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守りたいもの

「まぁ、そうは言ってもさしあたって出来ることはそうないな。強いて言えばカミロに『こりゃ間違いなく偽物だ』って返事するくらいか」


 ガタリと家族全員が身体のバランスを崩した。有り体に言えばズッコケた。

 この偽物の流通が攻撃であろうことは確かだ(と俺は判断している)が、攻撃の意図や最終的な目的が見えていない。


「コイツが偽物だった場合に……いやまあ偽物なんだけどさ、誰が一番被害を被るかってカミロだしなぁ。街に行くのを待つんじゃなくて、慌てて送ってきたのはそのへんもあると思うぞ」


 偽物が売れた場合、単純にその分の売り上げが減っていてもおかしくない。ナイフなんかはそう大した値付けをしていないと思うし、短剣にしてもその他のものにしても高値でガンガン売れるようなものではないが、チリも積もればということを考えるとバカにできないだろうな。

 俺達はカミロのところに卸した代金はその都度貰っているから、こう言ってはなんだがその後についてはどうなっていても関係ない。カミロだけが損している形だ。


「でも、この状況のままだとマズいわよね」


 静かな声でアンネが言った。俺は頷く。


「この状況が続いて、俺達のがカミロのところに卸せなくなったら、商売あがったりだからな。カミロのところに卸せなくなったときは他所にも卸せないだろうし」


 要はエイゾウ工房の製品について需要がなくなっている状況だ。カミロだろうと誰だろうと引き取って売ろうとはしないだろう。そうなれば俺達もいずれ干上がっていく。


「どのみち情報が少ない。その辺も一旦カミロに任せて、俺達はその情報で方針を決めていこう」


 今は防御するにも迎撃するにも、どういったものを揃えれば良いのか全く分からないからな。

 俺は偽物のナイフを手に取った。形はうり二つ。しかし性能としては“一般モデル”にも劣っていることをチートが教えてくれていた。

 俺は脳裏に今手持ちの金がいくらだったかを浮かべた。家族全員となるとやや厳しいが、頑張れば1年か2年はもつくらいはある。もし最悪の事態になってもある程度の立て直しを図れるくらいの余裕はありそうだな。


 どのみち、俺が多くを敵に回してでも守りたいのはそういうものではない。クルルにルーシー、ハヤテを含めた家族と、彼女達との“いつも”の生活が一番だが、それ以外でとなると製品の評価になるだろう。


 俺の直接の評判とは少し違って(そっちは元々望んでないし)、ここで作り出し世に送り出してきたものが「取るに足らないもの」として扱われるかも知れない、というのは職人として堪えがたい恐怖だ。

 たとえ、俺がここに来て――つまりは鍛冶屋をはじめて――1年にも満たないとしても。

 それに、ナイフは俺以外にもサーミャやリケが作ったものもある。その辺りの評価、評判が貶められるのは腸が煮えくり返る思いがする。

 今のところ、そんなことにはなっていないとカミロの手紙にはあったが。


 いつの間にかディアナが持ってきてくれていた筆記具と紙。そこに俺はシンプルに「これは偽物である」旨を大きめに、堂々と記した。

 その紙を丸めてアラシの脚にある筒に納めると、その頭を撫でてやる。


「それじゃあ、よろしくな」

「キュイッ」


 アラシは短く、鋭く鳴くとスッと飛び立った。夕闇が迫ってくる空を切り裂くような速度であっという間に去って行く。

 俺達エイゾウ工房の面々は、工房の未来の一部を運んでいくアラシを、その姿が消えてもしばらく見送っているのだった。

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