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ほんの僅かな成功

 ドラゴンの鱗に角が少しかかるように置いていたカリオピウムを手に取る。まだその角の部分は見えていない。

 ゴクリと唾を飲み込んだのは果たして俺だったか、リケだったか。


「よし、見てみるぞ」

「はい……!」


 くるりと手を返す。カリオピウムの見えていなかった面が見えた。

 そこには虹色を失い、灰色になった部分がある。確実に反応は進んだらしい。


「うまくいってる、のかな」

「これで脆くなっていれば、ですね」


 俺は頷いて鎚を手にし、角を軽く叩くと、小さく澄んだ音が響いた。

 しかし、加熱したときのような、どこか楽器を思わせるものではなく、たまたま反応させてしまったときのように、どこかくぐもっている。


「うーん?」


 叩いた箇所を窓から入る光に透かすようにして見てみる。鱗に触れていなかった箇所が虹色に反射しているが、灰色にくすんだ箇所が僅かに歪んでいる……ような気がする。

 前の世界なら少し離して見てみたり、目元をほぐしたくなるような場面だが、幸いそれらは必要なかった。


「どうだろう?」


 俺はカリオピウムをリケに差し出す。彼女はそれを恭しく受け取ると、さっきの俺のように窓の光にかざして、ためつすがめつする。


「ああ、これは……いえ、でも……」


 やがてリケはカリオピウムから眼を離した。


「どうだ? めちゃくちゃ微妙じゃないか?」

「そうですねぇ。確実に形は変わっているんですが、元の形を知らなかったりすると全くわからないと思います」

「だよなぁ」


 俺は腕を組んだ。ドラゴンの鱗あるいは身体中に存在する、何らかの成分が働いていて、それでカリオピウムがほんの僅か反応したのは間違いないが、これで加工ができるようになったぞ、と言っていいかと言われたらNOだろうな。


「この状態で加熱するとかですかね」

「あるいはもっと強く反応するものを使うかかな」

「たとえば?」

「ドラゴンの肝から取れた液なんかは良いかもしれない」


 膵液や胆汁、あるいは胃液のようなものに漬ければ、ドラゴンの成分によるものかどうか判明しそうに思う。前の世界だと熊の胆嚢を干したものが貴重な薬として扱われていたし、似たようなものはこちらにもあるはずだ。

 それこそドラゴンのような強大な生き物であれば、その全身を余すことなく使おうとしてもおかしくはない。そして、その中に液体が含まれていることも不思議ではないだろう。なにせ火を吐く生物の胃液などなどである。


「液ですか」

「うん。そこに漬けたらだいぶ進みそうだなと。何ならそれが正解の製作法かも知れない」


 胃液なんかに漬けると臭いがひどそうだな、とも思うがそこはそれ、である。とにかく手法を確立しないことには始まらない。


「でも問題は……」

「そうだな」


 俺は体の前で組んでいた腕を解き、頭の後ろに回した。


「カミロが扱ってるかどうかだ」


 流石にクルルやハヤテからいただくわけにもいかない。薬を仕込んで胃液を吐き戻させるなどが必要になってくる。それを娘にするのは断固したくない。


 となれば、カミロに頼むしかないわけだ。ドラゴンの鱗を送ってよこしたということは、他の部位も持っているか、仕入れることが可能なルートを抑えている可能性がある。

 今なら入手困難なものでも手に入れてくれるかも知れない。


「一か八か、あいつが扱ってるほうに賭けてみるか。早いほうが良いだろうから、早速手紙を送るよ」

「わかりました。それじゃあ、私はリディさんに声をかけてきますね」

「頼んだ」


 パタパタとリディのところへ向かうリケ。俺はそれを見てから、手紙を送る準備を始めるのだった。

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