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手仕舞いをはじめよう

 普段、街道で警戒するときは主に野盗の出現に備えるものだ。街の衛兵隊が職務熱心なこともあってか、幸いにして出くわしたことはない。

 俺たちは“黒の森”に住んでいるから、狼たちが滅多に森の外に出ないことを知っている。リスクを覚悟で街道や草原に出なくても、森の中で獲物を捕らえることは十分に可能だからだ。

 うちの家族以外にそれを知っているのは森に住む獣人達くらいで、彼らも街の住人達には積極的に教えたりとかはないらしく、普通の人は森からの襲撃も気にしていたりするらしい。

 そして今の俺達は、と言うと、


「気配を隠されるとアタイでも厄介だな」

「アタシの鼻が利くから、それでカバーするよ」

「アタイも見てるけど、任せた」

「おう」


 北方使節団からの襲撃を警戒しているわけだ。彼らには手練も混じっている。気配を消すことができるものもいるだろう。

 ヘレンはそれ以上の手練ではあるのだが、完全に気配を消されると見つけにくいのは確かだ。しかし、それでも匂いまでは消しきれるものではない。

 消そうと思えばどこかに無理が生じる。それを見逃す(嗅ぎ逃す?)ほどサーミャは甘くない。そして見つければサーミャとリディの弓が、接近してもヘレンにディアナ、そしてアンネに不肖俺がいるので、見つけることさえできれば対応は可能なはずだ。

 こうして、いつも以上の警戒で街道を進んでいった。


 結果から言えば、警戒は全くの杞憂で済んだ。警戒をしていることは明らかな状態ではあったので、逆にそれを警戒した可能性もある。少なくともそこらの野盗が潜んでいたら、手を出そうと思わない状態だったのは確かだ。

 街の入口でぼーっと突っ立っているように見える衛兵さん――もちろんぼーっとしているようでも、全くそうではないのだが――を見たとき、一瞬緊張が解ける。

 だが、すぐに引き締め直した。カミロの店につくまでは完全には気を抜けない。いつものとおりに衛兵さんに挨拶をしても、一瞬怪訝な顔をされるくらいには警戒を解かなかった。


 街に入っても警戒は解かない。と、言っても人出がそこそこあるし、それにルーシーがいつものように荷車の周囲からひょこひょこと顔を出している。

 もし手を出そうと思っても、ルーシーに見つかるかも知れないと考えれば、二の足を踏むことだろう。本人は単に周りを見たいだけなのだが。

 いや、今日はやけに鼻をヒクヒクさせている。もしかすると彼女も荷車の雰囲気を察して、警戒をしてくれているのかも知れない。家に帰ったらねぎらってやるか。


 その警戒の甲斐もあってか、街中でも襲撃されることはなく、カミロの店に到着した。

 いつものように倉庫に荷車を入れ、裏手へ回る。すると、いつものように丁稚さんがすっ飛んできた。ヘレンが俺の前に回ろうとしたが、俺は後ろ手にそれを遮った。

 疑って損はないのだろうが、この子まで疑ってしまうのもな。

 実際、丁稚さんはいつもの笑顔で、


「いらっしゃいませ! 皆さんお待ちですよ!」


 と出迎えてくれた。俺はポンポンとヘレンの肩を優しく叩く。叩かれたヘレンは肩をすくめて、先に店に入っていく。多分、チェックしておいてくれるのだろう。


「ありがとう、今日もこの子たちを頼むな」

「はい! お任せください!」


 くしゃり、と丁稚さんの頭を撫でると、彼はくすぐったそうにした後、「おいで」とクルルとルーシーを呼んで、駆け出す。

 その彼をいつものように、


「クルルル」

「わんわん」


 まるで「待ってよー」とでも言うかのように、2人の娘が追いかけていった。

 それを微笑ましく見守った後、これから待ち受けているであろうものを考え、少しだけ気分を重くしながら、今ヘレンが開けてくれた扉をくぐった。

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