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刀、打ち仕舞い

 刀を引っ掴んで外に飛び出したニルダは、太陽が最後の一仕事をする中、鯉口を切って、すらりと鞘から抜き放った。鞘は近くの地面に放り投げている。


「ニルダ、破れたり」


 俺は思わずボソリと呟いた。そんなに大きな声でもなかったと思うのだが、ニルダには聞こえていたようで、


「エイゾウ、なぜそのようなことを言うのだ」


 とちょっとしょんぼりした顔で言われた。


「すまんすまん。俺の故郷の逸話でな、決闘の時に鞘を放り投げた剣士が、相手の剣士に言われた言葉なんだよ」


 小次郎、破れたり。宮本武蔵と佐々木小次郎が巌流島で決闘した時に、鞘を投げた小次郎に武蔵が言った言葉だとされているアレだ。


「“勝つ気があるのなら、勝った後刀を納める鞘を捨てるはずがない”とかでな」

「なるほど。確かにそうだ。気をつけねば」


 ニルダは感心したように言う。


「まぁ、今の格好だと腰から提げるのもおかしいし、気にせず試しに振るってみてくれ」

「あいわかった」


 ニルダがスッと刀を上段に構え、振り下ろす。その空間ごと叩き切るような一閃。有り体に言って美しいと形容するのが一番正しいだろう。肌の色や刺青いれずみや服装などは全く気にならなかった。

 同時に俺は冷や汗をかいていた。今の一閃を見て、俺がやりあって勝てるか疑問になってきたからだ。ヘレンはアレをあっさりと打ち倒したのか。

 俺たちの荷馬車を襲ったときは武器の性能や使い慣れていないのもあるのだろうが、そもそも剣があっていなかったのだろう。どうりで動きがぎこちないと思った。戦闘スキル(のようなもの)もそこまでは見抜いてくれないらしい。

 俺は内心の動揺を悟られないよう、努めて冷静にニルダに声をかける。


「どうだ?」


 しかし、ニルダは答えずに横薙ぎ、切り上げ、突きなど様々な剣筋を描いている。さながら金色の光のヴェールを纏って舞を舞っているかのようで、俺は焦りを忘れてしばし見入ってしまう。

 やがてニルダは舞を止めた。俺はハッと再び声をかける。


「刀の具合はどうだ?違和感があるなら明日一番に修正しておくが」


 やはりニルダは答えない。刀を片手に、ふるふると震えている。そしてゆうらりと俺の方へ顔を向ける。

 しまったな、鞘を作ったときにナイフを使ったから、今手元にない。俺はチラリと作業場の入り口の位置を確認した。いざとなったら駆け込んで応戦するよりない。その前に斬られなければの話だが。


「素晴らしいな!!!」


 俺が内心ヒヤヒヤしっぱなしでいると、バカでかい声でニルダが叫んだ。何事かとサーミャ達が飛び出してきて、クルルも小屋の方から様子を伺いにやってきた。


「あ、いや」


 それに気がついたニルダは赤面して居住まいを正す。


「うむ。これは大変素晴らしいものだ」

「そ、そうか。なら良かった」


 俺はホッと胸をなでおろした。サーミャがそれを見てニヤニヤしている。大きな感情の動きは察知できるからな。もしかするとさっきまで焦っていたのも、ずっと気がついていたかも知れない。

 ちょっとニルダをなめてかかっていたのは確かなので、無言でも抗議などはしないで反省しておこう。

 クルルが何事もなさそうだと分かったようで、のそのそと小屋の方へ戻っていく。

 俺たちもそれを見て家に戻るのだった。


 刀が完成した以上、うちに居る理由もないから翌日早々に帰るとニルダが言い出したので、その日の夕食はいつもより少し豪華めにしておいた。

 パンが発酵パンでないのは今では片手落ちな気はするが、肉はいいところを使っているのでそれで勘弁してもらおう。

 夕食の間は特に大事な話も出なかった。取り留めもない話を誰かがして、皆が笑う。そんな時間が続いた。夕食も終わり、後は片付けて寝るだけと言ったところで、ニルダが言う。


「お前たちには本当に世話になったな」

「お客なんだから、気にするなよ」

「ふむ。なるほど」


 ニルダはそう言って立ち上がると客間に入り、すぐに戻ってくる。手には革袋を持っていた。


「客であれば然るべき報酬を支払わねばならんな。いくらだ?金貨30枚か?」

「うん?ああ、そうか」


 この辺り無頓着なのがなかなか抜けない。


「うちでは特注品は客の言い値を貰うことになっているから、好きな額でいいぞ」


 ニルダが凄い金額を口にした気がするが、そこは気にしないようにして答えた。


「ふむ、そうなのか。鍛冶屋なのに豪儀だな。エイゾウはもうちょっと儲けることを考えたほうが良いのではないか?」


 ニルダの言葉にリケとディアナがうんうんと頷く。サーミャとリディはあまりピンときていないのか、若干首をひねっていた。


「ヘレンがお前にうちの製品の優秀さを見せつけて、今回お前が来ただろ?そうやってうちの評判がよくなれば客が増えるし、特注品は俺にとっても勉強になってるんだからそれでいいんだよ」

「なるほどなぁ……」


 ニルダはあまり納得はしてないようだが、とりあえずは受け入れてくれたようだ。


「では、これくらいであろうか」


 ニルダが革袋をごそごそと探り、中身を机の上に並べた。

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