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寒空の下で

 結局のところ、雪は早々に降り止んでしまった。娘たちが名残惜しそうにわずかばかり白くなったあたりの雪を触っている。

 当初の勢いのまま降り続けていれば、それなりに積もっただろうから、娘たちにとってはいささか残念な状態だ。

 だが、それだけ降ったり積もったりするということは、すなわちそれだけ寒さが続くということに他ならないわけで、あまり良いことでもなさそうではある。

 このちょっと遊べるくらいがちょうど良い塩梅だろうな。


「あとはもう籠もるだけか」


 そう独りごちると、言葉は白くなって口から出てくる。昼をやや回っているし、雪も降り止んではいるが気温は相変わらず低いらしい。体を動かしたので、多少体温が上がった影響もあるだろうが。


「完全に籠もるだけというわけにもいかないだろうけど、狩りも休みで森から外に出ないからな」


 サーミャが腕に束ねた縄を持ちながら言った。

 いよいよ、せいぜいが温泉かあるいはちょっと何かを取りに行くくらいの日々が始まる。

 納品物はその間も作り続けるし、生活はあるのだが、6週間……つまり、1か月もの間出不精状態で過ごすのは、前の世界を含めても初の経験だ。


 のんびりと暮らしたいと思っていたのに、なんだかんだと忙しい日々が続いていたしなぁ。

 その後はまた2週間に1回納品に行く日々が始まるが、多少羽を伸ばしたところで罰が当たることもなかろう。

 時間はたっぷりあることだし、希少鉱物の加工を試してみるのもありかなぁ。


「よーし、遅くなったけど昼にするか」


 これから来るのんびりした時間をワクワクした気持ちで楽しみにしながら言うと、家族の皆から返事が返ってくる。

 それは静まりかえった“黒の森”の冬籠もりの一声のようにも、俺には聞こえた。


「そう言えば、畑は大丈夫なのか?」

「畑ですか?」


 干し肉を戻して、畑の野菜と一緒に炒めたものをつつきながら、俺はリディに聞いた。

 この野菜もちょっと前に収穫したあと、干して保存していたもので、ニンジンっぽい根菜が主である。葉物野菜は基本採ってすぐ食べちゃうからな……。

 数少ない例外がこの炒めものにも入れた干しキャベツ(みたいな野菜)だ。元の世界ではそのままでも十分甘みを感じる野菜だったが、この世界のものはえぐみが少し強い。

 元の世界でもキャベツが虫害にあうと身を守ろうとして苦みのもとになる成分を出すと言うが、それに近い状態なんだろうなぁ。

 品種改良を続けて、虫害やその他の害からキッチリ守れれば甘くて美味いキャベツのような野菜になりそうな気はするのだが、それをやるなら鍛冶屋ではなく農家のチートを貰っておくべきだっただろうな。


 異世界でのんびりと農家か……。なんだか子沢山でどんどん家が村へと発展していきそうだ。そういう生活も良かったかも知れないが。


 それはさておき、干したことによるものか若干苦みが薄れたキャベツも当然畑でとれたものなわけで、いかにエルフの種が魔力によって尋常ではない成長をすると言っても、寒風吹きすさぶ中すくすく育つほどではあるまい。


「寒さで野菜がやられてしまったりしないのか?」

「ああ」


 リディはポンと手を打った。


「根菜がメインですし、ここは魔力が豊富ですからね。さすがに葉物野菜は少し厳しいでしょうが」

「根菜と言っても、葉っぱがやられたら育たないんじゃ?」

「よくご存じで」


 リディの目がスッと細くなる。いかん、うっかり専門でもないと知らないことを言ってしまったか。


「他の野菜を見てたらわかりますか」


 しかし、助け船がそのリディから出てきた。それなりの期間、畑の様子を見ていたから、そこから類推できるだろう、という話だ。

 俺はその助け船に乗っかった。リディが助け船のつもりだったかどうかはこの際関係ない。


「そ、そうだな」

「なるほど」


 リディは再び満足そうに頷く。俺は内心でホッと胸をなで下ろし、サーミャが一瞬怪訝そうな顔をした。


「それで、冬の間はどんな作物を作るんだ?」

「ええとですね……」


 俺が水を向けると、リディは嬉々として今後育てたい野菜の名前を挙げはじめる。

 俺と家族みんなは、野菜の名前を聞いた後、その味や出来そうな料理の話で盛り上がるのだった。

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