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業務範囲外

 出張所に戻ったら、そのまま片付けをする。引き取りに来るまでの間、胸当てのチェックをした。基本的には叩けば直せるだろうが、少し加熱の必要がある。

 直すところだけ加熱すればいいが、念の為ベルト類を取り外さないといけないので、そこが手間のかかるところだ。


 兵士たちは片付けを終えてから、そんなに経たないうちにやってきて、修理を終えた武具を引き取っていく。また頑張って働いてこいよ。

 その後はおやっさんのところへ行って晩飯を頂いたら寝るだけだ。滞在の延長は予定通りなので、食材を切り詰めたりといったことはまだ始まっていない。今日も十分に美味い飯を食って自分の天幕に戻ると、睡魔が速やかに訪れてくれた。


 翌朝、起きて身支度を整えたら朝飯を食いに行く。兵士も何人か食いに来ていたが、見る限りは皆まだ士気も落ちていない。おそらくは今日で片を付ける気だろうし、今日頑張れば晴れて凱旋、という思いが彼らを支えているのだろう。

 逆に言えば、今日で決めないと明日は怪我やなんかで数が減った上に、士気もガタ落ちしている手勢で攻略しないといけなくなる。相手とこちらの状況にはよるが、そうなったら一度撤退して再度やってくるか、援軍を待つしかない。

 今日の夕方早馬を飛ばして、6日ほど頑張れば援軍の先遣隊は補給物資付きでたどり着くだろうし、その2~3日後には援軍の本隊もやってこれるだろう。

 だが、その失敗はエイムール家の将来にとって良くない影を落とすことが容易に想像できるし、援軍の出征費を誰が出すのかとなれば国よりはエイムール家の方が按分が大きくなるだろうから、是が非でも今日決着をつけたいはずだ。

 とは言っても、俺はせいぜいその手助けをするくらいだろう。そんなことを思いながら、飯を食って出張所に向かった。


 出張所に着いたら火床で火を熾し、温度が上がるまでの間で胸当てのベルトを外す。なかなかに手間はかかるが、なんとか外すことができた。

 チートを貰った範囲は鍛冶屋だし、一応は防具でも有効なはずなんだよな。今のところは手間の割にできる数が少ないし、ナイフみたいに生活用品として売れるわけでもないので作ってないけど。


 温度が上がってきて、さあやるかと思ったところへ若い兵士が走ってやってきた。指揮所からちょっと離れてはいるが、息が上がっているので、相当に急いだのだろう。


「すみません、伯爵がお呼びです」


 兵士は俺に言った。


「伯爵様が?」

「ええ。急ぎの用だとかで」

「わかりました。向かいます」


 火床の始末が気になるが、放置してて問題になるようなことはないので、俺はすぐさま向かうことにした。


 兵士について指揮所に向かう途中、広場になっている所で金属や革の鎧をつけた兵士たちが集合していた。ルロイがチェックなどの報告を受けている。もう少ししたら洞窟へ向かうのだろう。今日で片をつけられるよう、頑張って欲しいものである。


「伯爵閣下、鍛冶屋をお連れしました!」


 天幕に入ると兵士がマリウスに報告する。個人的な友誼はともかく、ここでは伯爵閣下と一介の鍛冶屋だ。兵士の言いかたに異論はない。


「うん、ご苦労だった。ちょっと皆控えてくれ」


 マリウスは鷹揚に返すと、人払いをする。ゾロゾロと数人の兵士とフレデリカ嬢が出ていった。フレデリカ嬢が心配そうな目でこっちをチラッと見ていたが、多分処罰とかではないはずだ。もっと悪いことかも知れないが。

 こうして指揮所の中は俺とマリウスの2人だけになった。


「わざわざ人払いまでするってことはなにか重大なことでも?」


 俺とマリウスの2人だけになったので、俺はざっくばらんな口調で話す。


「うん。大したことではない、と言えば大したことではないんだが……」


 マリウスにしては珍しく口ごもる。


「別に今更遠慮することもないだろ。まぁ、勿論その分は貰うけどな」


 俺は笑いながら先を促した。


「それじゃあ、エイゾウにはすまないのだが、洞窟への護衛をしてほしいんだよ。と、言っても俺じゃない。近くのエルフの里の人だ。魔物の発生源を封じ込めるのに協力が要るのでな」

「兵士では手が足りないのか?」

「いや、割り当てることは不可能じゃない。ここの陣地の護衛から2人ほど引き抜いてもここの防備は大丈夫だろうし、そうすれば頭数的には問題ないんだが、いかんせん実力がな……」

「ああ……」


 ここに来ているのはほぼ新兵だ。10人単位を取りまとめる隊長なんかはそれなりの経験者が来ているが、彼らは彼らで自分の仕事がある。

 そして護衛とは対象の身の安全は勿論、自分の身も守れなくてはいけない。いざという時に身を挺して守る覚悟があるかどうかとは別で、護衛があっさり死んでしまっては護衛の意味がないからな。


「俺はただの鍛冶屋だぞ」


 ただの鍛冶屋に頼むはずがない、というのはわかった上で俺は一旦抵抗を試みる。


「エイゾウは腕が立つだろ?」


 無駄だった。騒動の時に侯爵閣下にも煽られてるし、その時の威圧を受け流したのをマリウスは知ってるからな。


「わかったわかった。ただし、鍛冶屋のおっさんが護衛になる理由だけは用意しておいてくれよ」

「そこは『彼は武術を極めんとする心が高じて、自らの武具を追究すべく鍛冶屋になった。そのうちそちらが性に合うようになっただけで、新兵よりは腕が立つ』で通るだろ」


 既にカバーストーリーまで用意されていた。俺は肩をすくめて、やや不承不承ふしょうぶしょうの同意を示す。


「もう出るんだろ?」

「ああ。護衛対象とはここを出て少し行った所で落ち合うことになっている」

「わかった。それじゃちょっと用意してくる」

「頼んだぞ」


 俺はひらりと手を振って承知したことを示すと、自分の持ち物を取りに天幕へと走った。

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