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黒の森の人

 仮称狸の看病を2回ほど交代する。最初はリケで、その次はリディだ。その間、狸は徐々に寝息が穏やかになっていった。

 俺は一応みんなからは少し距離をおいていた。2メートルほど離れればとりあえずは大丈夫そうだが、ずっと離れているわけではないし、正直なところ気休めだな……。

 その辺の知識を詳しく伝えすぎるのも、ちょっと迷うところだし。


「大丈夫そうかな」

「そうですね。もう少し様子を見てというところではありますけれど」


 そっと狸を撫でるリディ。狸は目を瞑ったまま少しだけフンフンと鼻を鳴らしたが、すぐにまたスヤスヤと寝入る。

 この様子なら万が一俺たちにうつったとしても、同じ薬草が効くはずだ。それならば最悪でもなんとかなるだろう。ちょっと見通しとしては危なかったかもだが、結果オーライと思いたい。


 時間的にはちょっと鍛冶の作業も出来そうだったが、大きな音でこの子の眠りを妨げるのも憚られるしということで見送ったのだ。なので、看病していない間は部屋の隅で皆の様子を眺めたりしていた。

 それならば、ずっと俺一人で看病していれば良かったのではと俺も思ったのだが、みんなに「多少は交代しろ」と言われての交代だから仕方ない。

 多分、皆もちょっと近くで見守っていたいのがあったのだろうな。


「さてさて、この子はどうしようかね」


 俺は椅子を持ってきてリディの隣に座った。どうしようか迷いはしたものの、うちにいるならそれはそれでいいかなと、ちょっと思いはじめている。


「この子に任せるのがいいんでしょうね」


 いつの間にか俺の隣にやってきていたディアナがそう言った。彼女は繕い物をしていたと思うのだが、休憩だろうか。

 それに、ディアナなら「是非うちにいて貰おう」と言い出すかと思っていたのだが、彼女の口から出てきたのはそうではなかった。

 俺が少し驚いた目でディアナを見ると、目を合わせようとせずにディアナが言った。


「ルーシーみたいな事情があったらともかく、そんな毎回毎回言わないわよ。それに――」


 ディアナは遠くを見るような目をした。


「ずっとこの森で暮らしていれば、また出会うこともあるでしょ」

「……うん、そうだな」


 俺は頷いた。“黒の森”は広い。この世界でも有数の広さを誇る森だ。狸が一度森に戻ってしまえば、次に出会える率は限りなく低いだろう。

 だが、それは皆無であることを意味しない。であれば、今後何年も暮らしていけばそのうち出会えることもあるかも知れない。

 それなら、この森で暮らし続けて、その再会に期待しようということには俺も賛成だ。

 しかし、話はそれで終わりではない。俺はずっとこの森で暮らすつもりだが、ディアナもそうするつもりであることをほんの少し婉曲的にだが言った。


 つまり、ディアナは当面は街か都に行く気は無いってことのようだ。

 それをどう受け取るべきかは……今はまだ、ハッキリさせないでおこう。


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