「よし、これで明日磨いて刃を研いだら刀身は完成だな」
「エイゾウ」
俺がそっと刀身を掲げると、ニルダが声をかけた。
「そこに彫ったのはなんだ?」
ニルダは
「これか。こっちはうちの工房の製品であることを示す刻印で、こっちは俺が作ったことを示すもの――俺の名前だな」
「こっちの紋様の方だな」
「ああ」
銘は“日本語の漢字”で切った。この世界の北方の文字とも微妙に違う(とインストールが教えてくれた)ので、俺と同じ境遇で漢字を知っている人間がいない限りは分からないはずだ。
「うちの秘伝の文字、ってことになるな」
俺は暗に意味なんかを教えてやれないことを告げる。職人にとって秘伝とは命と同義であることはニルダも分かっているだろう。なんか目がキラキラしてるけど、分かってるよな?
リケやその他の面々も「ほほう」とか言って感心している。そのうち名前を漢字で書いたらどうなるのかは考えないといけないかも知れない。リケやリディはともかく、ディアナとかサーミャとかはキラキラネームになる未来しか見えないのがつらい。
「これはあやつのには入ってないのか?」
キラキラしたままの目で聞いてくる。あやつとはヘレンのことか。
「ああいう剣に入れる風習は俺のところにはないから、刻印はともかく、銘は入れてないな。今回は北方の刀だから入れただけで」
「そうか……。そうかそうか。うむ。良い。良いぞ」
ニルダのテンションが上がる。ヘレンのにはない、と聞いて嬉しいようだ。ライバルとして見ているんだろうと思う。これが武器でなければ微笑ましいんだがな。
採取に行っていたサーミャ、ディアナ、リディが今日取ってきたのはスモモっぽい果実と、ハーブがいくつかだ。ハーブはまた明日植えるらしい。
そのハーブを失敬して、猪の香草焼きみたいなものを作ってみることにした。ハーブも結構数が揃ってきたなぁ。
猪はなんというか野生の豚って味なのだが、その癖の強さが抑えられていてあっさりしているように思う。皆にも好評のようだし、これも時々はやるか。
スモモっぽい果実も若干癖はあるがなかなか美味かった。砂糖が大量に手に入るようなら火酒と漬け込んでも美味いんだが、砂糖って高いんだよな。
翌朝、朝の食事の準備を終えた後、俺は小さな壺の様子を見た。中にはシュワシュワと泡を出す液体が入っている。これは結構上手くいったんじゃなかろうか。今日このまま仕込むか。
その液体――リンゴの酵母が培養された酵母液と小麦粉と水を合わせて捏ねる。後は酵母ちゃんたちの頑張りに任せよう。
朝の拝礼をして、昨日形の出来上がった刀身を磨いていく。リケたちは今日は剣を作っていくらしい。慌ただしく、そして大きな音を立てる横で、俺は静かに研ぎの作業を始めた。
研ぎの作業は本来は研ぎ師と呼ばれる専門家の作業で、ちゃんとやれば通常で2週間前後、時には半年以上もかかる作業なのだが、俺の場合はチートがあるし、すべての道具があるわけでもないので実戦で困らないレベルまで、と言うアレンジになる。
大雑把に言ってしまえば、やる作業そのものは他の刃物と大きく変わるわけではない。荒目の砥石から始めて、細目の砥石で砥石目を消していく。
その時に
灰を混ぜた水を使いながら、ゆっくりと刀身を研いでいく。短めではあるが、十分に長い刀身を綺麗に研いでいくのはなかなかに難しい。だが、チートのおかげでなんとかなっている。
せっかく刀として作っているので、出来ないなりにも可能な限り美しい刀身に仕上げたい。そんな事を思いながら刀身を磨き上げ、刃を整えていく。
やがて全体が白っぽく研ぎ上げられたので、鍛造した時の鉄の粉と油を混ぜたもので拭って鎬地側を黒っぽくしたり、鉄の棒で擦って磨き上げたりと言った作業を地道に行った。
作業はかなり端折って行ったし、チートも併用したのでかなりのスピードで行えたはずなのだが、今日ももうすでに日が落ちかけている。しかし、これで刀身としては完成を見た。
「よし、できたぞ」
「おお、ついにか」
「この後、鍔や鞘なんかも必要だが、刀身自体はこれで完成だ」
鎬地の黒さと、刃の白さのコントラストが美しい。落ちかけている陽の光で透かせば刃文もちゃんと分かるし、いかにも刀と言った風体に仕上がった。
「早く扱ってみたいものだが」
「まぁそれはまた明日だな」
俺はニルダをなだめながら、夕食の準備をすべく、作業場の片付けを始めるのだった。