再び蛇と鷹が睨みあう。いや、2人とも表情は穏やかそのものなのだが、それが余計に怖さを引き立ててしまっている。
俺はなんとなく、ディアナがこういう場に度々出るようなことがなさそうで良かったなぁとのんびり思ってしまった。
今アンネと丁々発止(?)のやり取りをしているが、マリウスとしては妹に1日でも気苦労をさせねばならない日を減らしたいのだろうな。
「……偽物を突き止めて駆逐するだけでも、そちらには十分な利益だと思うのですが」
マリウスの言葉には、ディアナが腰を浮かせかけたが、アンネが視線を送ると再び腰を落ち着かせる。
しかし、マリウスの言うことはもっともではある。偽物が無くなって助かるのは俺たちもだし、直接的な恩恵で言えば我が工房が一番大きな恩恵を受ける。
その意味ではそもそも恩恵があるのだから、俺たちが手を貸すのが当たり前だと主張してもおかしくはない。
俺だけがいる状況で言われたら納得して、この条件で帰るかも知れない。
だが、マリウスは小さく微笑んで言葉を続けた。
「でも、そういうわけにもいかないでしょうね。我々の利益のほうが大きすぎる」
「ええ。私が少し考えただけでも、〝使いみち〟は沢山あるものですからね」
マリウスの言葉が遠慮なのかはわからないが、アンネはそれを蹴らずに乗っかることにしたようだ。
俺はチラリと侯爵のほうを窺ったが、いつもの仏頂面のままなので、この話の流れに異論は無いらしい。
知らない人が見たら明らかに不満を抱いている表情だが、あの御仁はあの顔が常だからな。俺が人のことを言えないのは棚に上げておく。
「で、その隙間を埋められるような報酬はなにか、ということを『我々』の間で考えたのですが……」
ゴクリ、と誰かが生唾を呑み込む音が聞こえた気がした。報酬の提示を聞くということは、つまりそれ次第では断ることもある、ということだ。最終的な判断は俺がせねばならないと思ってはいるが。
しかし、どんな報酬を提示してくるのだろうか、そこは純粋に興味がある。
「金貨……は充分持っているでしょうし、珍しい鉱石……も今は手持ちがありません」
なんだかんだで金は稼がせて貰っているからなぁ。今回について本来の報酬もあるし、カミロ次第ではあるが定期的な収入もある。
となるとエイゾウ工房というよりは俺が喜ぶものになってしまうが、珍しい鉱石が定番になりつつあるが、それもいつも手もとにあるわけではない、というのは仕方の無いことだ。
まぁ、いつもあったら珍しい鉱石とは言えなくなってしまうからな。
それに、今の工房には珍しい鉱石が沢山ある。ミスリル程度では眉一つ動かさないかも知れない。
というのは冗談だが、アダマンタイトにヒヒイロカネといった名だたる鉱物がうちの神棚に祀られているし、それらを片付ける前にミスリルに手をつけるのもな。
前の世界で、たまの休日に家電量販店で買ったロボットもののプラモデル、結局作らないままだったな……。
「かと言って領地や爵位は興味が無いだろ?」
苦笑しつつ俺を見ながらのマリウスの言葉に、俺は力強く頷いた。そういうことには関わりたくないからな……。
できればこの世界の歴史の片隅であっても、名が残るのも望ましくないと思っているのに、領地を貰ったりしたら、きっとフレデリカ嬢がキッチリ記録に残してくれるだろう。
それは絶対に避けたい。
「そこで、これを渡すことにしました」
マリウスは懐から木の札のようなものを差し出した。
「これは……。えっ?」
その表面をあらためたアンネの表情が変わる。
「どうした? なんかまずいか?」
俺は思わずアンネにたずねた。アンネはマリウスが差し出した木札をそっと手に取ると、俺に見せる。そこには何かの紋章らしきものが2つ入っている。
あれ、これ確かインストールに該当があったような……。俺がどこで見ただろうかと考えていると、その答えはアンネが口に出した。
「これは、王国王家と帝国皇帝の紋章入りの通行証です」