりに近所を散策している。いや、アレは自分がいないほうが釣れる確率が上がるだろうという、サーミャなりの優しさなのだ。きっとそうだろう。
やがて、そろそろ帰らないといけなくなってきた頃、最後にもう一投だけしてみることにした。勿論ここまで俺にアタリはない。少し待ってもうだめかと思った時、竿がぐんと引かれる感覚があった。
「おっ!」
上手く合わせてフックさせようとした時、スッと手応えが無くなった。バレたのだ。俺はガクーンと膝から崩れ落ちる。どうやら生産のチートは釣りには効果がないらしかった。当たり前か。
「ま、まぁ数は十分なんだから良いじゃない。ねえ?」
ディアナがサーミャとリケに同意を求める。
「お、おう。デカいのはエイゾウにやるし!」
「そうですよ。こういうのも家族で助け合いですよ、親方!」
「みんなありがとうな……」
みんなのフォローが胸に沁みるぜ。
流石に時間もギリギリだったので、さっさと片付けて家に帰ることにする。
その晩の焼き魚は丁度の塩加減にしたつもりだったが、俺のだけ妙にしょっぱいような気がした。