「これも聞いているだろうが、いざこざを知ってか知らずか、王家の方がおいでになる」
「今日これから?」
ヘレンが口を挟んだ。ここにいる面々でそれを咎める者はいない。
マリウスは肩をすくめた。
「まさか。護衛は今日到着するから、明日だと言ってあるよ。いつ来るかは分からないからね」
今度は俺が口を挟む番だ。
「こっちの準備で遅くなることはあるからな。でも、今日到着しなかったら、どうするつもりだったんだ」
「到着しないことはないと思ってたさ」
そう言ってウインクをするマリウス。所作がいちいち様になっている。
「もし、そんなことになったら、もう1日待って貰うだけだよ。2~3日の余裕は見てるからね」
「なるほど」
「まあ、来るのがルイ王弟閣下だから、もっと待っていただいても問題はないんだけど、都の民に状況を知らせないといけない期限がそれくらいなんだよ」
「王弟閣下って、偽物騒ぎの時に来たとか言う?」
「そうだよ」
マリウスが頷く。
以前、都で我がエイゾウ工房製ナイフの偽物が出回ったことがある。
その時に、王国と帝国からそれぞれ人を出して一芝居打ち、今後の足がかりにしたのだが、そこで王国側の一番偉い人として出てきたのがルイ閣下である。ちなみに帝国側はアンネだ。
なんでも「立場的に偉いには偉い(なにせ国王陛下の弟君である)のだが、実際のところ暇している」のだと言っていたっけな。
「もし万が一があっても大きく困ることがなく、なるべく偉い方を回そうとすると、どうしてもルイ閣下になるんだろうな」
「で、その万が一を防ぐ為に俺とヘレンが来たわけだ」
あまり身分を明かしたくはないのだが、マリウスが気軽に頼れる範囲となれば俺たちだからな。
ちょっとした嬉しさはなるべく隠しながら、俺は頷いた。
「それで、来たのは2人だけかい?」
「そうだよ。他の皆は一旦家に帰って貰ってる。いざと言うときは、ここのマイカゼを借りて、増援を頼みたいんだが」
「もちろんいいとも」
マリウスはそう言って微笑む。その顔がいたずらをするときのあの顔に変わったのを、俺は見逃さなかった。
「おい、何かあるなら早めに言ってくれよ」
「そうかい? それじゃ遠慮なく」
俺はヘレンに軽く脇腹を小突かれる。余計な事を言うな、ということらしいが、マリウスにかかれば、いずれ彼の思うところに着地するのだ。無駄な抵抗はしないに限る。
「王弟閣下がおいでになる、ということは、ある程度の身なりが必要になるわけだ」
マリウスは今度はニヤリ、と笑った。
「2人には今から『キチンとした服』を合わせて貰おうかな。こっちはその間エイゾウが作ってくれたチェインメイルを合わせておくよ」
言うが早いか、俺とヘレンは使用人さん達に取り囲まれる。人数から察するに、俺とヘレンの他に1人2人増えても問題無さそうだ。
なんでも段取りの良い方が有利に進められるものなのだな。
俺はそうやって現実逃避をしながら、使用人さん達に手を引かれ、部屋を出るのだった。