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都への帰還

 自分の天幕に戻る途中、馬車と騎兵が数騎出ていくのが見えた。恐らくは今回の先触れとして、先んじて帰還するのだろう。


 その日の夜はそこかしこで盛り上がる姿が見られた。篝火のそばで踊る者、歌う者など様々だ。酒は持ってきてないようなので、この盛り上がりようでありながらも全員素面しらふだが、それでも勝利の喜びは人を酔わせるのに十分なのだろう。


 俺はそんな様子を眺めながら、おやっさんやマティスたち補給隊と一緒に夕食を摂っている。遅い昼飯として食べたあれ、もし今日殲滅ができなかった場合は夕食になるはずだったらしい。後は帰るだけなので、昼夕両方のメシが出た、というわけだ。

 その分おやっさんたちは仕事が増えているが、おやっさんは


「なぁに、1回作るも2回作るも変わんねぇよ」


 と笑っていた。絶対そんなことないと思う。


 時間が遅いので、今日の分の書類をやっつけたフレデリカ嬢も一緒に食べている。なんでかは分からんが俺の隣に座っていて、懐いた子犬さながらである。ディアナに見せたら、俺の肩を連打しつつ連れて帰るって言いそうだな。

 話は自然と今日の勝利についてが主で、ついていった俺は主におやっさんと若い衆に色々聞かれたりした。もちろん、最後誰がホブゴブリンを倒したのかについてはぼかしておいたが。


「それじゃあ、エイゾウは大した儲けにゃなんねぇなぁ」


 おやっさんがそう言う。


「そうでもないよ」

「そうか?まぁ、エイゾウが納得してんなら良いけどよぅ」

「ありがとな、おやっさん」

「おう」


 おやっさんが珍しく照れている。若い衆2人が茶化して怒鳴られ、俺たちは大いに笑うのだった。


 翌朝、支度を終えた俺が馬車の方へ向かおうとすると、そこにリディさんが待っていた。


「リディさん、おはようございます」

「おはようございます」


 俺が挨拶をすると、ふわっとした声で返事を返す。荷物を持ってあげようかと見てみると、背負い袋1つっきりで他には何も持っていない。


「あれ、随分荷物が少ないんですね」

「ええ。元々私たちはそんなに物を持たないですし」


 そうなのか。寿命が長いと物に対する執着が減るとかあったりするのだろうか。手持ち無沙汰になってしまった。


「あ、そういえば」


 リディさんが少し慌てた感じの声を出す。


「例の件、あれは他の里に移ったものがやってくれることになりましたので、心配いりませんよ」


 そう俺に言ってくるのだが、はて、例の件とはなんだろう。……ああ。


「作物の種の話ですね」

「ええ。カミロさんのところに届けてくれる手はずになっています」

「状況が状況ですし、別に気にしなくて良かったんですけどね」

「いえ、そんな真似はできません」


 最初にうちに来た時には、もう里を放棄することが半分確定していたのだろうから、あの要求を飲んだのもその辺りを考慮の上、ってことか。

 当初はリディさんがうちに来る話ではなくて、遠くに行ってもリディさんがカミロのところに行く予定だったのかも知れないが。それを考えるとあの条件はちょっと失敗だったかも知れない。

 今後似たような条件を出すときは居住区域が街からどれくらいのところなのかは聞いておこう……。


 俺とリディさんの次にマティス、その次はフレデリカ嬢が来て、最後に調理場の片付けがあったおやっさんたちがバタバタとやってきて馬車に乗り込む。

 フレデリカ嬢は乗り込むなり、渡してあったクッションをお尻の下に敷いた。まだ持ってたのね、それ。


「いやぁ、エルフってのは別嬪べっぴんさんだなぁ」


 おやっさんがストレートに感想を述べた。前の世界だとセクハラと言われかねない内容なので、俺は内心ヒヤヒヤする。


「なるほど、こんな別嬪の嫁さんだったら、貰える金は少なくても大儲けだな!」


 ガハハと笑いながらおやっさんが言う。その瞬間にフレデリカ嬢がギギギと壊れたブリキ人形みたいに首を回して、こっちをじーっと見始めるのが分かった。ちょっと怖いから勘弁してほしい。


「いや、嫁とかそんなんじゃないよ。わけありで隠遁生活しているようなおっさんと添い遂げるとか可哀想だろ?」


 俺はしかめっ面で否定する。大きな影響を及ぼすことはないと聞いていても、俺はこの世界ではイレギュラーであることは変わりない。そんな俺が所帯を持つ、というのはまだちょっと考えられないな。

 こんな理由言ったところで、誰も理解できないから言えないのが辛いところだ。

 俺がそう言うと、フレデリカ嬢が視線を外すと同時に、今度はリディさんがじっとこっちを見はじめた。今日はなんなんだ一体……。


 この話以外には特に俺がヒヤヒヤするような話題も出なかった。

「エルフの里が被害を受けたらしい」「それに伴ってリディさんが引っ越しして、それは別に結婚とかではない」という2点を考えたら、何があったか多少は想像がつく。そんな地雷原に突っ込んでいくやつもそうそういない。


 こうして帰還の3日間、時折おやっさんがデリカシーの無さを発揮することはあれど、特に気まずすぎる雰囲気が場を支配することもなく、馬車は無事に都へと向かっていった。

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