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剣の修理

 預かり物の剣の修理をする。歪みも刃こぼれも加熱まではいらなさそうだ。

 完全に鞘に収まらないほどの歪みだと一旦加熱して焼入れやらをしないといけないところだったが、そこまでではない。

 よほど大事な剣でもない限りはそうなる前に買い換えるなりするだろうから、当たり前と言われたらそうなのだが。


 刀身を鎚で叩いて歪みを取る。辺りに大きめの音が響くが、遠くでも何かものを作っているのだろう、結構大きな音がしているので俺も遠慮なく全力を出している。

 この時に集中していて気がついたが、やはりこういう場所にはあまり魔力がないらしい。歪みは直せるが魔力が籠もっていかない。

 もとの剣の性能を大幅に上回らせる気もないので、高級モデルを作る感覚で修理していけば並程度には直せるとは思うが。


 刀身を叩き続けていると、やがて真っ直ぐに戻すことが出来た。あとは研いで終いだな。

 少しだけ集中して、刃こぼれがなくなるようにだけ研いでいく。やがて、新品と見間違えることは流石にないものの、そこそこ使い込んだくらいまでに戻った剣がそこにあった。

「よし、こんなもんか」

「お、できたか」

「ああ」

 俺は綺麗に刀身を拭った剣をカミロに見せる。

「修理もお手のものか。流石だな」

「そりゃ直せなきゃ鍛冶屋とは言えないだろ?」

「それはそうか」

「そういや値段の話をしてなかったな」

 俺はふと思い出した。パッと受けはしたものの、いくらもらうかは決めていない。そもそもあの男もいくらになるのかは聞かなかった。


「こういうのはだいたい相場が決まってるからな」

「そうなのか?」

「ああ。この街の規模だと銅貨5枚から銀貨1枚てとこだな」

 最高値で銀貨1枚というとウチの商品だと通常モデルの卸値くらいか。

 もちろん卸値なのでカミロが売るときはそれに経費と儲けが乗っかってくる。であれば新品を買うよりは安くつくから修理にというのはおかしい話でもない。

「じゃあ、これは?」

 俺は今直したばかりの剣を指さした。

 銅貨5枚だとほとんど俺の人件費だが、1時間で修理を回していけば場所代も稼げる。1人が食っていくにはなんとかなる値段だ。

「銀貨1枚だろ、そりゃ」

 カミロはこともなげに言った。

「そうなのか」

「そりゃ新品同様とは言わないまでも、ほとんどそれに近いところまで直してるんだ。文句あるならここにある新しいのを1本渡して俺が引き取るよ」

 当然だろう、と言わんばかりのカミロの口調に俺は一度頷くだけにしておいた。


 そのあといくらもしないうちに、俺に修理を依頼した男が戻って来た。

「どうだ?」

「ああ、終わってますよ」

 俺は修理を終えた剣を鞘ごと渡す。男は剣を抜き放つと、修理の具合を見ている。

「どうです?」

 男に声を掛ける。文句が言えない程度には直したが、こいつが厄介な“お客様”なら何らかのケチをつけてくる可能性はある。

 俺は少し身構えた。しかし、その準備は無駄になった。男はあっさりと

「良いじゃないか。銀貨1枚でいいか?」

 と返してきたのだ。

「へい。大丈夫です」

 俺は驚きを表に出さないように努めて冷静に返事を返した。男は懐から銀貨を1枚取り出し、俺に渡すと軽い足取りで立ち去っていった。


 その後、俺は手持ち無沙汰になってしまう。魔力が篭められないとなると新しいものを作る意欲も余り湧かない。

 一応はうちから持ってきた板金がそれなりにあって、そっちには魔力が籠もっているのでそれを使えば多少は融通がきくのだが、あれはここぞという時に残しておかないと八方塞がりになりかねない。

 ここの売り物も俺の製品だからそっちを流用する手もなくはないのだが、それも避けたいからな。

 かと言って性能的に頭打ちが分かっているものを量産するのもなぁ……と言ったあたりで結局の所、俺が出来ることといったらさしあたっては修理くらいなものなのだった。


 一方のカミロと言えば、売上もそれなりに立てており、情報収集も欠かしていない。商品をまとめて買っていこうとしている、おそらくは同じ行商人であろう男に

「今度こっちで店を開こうと思っているんだが、いいところを知らないか?あまり荷物の出入りがなくて広い所が良いんだが」

 などと声をかけている。相手も根無し草の行商人なので、大抵は知らなかったが、時折どこそこの倉庫が空いてるらしいといったことを教えてくれる者もいた。

 その何処かにヘレンが囚えられている可能性があるというわけだ。


 そしてこのままこの日の営業を終える。さあ、今度は裏取りの時間だ。


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