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成功報酬

 使用人の女性に従って、内街の道を行く。それなりに喧騒はあるが、内壁の外と比べると段違いに静かである。今はエルフのリディさんがいるから、余り注目を集めさせなくて済むのはありがたい。

 いつもは馬車に乗っているのでゆっくり見る暇がないが、こうやって低い視線で見てみると、なかなかに楽しいな。

 基本的には石造りの家が多くて、馬車の通れない道は結構入り組んでいる上に壁が高い。これは日本の城下町が迷いやすいようになってるところがある、とかと同じ話だろうか。


 気になって使用人に聞いてみると、


「まぁ、そう言う目的がないでもないですが、真実はもっと単純です」


 という答えが返ってきた。


「と、言うと?」

「今は外壁が出来ましたが、大昔はこの辺りは町の端っこだったんですよ。なので、皆が適当に建物を建てた結果、こうやって道が複雑になったわけです」

「なるほど。守りには都合がいいから、建物を綺麗にするときも区割りはそのままにしたってことですか」

「ええ。その頃には皆それなりの地位になっていて、いまさら土地を取り上げるのが厳しかったのもあったらしいですけど」


 なかなかに現実的な話である。翻って言えばここは大きな戦禍によって、焼け野原になってしまったことはないということだ。そうなったら取り上げるも何もない。ちゃんとした地籍図なんてないだろうし、ここぞとばかりに区画整理が始まるだけだろう。


 ともあれ、そんな曲がりくねった道を行くと、使用人が「こちらです」と、道の脇にある金属製の扉を開けた。おそらくは勝手口と思われる。俺とリディさんは扉をくぐった。

 はたしてそこは勝手口であった。入るとこぢんまりとした部屋になっている。テーブルが置いてあるがやけに天板が分厚いし、窓は窓というより矢狭間やはざまのように見える。

 窓のフチは部屋の内側の方が装飾のように斜めに落とされているが、これって外から中に矢を射かけやすくしてあるんだよな。

 部屋の出口は片方に重厚そうな金属の扉が一つあるだけだし。これはもしや。


「裏口からの侵入者を撃退する仕組み……?」

「よくお分かりになりましたね。そうです。裏口からあっさり突破されたんじゃダメですからね」


 使用人は笑いながら言った。この街の貴族が皆そう、と言うよりはエイムール家が武勲で身を立ててきた家だからだろう。

 使用人にまでその薫陶が行き届いているのはドン引きすべきか、感銘を受けるべきなのか、少し迷うところではある。


 そのまま俺とリディさんは以前来た時に入った応接間まで通された。「こちらで少々お待ちください」と使用人が退出していく。

 相変わらず応接間にしては質実剛健を絵に描いたような内装だが、俺みたいな貴族じゃない人間にとってはこっちのほうが落ち着くからいい。


 リディさんと今後について話をするが、うちでしばらく一緒に暮らしていたので、誰が暮らしててどういう生活をしてるか、なんかはとっくにご存知である。

 なので、そういう話はちょっとだけするに留めておいて、何がしたいかを聞くことにした。どうやら植物を育てたいらしい。


「畑のならあるんで、そこ使ってもらっていいですよ。広げるなら手伝いますし」


 俺がそう言うと、


「いいんですか!?」


 と目を輝かせる。俺は頷いた。


「むしろ、管理してくれる人がいてくれたら助かります。俺とリケは鍛冶、サーミャとディアナは狩りと採集ですし、ちゃんとした知識がないので、耕したはいいものの放置気味でして」


 だからこそ、ほとんど手入れしなくても平気なペパーミントを選んだのだ。リディさんが来てくれるなら、アドバイスに従って地植えにしなかったのは正しかったな。


「なるほど。じゃあ、任せてくださいね」

「はい。お願いします」


 こうして、我が家の食料確保手段が、狩猟採集と農耕という2本立てで行われることになった。

 とは言っても、朝植えて夜にはトマトがなってると言う話ではないので、しばらくは狩猟採集がメインの確保手段であることに変わりはないし、カミロからの購入も続けないと、仮に畑が上手くいきはじめても大人5人分の食料確保は難しいだろう。


 そんな話をしていると、マリウスが使用人を2人つれて部屋に入ってきた。さっきまでの豪奢な服や見事な甲冑は脱ぎ捨てて、かなりラフな格好をしている。


「待たせたかな?それともお邪魔だったかな?」


 ニヤニヤ笑いながら、開口一番そんな事を言うので、俺は「どっちでもない」とぶっきらぼうに返した。


「2人とも疲れているだろうし、正直に言えば俺もかなり疲れてるから、さっさと話を終わらせよう」

「そうしてくれ」

「まずは2人に礼を言っておこう。助かった」


 マリウスが頭を下げる。外でやったら大騒ぎになるだろうな。伯爵が一介の鍛冶屋に頭を下げる、なんてことは。家の中だからできることだ。


「で、エイゾウについては仕事として依頼した分、ちゃんと形で示さないといけないわけだが」

「ああ」


 俺は報酬があるから参加したのだ。まぁ、他の貴族に頼まれた時に断れるなら断ってたとも思うが。侯爵閣下に頼まれた場合は分からんな……。


「まずこれが依頼にあった分の報酬になる」


 使用人の1人が革袋と書類、筆記用具を差し出した。中を確認すると、銀貨がたくさん入っている。金貨1枚分よりやや少ない、と言うあたりだろう。兵士はもう少し少ないのだろうから、ちゃんと修理代も含まれていると見て良さそうだ。


「確かに」


 革袋を自分の背負い袋にしまうと、書類にサインをした。報酬を受け取ったことを示す書類で、担当者みたいなところにフレデリカ嬢の名前もある。

 これも明日からはじまる彼女の戦争の1ページになるってことか。俺はリスが餌を食べる時みたいに、書類と格闘している彼女を思い返して、心の中で応援を送った。

 俺が書類を返すと、マリウスがざっと検めて、使用人に渡す。


 これで俺の仕事も終わり……だと思っていたら、マリウスが更に話を続ける。


「で、こっちが討伐に直接参加してくれた分と、修理の歩合の追加分だ」


 もう1人の使用人が小さな革袋を差し出してくる。中を改めようと持つと、大きさの割にやけに重い。

 その中には、金貨がぎっちりと入っていた。

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