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第4話:アイコスデビューしちゃいます?

 ――駅前のゲームセンターの喫煙所は、いつもと変わらない静けさで隅に貼られた古いポスターが、今日も黙って見守っている。

 霧島晴人はいつものように煙草に火をつけ、ゆっくりと煙を吐く。

「……ふう。」

 その静寂を破るように、いつもの元気な声が聞こえた。

「晴人くん! おつかれー!」

 小さく揺れる金髪が目に入り、甘坂るるだとすぐにわかった。

 片手には彼女の愛煙、キャスターの箱が握られている。

「……甘坂さん、こんにちは。」

「相変わらず真面目な挨拶するねー。もっとこう、『お、来たな』くらい言ってくれない?」

「そういうキャラじゃないので……。」

 淡々と答える霧島に、るるはふっと笑いながら煙草に火をつけた。火をつけた煙草をくわえ、嬉しそうに息を吐く。

「ねえ、晴人くんってアイコスとか興味ないの?」

「アイコス……ですか?」

 霧島は少し眉をひそめる。紙巻き煙草を愛する彼にとって、電子タバコにはあまり縁がなかった。

「はい……使ったことないですね。」

「ふーん、やっぱりそうなんだ。なんか晴人くん、絶対頑固に紙巻き派って感じするもん。」

「……まあ、否定はしません。」

「でもさー、最近、私の友達もみんなアイコスとかに変えちゃってるんだよね。健康にいいとか、服に臭いがつかないとか言ってさ。」

 るるは煙を吐きながら、少し不満げな顔をする。

「別にアイコスが悪いわけじゃないけど……なんか味気なくない?」

「そうですね。僕も煙草は香りや感触が好きですから。」

「わかる! なんだかんだ、煙草って紙巻きが一番なんだよねー。」

 嬉しそうに同意を得たるるは、満足げに煙草を吹かす。しかし、急に思いついたように笑みを浮かべた。

「じゃあさ、晴人くん! 一度くらい試してみない? アイコス。」

「……試す、ですか?」

「そう! 試してみないと良さもわからないでしょ? 私、サンプル持ってるんだよね。」

 そう言うと、るるは鞄から小さな箱を取り出す。それは新しいアイコスのスターターキットだった。

「ほら、これ。私の友達がくれたんだけど、正直、使わないから晴人くんにあげる。」

「いや、それは……。」

「いいからいいから! せっかくだし、デビューしちゃお?」

 霧島は少し困った顔をしながらも、るるの笑顔に押されて箱を手に取る。

「……まあ、試すだけなら。」

「やったー! じゃあ今から使ってみて!」

「今ですか?」

「そう! 感想聞かせてよ。ほら、電源入れて、こうやって使うんだよ。」

 るるは楽しそうに霧島にアイコスの使い方を教え始める。霧島は言われた通りに操作し、慣れない動作でアイコスを手に取った。

「……なんだか、機械みたいですね。」

「まあ、電子タバコだからね。でも吸ってみれば、意外と悪くないかもよ?」

 霧島は少しためらいながらも、アイコスを口にくわえ、ゆっくりと吸い込む。

「……うん?」

「どう? どう? 味は?」

 るるが興味津々で顔を覗き込む中、霧島は微妙な顔で煙を吐き出す。

「……なんだか、物足りないです。」

「でしょー!? なんかこう、紙巻きのガツンとくる感じがないんだよねー!」

 るるは大笑いしながら、霧島の隣で自分の煙草に火をつけた。

「ほら、やっぱり紙巻きが最強ってことでしょ? 晴人くんも仲間だね。」

「……まあ、僕にはこっちの方が合っているみたいです。」

 霧島はそう言いながら、いつものマルボロに火をつけ、ゆっくりと煙を吐く。

「でも、少し面白かったですね。」

「でしょ? たまにはこういうのも悪くないでしょ?」

 るるは笑顔で煙草を口元に運び、白い煙がゆっくりと立ち上る。霧島もそれを見て、微かに口元を緩めた。

 ――駅前の喫煙所には、いつもと変わらない煙と、二人のたわいない笑い声が漂っていた。

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