やがてマティスの操る馬車はエイムール邸に到着した。〝遺跡〟のある場所からはそう離れてもいないので、だいぶ傾いてきてはいたが、太陽は未だ空にある。
俺とヘレンが先に降り、次いでカテリナさんとマリウスだ。2人はマティスに声をかけて屋敷に入っていく。
俺もマティスに声をかける。
「ご苦労さん」
「おう」
マティスのいつも通りのぶっきらぼうな答え。しかし、そんな態度とは裏腹に馬やその他の動物――走竜や森狼も含む――の扱いはとても丁寧なのだ。
今日ずっと大人しくしていたあの馬も、マティスに労われて今日は心地よく眠るのだろうな。馬小屋の方へ向かう馬車を見ながら、俺はそんなことを思った。
「はーーーーっ」
俺は大きく大きく息を吐いた。これまで着ていた服を、いつものものに着替えたからである。
この上ない解放感が身体を包むが、多少窮屈な部分があったあの服の感触もあちこちにまだ残っていて、動きが少しぎこちなくなってしまっている。
身体を動かしていたので、伸びをしてもバキバキと骨が音を立てるようなことはないが、音がしてもおかしくないと思えるくらいだ。
着替えを手伝ってくれた使用人さんたちは、俺のそんな動きにも慣れっこになってきたようで、ニコニコと俺の様子を見ている。
グルグルと肩を回しながら俺は言った。
「ああいう服はいつまで経っても慣れませんねぇ」
俺の言葉に使用人さんがにこやかに返す。
「あら、今までで一番お似合いでしたのに」
「いやぁ、私はやはり根が鍛冶屋のオヤジなんでしょうね。少しでも堅苦しいと身体が受け付けてくれないようです」
使用人さんたちはクスクスと笑ってくれた。そこへコンコンとやや控えめなノックの音が響いて、声がする。
「エイゾウ様、お食事の準備が整ってございます」
ボーマンさんだ。俺は扉に向かって返事をした。
「あ、はい。すぐ出ます」
それでは、と使用人さん達に挨拶をして、俺は扉を開ける。そこにいたのはやはりボーマンさんで、後ろにはヘレンもいた。
「なんだ、お前ももう着替え終わってたのか」
「アタイは着替えるのを早くできるようにしてあるし」
「へえ」
そう言えば、狩りとかで出かけるとき、ヘレンの準備はかなり早かった。クルルやルーシーも一緒でテンションが上がるから、というのもあるだろうが。
「それではこちらへ」
「ありがとうございます」
俺が言うと、ボーマンさんはにっこりと笑って、俺とヘレンを食堂へと先導していく。
俺達は静かに廊下を進む。もう半ば勝手知ったるになりつつあり、案内がなくとも食堂にたどり着けるだろうが、この屋敷にはあちこちに仕掛けがある。
それも内戦を想定してのものがたくさんとなると、うっかり道を間違えた人間に何が起きるかは分からない。
ボーマンさんの手を煩わせるのも悪いなとは思うが、ここは今後も大人しくボーマンさんに案内してもらったほうがいいんだろうな。
「エイゾウ、お疲れ様」
「マリウスこそ」
食堂のテーブルには料理が並んでいた。今日の夕食はかなりシンプルなものだ。
帰って来る時間が確定ではない以上、すぐに出せるほうがいいだろうし、それに、
「今日は気を使わないほうがいいだろ?」
「そうだな。俺としては助かるよ」
「アタイも」
ルイ殿下がかなりフランクに接してくれたとは言え、多少なり気疲れはある。お互いに気楽に食事ができる状況のほうが助かるのは間違いない。
「それでは、私どもは下がっておりますので、何かあればお呼びください」
ボーマンさんがそう言って、部屋を出ていく。
「じゃ、いただきます」
俺はいつものように食事前の挨拶をする。ヘレンは慣れたもので同じようにしていた。マリウスは一瞬戸惑ったようだったが、すぐに、
「それじゃ俺も」
そう言って挨拶をした。
こうして、ささやかな打ち上げパーティーが始まるのだった。