「スリングをそれぞれ持ったことだし、マリベルが戻ってきたら全員で家を守る訓練はしたほうがいいかな」
しばらくスリングの練習をしたせいか、じわりと傷む腕をさすりながら俺は言った。今は夕食後のひとときである。温泉にも浸かったが、どうにも筋肉痛には効果がなかったらしい。
それよりも思いの外筋肉痛が早く来たことを喜ぶべきか。前の世界では次の日に来るのが当たり前になってたからな。若返りの恩恵と言って良いかはともかく。
「魔物討伐の時みたいに?」
湯で割ったワインを飲みながら、ダイニングのストーブ近くに椅子を運んで暖まっていたディアナが言った。冬に入ってから、夜はああするのが彼女のお気に入りらしい。俺は頷く。
「何事も訓練しておかないと、いざという時に身体が思うように動いてくれないからな。あの時も訓練してなかったら、どう動けば良いか迷っただろうし」
「それぞれどうするのか確認しておいたほうがいいとアタイも思う」
こっちはリケと一緒に火酒を呷っていたヘレンだ。
「皆の剣も大分良くなってる。……ディアナは剣筋が素直すぎるだけで、前からそこらの兵士よりは強かったけどさ」
そんなヘレンの言葉に、アルコールもあるのだろう、ディアナの顔がパッと輝く。
「教えることはそりゃあるけど、稽古の時間を少し減らしてでもそっちをやったほうが良いかもな」
「私もですかね」
ヘレンと火酒を呷っていた片割れのリケが俺を見て言った。うちで一番戦闘能力がないのは彼女だが、それでも自分の身を守る程度のことはできる。
リケは自分が足を引っ張ってしまわないかが心配なのだろう。魔物討伐のときに彼女が足手まといになってしまった記憶はないので、完全に杞憂だとは思う。
単に他の面々の戦闘力が高いだけだ。特にディアナとアンネは身分を考えるとちょっとおかしいと言われかねないくらいである。ヘレンという師を得て更に磨きがかかっているし。
そのヘレンが自分の頭の後ろに両手をやりながら言う。
「まあ、万が一を考えるとな。まぁ、毎日じゃなくて、週に一度……そうだな、街に出かけた日にやる、とかくらいでいい」
「それくらいなら大丈夫そう」
リケが小さく息を吐いた。鍛冶屋としてあんまり戦闘能力の向上に邁進するのも、とは俺も思うので、ヘレンの言うペースには賛成だ。“黒の森”の主直々に最強戦力とまで言われておいて今更ではあるが。
「具体的に何をするかとかは追々考えていこう。対応を急がなきゃいけなさそうな相手も今はいないし」
「そうだな」
ヘレンは頷いて、テーブルに置いてあったカップの火酒を飲み干すと、今日はもう寝るのだろう、そのカップをゆすぎに台所へ向かった。
大抵は俺が自室に引っ込んだ後も起きているらしい皆も、今日はスリングを作って練習してとやったので疲れているらしい。ヘレンのその動きでお開きとなった。
そして数日が経ち、そろそろカミロのところへ納品に向かう頃だな、納品物の数を一応チェックしておかねばならないなと思いはじめた夕方、鍛冶場を片付けていたら、バンと勢いよく扉が開けられた。
開けたのはサーミャだ。彼女もこの時間はリディと畑の手入れや弓の練習をしていて外にいる。
「エイゾウ! アラシがきた!」
サーミャは俺にカミロのところにいる小竜の名前を告げた。普段は新聞宜しく定期的に王国の情勢を伝える手紙を運んでくれている。このところは「なべて世は事も無し」であると聞いていた。
サーミャが少し焦っているのは、その手紙は大抵朝早くに届けられる――大体俺が水汲みに行って戻ってくるくらいのタイミングだ――のだが、今はその時間ではないし、「新聞」が届くタイミングでもない。
つまりは、何か緊急の連絡があったのだ。俺は片付けもそこそこに、サーミャが開け放った扉から外へ飛び出した。