俺達が挨拶を済ませると、リュイサさんとマリベルの姿がかき消えた。チクリと胸が痛んだように感じるが、俺はすぐにそれを振り払った。
「行っちゃったわね」
ボソリと、ディアナがそう呟いた。
「そうだな」
俺が言うと、他の皆も頷く。キュウ、とハヤテが細く鳴いて、クルルとルーシーもいつもの元気な声よりはかなり小さな声で鳴いた。
その後、元々疲れていたこともあり、温泉につかって走り回った疲れと汚れを落とそうということになった。
「ああ~」
熱めに感じる湯に浸かると、口から声が漏れる。オッさんくさいとは自分でも思うのだが、実際オッさんなので仕方あるまい。
ゆっくりと身体から疲れが湯に溶け出していくような感じがある。炭酸泉でも硫黄泉でもない、“魔力泉”だからだろうか。
いや、普通に湯に浸かればそうなるだろうと言われればそうなのだが。
まだ日の落ちきらない空を眺める。雪雲はとっくにどこかへ去っており、のどかに白い雲が浮かんでいた。
「ふぅ」
俺は小さく息を吐く。湯船から立ち上る湯気に俺の白い息が混じる。湯に溶ける俺の疲れのようだな、と思った。
あちこちから疲れが抜け出ていく。目を閉じると、一瞬笑ったマリベルの顔が浮かんで、それも湯に抜け出ていき、意識も同じように抜けていった。
「エイゾウー!」
次に意識を取り戻したのは、俺を呼ぶ声でだった。すっかり寝入ってしまったらしい。
「いかんいかん」
俺はひとりごちる。風呂で寝るのはほぼ気絶と同様とか前の世界で聞いたことがある。あまり良い傾向ではない。疲れが溜まっていただろうか。一度ベッドから出ないタイプの休日を過ごすことも考えたほうが良いかな。
「エイゾウー!?」
「すまん! 起きた! すぐ出るよ!」
湯船でぼんやり考える俺を再び呼ぶ声に慌てて返した。気がつけば日が暮れかけていた。時間にするとかれこれ1時間を超えて入っていることになる。
スーパー銭湯であれこれ湯船に浸かりつつサウナも、などとしているならともかく、ここで1時間浸かりっぱなしだったことは一度も無いからな。心配されてしまうのもむべなるかなである。
俺は慌てて湯船からあがると、手早く身体を拭いて服を着、湯殿から飛び出すのだった。
そして夕飯時。
「確かになぁ」
ヘレンがカップを手に頷きながら言った。俺はスープを呑み込んでから言う。
「だろ? 今日、雪合戦をやってみて、やっぱり射程のある武器をもっと増やしたほうが良さそうだと思ったんだよ」
「森の中だけど、周りも開けてるしな」
「うん」
俺は頷いた。クロスボウはリケ用に作ってある。他の皆は大体弓を操れる……のだが、なんというかもう少し気楽な攻撃手段もあったほうがいいな、と今日数度雪玉を食らって思ったのだ。
それこそ投石みたいなものでもいい。それが十分武器たり得ることも今日の雪合戦で判明したことの一つである。
「じゃあ、石を集めるのか?」
サーミャが聞いてきた。俺はスプーンを咥えたまま腕を組む。「行儀が悪い」とディアナに窘められて、慌ててスプーンを口から出した。
「それじゃあエイゾウ工房らしくないよなぁ」
「何か作ります?」
今度はリケが目を輝かせて聞いてきた。
「そうだな……」
鍛冶からは少し離れる部分が多いが、冬籠もりでもあるし、材料はたくさんあることも確認済みだ、アレを作るか。
俺がそれを皆に告げると、賛成の声が返ってきた。よし、それじゃあ、それを作るか。
のんびりぐだぐだする日を設けたほうが良かったんじゃと気がついたのは、ベッドに潜り込んだ後だった。