〝神竜の爪〟が完成した夜、この日は勿論テラスでお祝いである。テラスのテーブルには料理が並び(作ったのは俺だが)、その真ん中にはちょっとした台がしつらえられて、そこに〝神竜の爪〟が鎮座ましましている。
「さてそれじゃあ、乾杯の前に……」
いつもなら完成直後にすぐ済ませる作業。半分は儀式のようなものでもあるが、製品を送りだすのであれば必須の作業である。
俺はテーブルの真ん中に鎮座している〝神竜の爪〟をうやうやしく持ち上げた。
「それじゃ頼んだ」
その〝神竜の爪〟をヘレンに差し出すと、彼女も仰々しく頷き、受け取った。
テラスからはうちの裏庭のほうへ直接出られる。
そこには、魔法のランタンに照らされて、雑な作りの鎧が佇んでいる。やや厚めにした鋼の板を、それっぽい形にしただけの簡素な品である。
今からヘレンには、「試し切り」をしてもらう。あえての使いづらさは以前に彼女に試してもらったので、純粋な切れ味の確認だ。
今のヘレンはもちろん例の胸甲などは身に着けていない。寝る少し前のラフではあるが動きやすい格好をしている。
それがどういうことかと言うと……。
「シッ」
口から短く息を吐いたヘレンはほとんど予備動作なく、一気にトップスピードに到達し、的の鎧に一瞬で近寄ると、手にした〝神竜の爪〟を奔らせる。
うちの家族でもリケ以外の皆がギリギリ目で追えるかどうかの速さ。たぶん、リケには気がついたらヘレンが既に振り抜いていたように見えただろう。
そして、確かに夜闇に一筋の光が奔ったはずだが、的にはなんの変化もない。使いにくくしたことで、さすがのヘレンでも間合いを見誤るようなものになってしまっただろうか。
だがやはり、そんな一瞬の心配は杞憂だった。的の鎧はその真ん中からズルリと2つに分かれ、上半分がドサリと地面に落ちる。
誰かの快哉の声は聞こえない。ゴクリと唾を呑む音だけが響く。
俺が本気で作った品でも、鋼の場合は金属同士ぶつかったときに多少なりともその音が出る。しかし、今は全く音がしなかった。
そして、いかに雑に作ったとは言え、厚めの鋼板を鎧の形にしてあるのだ。それなりの刃渡りではあるが、さすがに一振りで両断するには刃渡りが足りていない。
ということはつまり、
「今お前、2回切ったか?」
俺はそうヘレンに尋ねる。動く前とほとんど様子の変わらない彼女は、振り返って事もなげに言った。
「もちろん。じゃないと切れないし」
そして、鼻の頭にわずかばかり皺を寄せて言う。
「しかし、やっぱ使いにくいな」
ヘレンはあの一瞬の間に2回斬りつけた。それも自ら使いにくくてこれでは俺にすら10回中2回しか勝てない、と言った代物で、である。
あれができるなら、100回やっても俺のほうに勝ち目がないんじゃないかと思うのだが。
「力が入りにくい上に、手の位置が定まらない。ある程度無理してなんとか握るしかないから、狙ったところに斬りつけづらい。相手が動かないから上手くいったけど、動かれると修正するのは無理だな」
説明されると少しだけなるほどと納得する自分が出てくるものの、頭の大半を占めるのはそういう問題だろうか、という考えである。
しかし、他ならぬ本人がそう言っているのだから、それでいいのだと俺は自分に言い聞かせ、やっとこ、
「切れ味自体は問題ないみたいだな」
そう言うのが精一杯だった。