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環境整備を始める

 森の中を竜車が進んでいく。そもそも荷車のときにも普通に通れたので、ここが通れるかどうかは余り気にしていない。

 それよりも、走竜がこの森を怖がったりしないかのほうが心配だったが、今の所その気配はない。魔力を食べるということだから魔力を怖がることはないとは思っていたが、森に住んでいる獣の気配に怯える可能性はあるなと思ったのだ。


「さすがに熊とかが近寄ると怯えたりするかな?」


 俺はサーミャに聞いてみた。


「走竜は知らないからなぁ……。でも、その可能性は高いと思うぜ。ここらの熊は凶暴で強いしな。って、エイゾウは戦ったからよく知ってるか」

「まあな」


 もはや懐かしささえ感じるほどだが、ギリギリの戦いではあった。チートがなけりゃ、あの時確実に死んでただろう。


「じゃあ、走竜が怯えたら要注意ってことか」

「そうなるのかな……?まぁ、そうなったらアタシも気がつくだろうけどな」

「そりゃそうか」


 俺達の中でもサーミャは一番鼻が利く。走竜とどっちが鼻が利くかは不明だが、致命的なことになる前に気がつくのは確かだ。

 今のところはどちらの鼻にも危ないものは引っかかっていない。狼達の獲物になるような“弱いやつ”でもなければ、襲ってくるものが少ないこの森は街道なんかよりむしろ安全だ。


 森に入って道がなくなり、地面の様子も街道とは段違いに悪いが、なかなかの速度で竜車は進んでいる。つまりは揺れも相応に酷いということだ。人が引くより格段に速くて、そんなに長い時間この状態でないということが救いだな。

 荷物については多少気を使う必要があるが、外に転げ出たりと言うようなことも今のところはない。どれもそのまま積んでいるわけではなく、樽や箱に入れている。

 それでもガタンと大きく揺れたりすることはあるので、サスペンションの装着は早めにすべきではある。俺達の腰や尻のためにも。


 やはり、いつもよりかなり早い時間に家にたどり着くことが出来た。乗り心地を別にすれば、随分と楽なことには変わりない。もっと早くに導入すべきだったとは思うが、こういうのは実際に体験してみないとなかなか分からないものである、と言い訳しておこう。

 リケとリディで走竜を馬車から外している間に、残りの3人で荷物を家に運び込む。外す時にはもう一度装具の付け方を確認するよう頼んでおいた。前の世界ならスマホで写真を撮って状態を記録しておけるが、この世界じゃそれも出来ないから覚えるよりほかない。


 自分たちの体を綺麗にするのと一緒に、走竜の体もぬるめの湯を含ませたあと固く絞った布で拭いてやる。「クルルルルル」と鳴きながら目を細めていたので、気持ちは良いようだ。


「よしよし、今日は頑張ってくれてありがとうな」

「クルルルルル」


 ペタペタと首筋を軽く叩いてやると、走竜に顔をベロンと舐められる。ネコ科の動物みたいにザラザラしていないので、柔らかくてくすぐったい。

 その後、空いていた樽に水を入れて持ってきてやる。まだ昨日の肉で塩に漬けてないのが少し残っているのでそれも一緒だ。


「ここらの地面に生えてる草は食べられそうなら食べていいからな。あまり遠くには行くなよ」


 俺がそう言うと、走竜は分かったとばかりに一声鳴いた。俺はもう一度頭を撫でてから、家に戻った。


 その日の夕食時、話題はやはり走竜の名前の話である。いつまでも「走竜」呼ばわりも出来ないしな。


「そもそも雄か雌かも分からないんだった」


 カミロに聞くのを忘れていた。聞いても「わからん」と言われるような気はしないでもないが。哺乳類のように外形的に判断できる特徴は見ていない。体の大きさから言って、あればすぐ分かっただろうし。


「そうなると、どっちでもおかしくない名前よねぇ」


 ディアナも思案顔である。


「馬に名前をつけるときのお約束みたいなものはないのか?」

「ないわね。聞いた中で一番すごいのは他所の国の貴族が持ってる馬で、ヘニング・ヘルマンⅢ世かしら。名馬の子孫ってことだったみたいだけど」


 馬なのに家名プラスⅢ世とは恐れ入る。安い買い物ではないし、気持ちは分からんではないが。名前だけ聞いたら「侯爵閣下ですか?」とか聞いてしまいそうだ。


 しばらくはああでもないこうでもないと続いたが、


「クルルルって鳴くから、クルルで良いんじゃないのか?」


 サーミャがそう言った。雄だった場合にはちょっと可愛らしい響きだが、違和感はないな。凝った名前のほうが違和感がある。


「良いわね」

「クルルちゃんが似合ってると思います」

「異議はありません」


 ディアナもリケもリディも特に反論はないようである。


「じゃ、クルルってことで」


 こうして走竜改め、クルルが我が家の一員に加わった。


「それで、クルルを雨ざらしには出来ないし、屋根と壁だけの小屋を作ってやろうと思うんだが」


 このあたりは雨もしょっちゅう降るわけではないし、木々である程度遮られはするが、家族を雨ざらしというのもかわいそうだ。


 俺の提案は特に反対するものもおらず、翌日から総出でクルルの小屋を作ることになった。いつ雨になるかはまさに天のみぞ知る、だからな。

 寝る前に皆でクルルに名前が決まったことと、おやすみを言いに行くと、クルルは「クゥー」と一声鳴いて、地面に丸くなって目を閉じた。前の世界なら確実になんとかグラムに上げている光景だ。

 俺は肩にディアナの連続攻撃を10コンボほど喰らいながら、家に戻り翌日の作業に備えるのだった。

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