カミロの店に入り、2階にある「商談室」を目指す。階段の途中に、花瓶に活けた花が飾ってあって、基本的に利益と損益、あとはちょっとの人情で動くこの建物にしては珍しいなと俺は思った。
そう思ったのは俺だけではなかったようで、「商談室」に入りカミロを待つ間にディアナが話しかけてきた。
「階段に花があったわね」
「そうだな。今まで一度も見たことなかったが」
「奥さんが出来たのかしら」
「うーん、どうだろう」
俺は首をひねった。花が女性的かという話ではなく、店の表ではないところに入れて、これまでの店とは大きく違う価値観をもち、なおかつそういったものを置いても撤去されない人物となると、カミロの性別が違う家族だろうなという推測はそうおかしいものではないように思う。
ただ、カミロに奥さんができたとして、そんな大ニュースを伝えてこないということがあるだろうか。まあ、バタバタしている間に俺たちが来た、という可能性も大いにあるが。
「とりあえず本人に聞いてみよう。もうすぐ来るし」
「そうね」
ディアナは意外とあっさり引き下がった。純粋に真相が知りたかっただけか。
じゃあ、他の話をしようかと思っていると、カミロが入ってきた。後ろには番頭さんがついてきている。
「おう、どうだ、調子は」
ドカッと椅子に座りながらカミロが言った。俺は肩をすくめる。
「おかげさまであの件を除いて、いつも通りだよ」
それを聞いてカミロは笑った。
「はっはっは。それなら良かった。納品はいつもどおりでいいか?」
「ああ。もう入れてある」
俺の言葉に番頭さんは頷いた。このあとの事があるから、すぐには出ていかない。
なので、俺はそのまま話を切り出した。
「で、まず聞きたいのがだな……」
「あの花はどなたが飾ったのかしら」
切り出した俺の話を遮って、ディアナが身を乗り出して聞いた。他の家族も身体を乗り出し気味にしているから、いずれ興味はあったのだろう。
「ああ、あれですか。あれはうちに入った新しい店員がやったんですよ。また今度紹介しますね」
思わずなのか、敬語で話してしまうカミロ。ディアナ他家族の皆は、この場は満足したのか椅子に座り直す。
俺は内心同情しながら続けた。
「ドラゴンのは何が残ってるんだ?」
カミロは待ってましたと言わんばかりに懐から紙を取り出し、内容を読み上げていく。
「鱗に爪に牙、角に翼……これは一部だけだな。肉はない。ハラワタは胃袋と肺と腸と肝。あとは――」
リストの最後にたどり着いたらしきあたりで、指が止まる。
「『竜の息吹』と呼ばれるものだ。中に液が入ってたが、それも置いてある」
「うーん、変わってそうなのはそれだけか」
「だな。一応一通り取り寄せたが、どうする?」
「恥ずかしながら、どれが必要になるか皆目見当もつかないんだ。金は払うから全部くれ」
「お前でもそんなことがあるんだな」
「俺はただの鍛冶屋だぞ」
「よく言うよ」
苦笑しながら、カミロが番頭さんの方を見る。番頭さんは一礼すると部屋を出ていった。
「実際、カリオピウムもドラゴンの鱗も手がかりが少なくてなぁ」
「カリオピウムはともかく、ドラゴンの鱗はできればありがたいだけだからな」
「それはわかってるが、どう加工すればいいかだけは抑えときたい」
「ま、そこはお前に任せるよ」
少しだけ優しさを含んだカミロの言葉に、俺はかかっている期待を思って小さく息を吐きだしたあと、
「あいよ」
とだけ答えるのだった。