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一歩ずつ

 その後も後輪部分の構造を試してみたりして、金属に置き換えた時のベストであろう形を作り出した。あとはこの構造を実際の荷車に適用すればいける……はずだ。

 その作業自体はまた明日前輪部分が試作できて以降ということになる。なぜなら、なんだかんだでもう日が暮れてきていて、リケ達は今日の仕事を終えているからだ。

 クルルはと言えば、今日一日遊んでもらったくらいの感覚らしい。楽しいんなら良かった。また明日も手伝ってもらうだろうしな……。


 翌日、昨日組み立てた試作台車の前輪を一度取り外す。昨日作った後輪部分を参考に、更に同じ板バネセットを2つ作る。

 簡単に言えば、前輪の左右を独立させつつ、間にこの板バネを挟み込むことができれば、エイゾウ工房特製荷車の基本構造は完成するわけだが、言うはやすおこなうはかたし。それを実現するにはそれなりの苦労がありそうである。

 前の世界の知識を持っていて、完成の形をおぼろげでも知っている俺であってもこれだけ苦労するのに、全くの手探りで作った前の世界の人達は本当に凄いな。


 色々試したが、几と言う字のような構造の足の先端部分に車輪がついている形が良さそうだ。上の部分を台車の一番前に、出ている足が左右独立して動くようにし、伸びている足にバネを設置する。足の先に丸太を切った車輪を取り付けたら一応の完成だ。


 今日もクルルが見学に来ていた――というより本人(本竜?)としては遊んでもらいに来ているのだろうが――ので、昨日と同じようにクルルが引っ張れるようにしたあと、庭を回ってもらった。


「クルルルル」


 機嫌よくクルルが庭を歩く。昨日よりはかなり回りやすくなっているようだ。ちょっとした凸凹も多少吸収できているように見える。

 昨日の樽は軽すぎたからか、すぐに落ちてしまったので今日は小さい樽に水を入れたものを載せてみる。重量にして10キログラム前後と言ったところか。台車が僅かに沈み込む。


「よーし、これでまた回ってみてくれ」

「クルー」


 トットットッとクルルが庭を回り始める。重さがあるからか、台車が曲がっても樽はすぐには落ちない。凸凹していると思しきあたりでポヨンと柔らかく揺れている。その揺れで水がこぼれたりはしているが、何もないときのようにガタンと衝撃を受けている感じはない。同じものを馬車に搭載したらフレデリカ嬢の尻も少しは守れそうだ。


 見ているとあちこちの負荷が気になるが、荷車に搭載するときはチートを使った特注モデル性能の鋼を使うから力技とはいえなんとかなるだろう。板バネを真似する人には申し訳ないが、懸架方式を含めてそのあたりの改良は自力でお任せしたい。

 前の世界でも「現代技術で再現不可能。同じものを作っても同じ耐久性にならない」みたいなものがちょくちょくあったみたいだが、もしかすると同じような話なのかも知れないな。

 この日はこの台車が完成して終わってしまった。明日からは荷車本体に取り掛からねば。


 更に翌日、余っていた板を組み合わせ、荷台として台車に据え付けて小さな荷車として使えるようにした。

 オール木製だし、チートを使ってなるべく円になるように削ったが車輪は丸太の切りっぱなしなので、耐久性や使用感には難が多々あるとは思うものの、ちょっと使ったり、クルルがいて遊ぶ分には問題ないだろう。壊れたら壊れたときだ。


 いよいよ荷車本体の改造に取り掛かる。まずは車輪を外し、荷台の傷んでいる箇所を補修する。まだもう少しは行けそう、というところもついでなので直してしまう。チートのおかげで釘無しで板を接いで補修できた。ところどころ色が違うが、まぁこれは味の範疇だろう。車輪の方も傷んでいる箇所は木材から部品を作って置き換える。


 ここから先は鍛冶仕事の範疇なので、作業場に入る。リケたちがショートソードとロングソードを作っていた。ディアナとリディが型を作り、サーミャが溶けた鉄を流し、リケが仕上げる。そのおかげか、俺が入った時点でそこそこの数が出来ていた。

 俺は完成したうちの1本を手に取ってみる。まだ一般モデルの範疇ではあるが、もうほぼ高級モデルに近くなっている。魔力も入ってきているようにも見える。リケも確実に成長してるんだなぁ。


「良いじゃないか」

「いえ、まだまだですよ。親方の言う高級モデルを安定して作れるようにならないと」


 目標が高いことはいいことだ。あれこれ言うのも野暮なので、俺は「頑張れよ」とだけ言って自分の作業に取り掛かる。


 まずは板バネにする鉄の板の作成からだ。板金をいくつか取り出して、そのうちの1つを火床で熱して叩く。久しぶりの感覚と音が体に響き、思わず懐かしさすら感じてしまう。

 その感覚に、こっちに来て1年も経たないうちに身も心もすっかり鍛冶屋になってたんだなぁ、そんな益体もないことを考えた。

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